【第二章57】北と南
橙恩の案内のもと、落火の町に降りてきた。年末が近くなって来ているためか、店には越冬や新年用の飾りや服、食品などが並んでいて僕が来た時よりも賑やかだ。流石にまだ飾りつけはされていないが、あってもおかしくない程ここの年末年始への情熱が凄い。
「朴の坊ちゃまは南出身だったかな。ならここの熱の入りようは珍しいかもねぇ」
「まあまだ年末の気分には遠いですね。それに僕としてはこの時期に行われる流し灯籠の方が印象強いですね」
「へえ、流し灯籠?川に?」
「いえ、海に。恐らくまだ祭りは始まっていないのでしょうが、きっと皆浮かれている事でしょうね。ちょうど今の落火と似ているかもしれません」
記憶の中の夕崢は、主な通りは非常に活気があって誰もが大声で客を呼び、値引き交渉の声があちこちで聞こえていた。港町だったから新鮮な海鮮物が多く並び、海から少し離れていようとも磯の匂いがしている町だった。
湿気が高く、乾燥した空間を好む薬草の保管には向かない地域だったけども、流行りの病気や怪我が絶えない町には五穀本草のような店は引っ張りだこだった。
はあ、住んでいたときは混み混みとしている町だと思っていたけども、いざこうして離れて暮らすと全てが美化された状態で思い出されてしまう。
しかし落火は落火で過干渉過ぎる気もするが、夕崢よりも活気のある良い街だとも思う。雪が音を吸収しているのか、過度に騒がしいとも思えないし、皆人が良く、初対面の僕にもまるで旧友のように営業をかけてくる。どれも断らせて貰ったが...
それと、大抵は厚着をして店の奥に座っていて、客が商品に手を伸ばしたときに立ち上がって値段の説明をそこそこに、立ち話を始める。夕崢とは違って商売に関しては淡白にも感じるこの態度が僕にすればむしろ好感が持てた。
「坊ちゃま、こちらに曲がれば会場はすぐそこだよ」
「へえ、近いんですね」
「それなりにね。ここらで一番大きな建物だから、すぐ分かる…ほらね」
そう示された建物は確かに大きかった。いや、縦に大きな建物はいくつかあったが、この建物は横に広く装飾の数も違った。
分厚い灰色の壁で四方をぐるりと囲み、門は少し小さいものの、取っ手の真鍮細工が非常に細かい。門を通る際、約二十糎はあるのではないかと思われる壁の分厚さにかなり驚いた。
基地の壁も随分と分厚かったが、てっきり僕は防御性が必要とされる軍だからだと思ったのだ。まさかあの分厚さが普遍的なものだったとは...北の寒さに対する対策は飛び抜けているなと驚くばかりだ。
地味な色の外側と違って、内側はかなり色取り取りだった。今は冬だから庭園は物寂しいが、代わりに庭園にある彫刻や、建物の柱に描かれた絵などはどれも華やかだった。
僕は建築に関してはからっきしだけども、素人目にも柱の絵は腕のいい職人が描いたんだろうとわかるほど上手かった。
「坊ちゃま、前を見ないと足を取られるよ。そこは階段だし、滑りやすいからね。あと会場はこっちだよ」
「あ、すみません」
あちこちに目を取られて適当に歩いていたら、橙恩に肩を捕まれて引き止められてしまった。危ない危ない、あと少しで祝宴に来たということも祝辞の内容も忘れてしまうところだった。
橙恩の後ろについていき、門から見て右側の方の部屋に入る。ずっしりと重い扉を開けるとメガネが曇るほどの熱風が中から吹き、肌がひりつくほど寒かったのがジワリと緩むほどだった。まるで生き返ったような暖かさだ。
「おお!軍の方がおいでなすったぞ!」
「有難ぇ、これで宴が始められる。ささ、こぢらへ」
「え、ああっと、本日はお招き...」
「はっはははそんた硬ぐならんで!今日は宴だすから騒ぐべ!軍人さんもお疲れのごどだべ、ほらねまってぐだせぇ!」
半ば強制的な中に招き入れられ、円卓に座らされる。まだ料理は運ばれていないらしく、皆は水をちびちびと飲みながら歓談しているらしい。時折りどっと笑いが爆発し、部屋に響くこともあるようだ。酒瓶は見当たらないが既に酔っているようにも見える。
「そいだば皆揃ったごどだし、おいだば厨房さ料理運ぶように伝えでくる」
「おう酒も忘れんなよ!」
「当だり前だべ!酒無ぐしてなして騒げるってんだ!」
部屋と繋がっている扉に入ったかと思えば、一人入っていった筈なのに、出てくる時は数人ほど増えていて、全員がその手に大量の酒杯と何本もの酒瓶を持っていた。
「飯の前さ一杯飲もうでねが!さあ誰がら乾杯の音頭取る?」




