【第二章10】再度挑戦
仕事に戻っても、何かを忘れているようなムズムズとした不快感がありつつ書類に目を通していると、ピタリとページを捲る手が止まる。すぅー…と息を静かに吸って目を閉じる。
やってしまった…!仕事をしてたら手紙を出すのを忘れているのを今!思い出した…なんで今思い出すんだ!?外はもうすっかり暗くなってしまったし、今手紙を出したとしても、郵便口で受け取ってもらえるかどうか…そもそも受け取り口の爺さんはもう退勤してるんじゃないのか?いやむしろ、とっくのとうに退勤して今頃のんびりと夕食を食べているに違いない。
今日にでも出しに行くべきか明日にすべきか悩んでいるとちょうど柱時計がボーンと6時を告げる鐘を鳴らして全員の視線を引き付けた。
「ん?もう夕飯の時間か。今日はどうするんだ中将、また俺が食堂から持って来るか?」
「うんにゃ、今日は小白と約束をしてるからいらん。お主らも早めに切り上げて休め」
「うぃーっす、お疲れ様でした〜」
「お疲れ様です、失礼します」
ちょうどいい機会と言うには遅すぎるが、配達物をまとめてある箱があるはずだから、その箱に入れておけば多分きっと配達してくれるだろう。
ささっと上着を羽織って廊下に出て右に曲がろうとするといきなり首元を引っ張られる。
「グェ、ちょ、離しなさい」
「おいどこ行くんだよお坊ちゃん、とうとう寒さに頭をやられて食堂の場所まで忘れちまったのか?」
「うるっさいですよ、ちょっと正門に寄るだけです」
呆れた表情の良然をイライラしながら適当にあしらうと、急に窓際に置かれていた小さなランプを投げられた。
「いた!なんなんですか急に!」
「正門まで明かりもねぇからそれ持ってけ。でなきゃ雪に埋もれて行方不明。怪談噺の出来上がりってわけだ」
普通に渡せ!と怒鳴ったところで、こいつは舌でも出してバカにしてくるに違いない。ここは僕がぐっと飲み込み…
「あくっそ!膝裏蹴るんじゃねぇ!」
「おっと、廊下が凍っていたようですね。さすがは落火」
「空調調整されてんだから建物内の廊下が凍るわけねぇだろアホが!」
「あーそうなんですねー知らなかったですー」
ランプを片手に、後ろでなおも喚く良然を無視して廊下の角を曲がる。
タン、タン、タンと暗い階段をランプで照らしながら降りていく。正直投げつけられたのは癪だが、小さくてもやはりランプ。近くの壁のシミどころか足元のチリまでしっかり照らしてくれる。これなら外を歩いてもちゃんと足元を照らしてくれるだろう。
外につながる重厚な扉を開けると雪が混じった鋭く冷たい風が笛を鳴らすような音を立てて通り過ぎていった。
「うわ…かなり冷えるな、この外套がなかったら凍死待ったなしだったに違いない」
あたりに誰もいないのを良いことにポツポツと独り言が勝手に漏れていく。呼吸を重ねるごとに寒さで痛む鼻を温めようと息を吐く。しかしその息は鼻を温めることはなく、白い蒸気となって煙のように立ち上って消えていった。
「あの街で買っておいて正解だったな。にしてもなんて寒さだ全く…」
外套の襟を立たせて、首を埋めるようにして寒さをしのごうとするが、どうやら火すらも凍りつかせて落としてしまう落火の寒風は逃がしてはくれないらしい。
しかし目前には雪の淡い光でぼんやりと浮かび上がる正門の小さな詰め所の影がある。つまりこの極寒地獄が終わると言う意味でもある。足早に扉に駆け寄り、ドアノブに手をかけると幸いなことに鍵はかかっていなかった。まあこの基地の隊員以外は入れないだろうし妥当かもしれない。
「えぇっと…手紙を集めている箱は…お、あったあった。ここに入れておけば良いはず」
「これはこれは朴の坊ちゃま、一体何をしているのかな?」
「うわあっ!だっ、誰だ!?」
「大げさですねぇ。橙恩ですってば、このまえ自己紹介したばかりなのに忘れられるなんて、やるせないなぁ」
「急に何なんですか!覚えてますよちゃんと!」
「あらよかった。ところでこんな暗い寒い中を何の用で?」
橙恩は飄々と笑うが、手に持ったランプの明かりが下から顔を照らすせいでどうも怖く見えるし、さっきまであたりに誰もいないはずだ。そこまで考えてゾワリと鳥肌が立つ。
一体どこから来たんだ?いや、いつから後ろにいたんだ?まさか、さっきの独り言も全て聞かれてたんじゃ…?




