9. ラズリは魔王より怖い
デコレーションケーキは、まだ完成していない。
というか、しばらく完成しそうにない。
頭の中ではもう完璧にできてるんだけどなあ。ふわふわのスポンジに、生クリームたっぷりで――
……って違う。
私は森の管理人だ。
デコレーションケーキ製作ミッションより先に、やるべきことは別にある。
「ラズリ」
呼ぶと、嬉しそうに顔をあげた。
「はい、コハル様」
穏やかな笑顔。
なぜか怖い。
「なんか全部うやむやになってるけど……森、その後ほんとに大丈夫なの?」
一番大事なところ、誰もちゃんと説明してない気がするんだけど。
「問題などございませんよ」
軽い。
びっくりするくらい軽い。
「コハルが展開した領域は強固じゃ。外からの侵入は完全に断たれておるし、魔力の流れも正常に戻りつつある」
マリンちゃんが、長い尾を揺らしながら補足してくれる。
「荒らされた部分はすぐには戻らぬが……我らも力を取り戻した。復興にそう時間はかからぬじゃろう」
「そっか……」
思わず、ふーっと息が抜けた。
よかった。ほんとに。
とりあえずちゃんと守れた。
だったら、あとは――
「じゃあ、まずは復興を――」
「ただ」
出た。
その一言で、全部ひっくり返るやつ。
私はゆっくり振り向く。ものすごくゆっくり。
「……ただ?」
「繋がっておった異界は、なかなか気の毒なことになっておっての」
他人事みたいな顔やめてほしい。
絶対ロクでもない。
「ちなみに……どのくらい?」
聞きたくない。でも聞かないともっと怖い。
「まず冥界は――」
あ、やっぱり来た。
「ラズリが三百年分の迷える魂を一気に押し返したせいで、冥界王も管理者たちも過労死寸前じゃ」
「それ、軽く言っていい話!?」
てか、冥界王って過労死したらどうなるんだろ……
「精霊の郷は長の権限剥奪。この森の管理権も失った」
「あー……うん……」
それはまあ……因果応報というか……。
「人間界は?」
一番興味はある。ちょっと怖い。
「ラズリが放置しておる。人間が気付いた時には手遅れじゃ」
「それ一番ダメなやつ!!」
静かに詰むパターンじゃん。
「魔界は境界が切断されて孤立した。もう他世界を侵略することはできぬ」
「それは良かった……!」
思わず前のめりになる。
「じゃあ、ひとまず安心だね――」
「じゃが」
やめて。
その接続詞ほんとやめて。
「ラズリが、魔界からこちらを見えるようにしておっての」
「……え?」
ちょっと待って。意味が分からない。
「それ、なんで?」
ラズリは、いつも通り穏やかに微笑んだ。
その笑顔が、一番信用できない。
「魔族は奪うことを本能とします。略奪し、支配し、恐怖を糧とする――」
いや前振りが怖い。
「欲しいものが見えているのに、永遠に手が届かない。これ以上の罰はないかと」
「怖っ!!」
反射で叫んでた。
魔王より発想がえげつないんだけど。
「いえ、むしろ親切です」
どこが!?
「今後コハル様が成し遂げる偉業を、特等席で見せて差し上げられるのですから」
「その発想が怖いってば!!」
本当に味方なんだよね、この精霊。
……たぶん味方。うん。
「えっと……これって、ほんとになんの問題もないの?」
少なくとも私の胃には重大な問題が発生してる。
「はい。森は平穏を取り戻しました」
ラズリは迷いなく言い切った。
「周辺各世界については自業自得。それぞれの王が対応すべき問題であり、我々が干渉すべきではございません」
「……まあ」
言われてみれば、その通りかもしれない。
森の力を好き勝手に使って、荒らして。
その結果がこれなら――
自分たちでなんとかするしかない。
あの時見た光景を思い出すと、今でもちょっと腹が立つし。
滅ぼしたわけじゃない。
ちゃんと“生きて向き合える”ようには残した。
だったら、あとは――
それぞれの問題だ。
「……よし」
私は小さく頷いた。
とりあえず、やることは決まってる。
「明日から、人間が投棄したゴミの山を片付けるところから始めよう」
ケーキは――同時進行で頑張ろう。




