【第二章9】茶を交えて
「そうか?だが朝食は取ったほうがいい。腹をすかせてはなんとやらだ。食べれるときに食べるに越したことはなかろう。まあそれはさておき本題に入ろうか」
「はい」
「あ、そんなかしこまらんでいい。本当に大したことじゃあない、ちっとばかし世間話でもしようかとな。それそれ、早く肩の力を抜け」
「そうでしたか、僕はてっきりお叱りが始まるのかと…」
「はて、儂はそんなすぐ怒るような怖い顔に見えるのか?至って柔和な顔つきじゃろうて」
この顔を柔和と言うには随分無理がある。服装だけで見ても首まですっぽり隠している黒いクロークのせいで2倍3倍は大きく見えるし、よしんば服を変えたとて顔の大きな傷がおどろおどろしい。
しかしどうやら冗談で言っているつもりはないらしい。至って真面目そうに顎に手を当てて思案している様子は本当に不思議そう思っているらしい。なら僕がすべきことはいい笑顔を浮かべる事だ。
「すみません、ちょっと緊張してしまっていて」
「ならいいが。あぁそれで聞きたかったことについてなんだがな、監査官殿の父君は総監督を務めていらっしゃるが…お主は最初軍に入る予定ではなかっただろう。ちと疑問に思うてな」
「といいますと?」
「子供らというものはなにかと親のマネをしたがるものじゃろう。幼いころは特にだ。儂も小白には随分と手を焼かされた、なにせお転婆でな…まあそういうこともあったから、儂はてっきりお主も軍に志願してきたんじゃろうと思うてたんだ」
そうか、中将は香風を育ててたんだっけ。思い返せば僕も彼女も軍人の父を持っているのに医療系に進んだ。いや、確かに僕はいま軍に務めているわけだが、それでもここの勤務期間が終わったら輝静さんの店で働くつもりでいるし、一年ぐらいは目をつぶってしまえば医療系に進んだも同義じゃないか?
それはそうと、思い返せば共通点はあったわけだからもう少し話せばよかった。案外話が盛り上がるかもしれなかったのだから。いや、香風には中将のような父親がいる。僕のように父親の愚痴は無いか。
「今こそおとなしいがな、小さい頃はそりゃあもう小さな怪獣というべきか…おお、これ以上言ってしまったら小白に怒られてしまうな。お主も早く話さんか」
「そんな話すほど面白い話でもないんですが…父は忙しくてあまり家に寄り付かなくて。関わる時間も少なかったためか僕も父のようになるという発想はありませんでしたね」
「なるほどなぁ…それでどうして医療の道に?あぁいや、ただのジジイの興味本位だからあまり気にせんでいい」
「家の隣に薬屋の若旦那がいたんです。その人によく面倒を見てもらっていて、自然と憧れるようになりました。ご存知でしょうか、五穀本草屋という店なんですけれども」
「うむ…すまん、儂は知らない。もしかすると小白が知ってるやもしれんな」
「そうでしたか。やはりこちらにはまだ手を伸ばしていないようですね」
基地へ来る道のりでも薬を売っているような店は見つからなかった。たぶん、僕が通った道にはないだけで他にはあったのだろうけど…いつか街全体を把握しておく為に散策するのも良いかもしれない。
中将は少し考え込むが思い当たる節がなかったのか肩を竦める。
「やっぱりわからん。儂があまり出歩かないのもあるじゃろうがな」
「あぁ、出歩いたら人々に囲まれて身動きが取れなくなるからですか?」
冗談交じりにそう返すと中将も苦笑いして首を振る。
「いや、そんな理由ではないが…」
「えっと…詮索は控えたほうが良いでしょうか?」
「中将が傷だらけだと皆も心配する。時々傷が見えない距離から顔を覗かせる程度はするがな」
「あぁ…」
なるほど。しかしどこまでも民衆を優先に考えるのだなこの人は。
…あの父も僕と母より顔も知らない民衆を優先していたから家に帰ってこなかったのだろうか。
「む、どうしたそんなに思い詰めたような顔をして」
「いえ、自分より民間人を優先できるのはさすが中将だなと」
「そんな大層なもんじゃない。さて、そろそろ仕事に戻ろうか」
「そうですね、良然にサボっていると思われたら面倒です」
「ハハッ、然り、だな」




