第3話 頼られる男子は授業中に寝たりしない
虎太郎は真面目な男だ。
女子はみんな夜更かしが大好きで、深夜まで携帯をいじくったりゲームしたりテレビを見たりして、一睡もせずにそのまま学校に来たりする。授業中に寝ることもなんとも思っていない。先生に怒鳴られるのも応えない無神経さとガサツさを兼ね備えている。で、徹夜しても大丈夫な体力も持っている。
一方、男子の虎太郎は違う。一日10時間は寝ないと、身体がもたない。そして真面目に授業をうけることが、やがて『頼られる男子』になる道だとも思っている。
真摯で真面目で繊細なのだ。
だが、その日は違っていた。
(ねみぃ……)
前日のドラマが面白くって、つい最後まで見てしまったのだ。しかも長くって、9時開始のドラマが終了したのが夜の11時。
妹に起こされる翌日朝の7時半までずっと寝ていたが、それでも睡眠時間が足りない。普段ベットに入るのは9時頃だ。2時間もたりない。
ちなみに寝るときは毎晩、ご近所でクラスメートの恋菜か猫子が、代わりばんこで添い寝につく。もう一人は妹。
妹とクラスメートに左右挟まれて眠るのが虎太郎の日常だ。寒いベットに一人で寝たら、睡眠中に風邪を引いてしまう。男子はとてもひ弱いのだ。
ともかく睡眠がいつもよりも2時間も少ない虎太郎は、猛烈な睡魔に襲われていた。
このまま初夏の陽気に任せて眠ってしまえば、どれだけ気持いいか……
(ダメだダメだ! そんなんでどうするんだよ!)
虎太郎は自分を奮起して、眠気を追い払った。そもそも背の小さい虎太郎の席は、クラスの最前列の真ん中。先生の目の前だ。うとうとするだけでも目立ってしまう。授業中に昼寝なんて、もっての他だ。
でも眠い!
(こうなったら最後の手段だ!)
虎太郎は意を決して、手のひらをおもいっきりつねった。これで眠気が飛ぶはず。
思ったよりも痛くないが、眠くない。手をつねる作戦は成功したようだ。眠くない。眠くない。ぜんぜん眠くな…………
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1年2組の生徒たちは、この世界に天使がいることを再確認していた。
「しゅぴぃい……zzz。しゅぴぃいぃ……ZZZ」
クラスのマスコットにしてアイドルにして唯一の男子、霧峰虎太郎が授業中にぐっすり寝ているのだ。
「……ねみゅくない、ねみゅってないぞぉ、……ふふ……ZZZ」
しかも可愛い寝言までつぶやいている。おそらく虎太郎は、夢の中で一生懸命、睡魔と戦っているのだろう。
キューティクルのきいたサラサラな髪を横たえ、口元からちょっとよだれを出している。
保護欲と母性本能をくすぐりまくる、愛され天使が爆誕していた。
「かわいーい、虎太郎くん眠いんだね~」
「寝言を言ってるぅ。いびきまで可愛いぃ、子宮がうずきそう♡」
「みんな静かに、そっとね。寝顔撮るから……パシャ……はい、これ」
虎太郎の添い寝に混ざれない家の遠いクラスメートたちは、虎太郎の寝顔がとても貴重だ。寝顔を撮った生徒が、スマホを回して皆に虎太郎の寝顔を共有する。
「ちょっと貴方たち!」
さすがに見咎めたのは、この時間の教師である数学の水守先生だ。
「ちょっと水ちゃん先生。しーー!」
「虎太郎くん起きちゃうでしょ」
「びーくわいえっとだよ、水ちゃん先生」
先生がちょっと大きめの声を出した途端に、クラス全員から、唇に指を当てた『静かにしろ』ポーズを返された。
水守先生は大学卒業してから、すぐにこの高校に赴任した職歴7年の29歳の教師。あだ名は水ちゃん先生。クラス担任の体育教師、忍川先生とは同じ大学の先輩後輩だ。
セミロングの落ち着いた雰囲気の女性だが、成熟した教師の忍川先生とは異なり、気分は先生というよりも生徒に近い。だから水ちゃん先生という愛称が付いているのだ。
ちなみに大学まで進学する男子はほぼゼロだ。水ちゃん先生が大学の教職課程まで駒を進めた時、そこに広がっていたのは荒れ果てた荒野のような乙女の園であった。
共学だけれど、女子率100%。それが大学の普通である。
大学に出会いはないのだから、それまでに意中の男子を養うハーレムの一員に入れなかったら、ほぼ一生処女が確定する。
水ちゃん先生は、高校までで男性のハーレムの一員になれなかった。
「もう子供は産めないんだろうな。ずっと処女なんだろうな。イジイジ」と、イジケながら諦めていた水ちゃん先生にとって、虎太郎は百万に一の可能性で出会った男子であった。
29歳の春である。
しかも虎太郎は超かわいい。この子の子供が孕めるんだったら、給料は半分くらいは貢いじゃってもいい! 一生親元で慎ましく暮らします!
そんな生徒に対していけない考えすら浮かんでしまう水ちゃん先生29歳(独身)であった。
水ちゃん先生は、天使の顔で睡魔と闘いながらぐっすり眠っている虎太郎を、ホントは誰よりも抱きしめたいのだ。
寝顔を抱きしめて、頬ずりして、キスをして、体中を舐めまわして、○○○を愛撫して、全裸になって授乳プレイからセ○○○までしたい。今日って危険日だったっけ? うへへへへ♡ そんな思いを水ちゃん先生は抱いていた。
ただ先生ではあるので、生徒に対して規律は見せねばならない。一応は。
「虎太郎くんは……、ちょっと体調が悪いみたいね。保健室に連れていきましょう。うん、そうそう。保健室でゆっくり休むのが一番よ」
水ちゃん先生は独り事のように言いながら勝手に結論して、虎太郎のそばに寄った。
「ちょ、水ちゃん先生。なんで保健室に連れてっちゃうの?」
なるべく虎太郎の天使の寝息を聞いて、寝顔を眺めていたい生徒たちは、一斉に反発した。
もちろん虎太郎が起きないような小声で、だ。
「でも虎太郎くんがいたら、授業にならないでしょ。先生が責任をもって保健室に連れてきます」
「なんで先生が連れてくのさ。それこそ授業にならないじゃん」
「みんなは自習してて。一時間くらいしたら帰るから」
「授業する気無いじゃん! なんで虎太郎くんを保険室に連れて行くのに一時間もかかんのよ」
「水ちゃん先生、ちょーおーぼー!」
「ずーる! ずーる! 水ちゃん先生ずーるいんだー! こーちょーせんせに言ってやろー!」
口々にいう生徒たちに負けず、水ちゃん先生は全員に向けて高らかに言った。虎太郎を起こさない程度の小声で
「静かに! 先生だって大変なんです。ここは落ち着きましょう。話しあいましょう。ね? 校長先生への告げ口はNGですよ。黙って先生を保健室に行かせてくれたら、中間テストでみんなにとっても嬉しいプレゼントがあります。どちらが得かは、賢い皆さんでしたらわかりますよね?」
教師として完全にアウトなことを平気でやろうとする水ちゃん先生29歳(処女)。女性としての賞味期限が近いことは、自分がいちばんわかっている。
もちろん大好きな虎太郎を、こんな悪欲に満ちた教師に渡すものかと、クラスの生徒たちも結託して反発した。
「ぶーぶーぶー! 水ちゃん先生は数学の授業しろー!」
「あなた達、ぜんぜん数学に興味ないでしょう!」
「先生がそんなこというなぁ! あたしら二次元方程式に興味満々だよ」
「それは中学校で習うことです。ここは高校! あと二次元ではなく二次方程式。あなた達はもっと勉強しなさい。自習で! 先生は保健室で虎太郎くんと保険体育の勉強をしてます」
「嘘じゃん!」
「ある意味嘘じゃないけどさぁ」
「水ちゃん先生、自分に正直すぎだよ!」
教師と生徒との争いは(あくまでも小声で)ヒートアップしていった。
ガダガダガダ!
そんななか、一人の少女が立ち上がった。みんな小声でしゃべっていたので、椅子を引きずる音が妙に教室に響いた。
「あ、あぅ……あの、み、み、水守せんせい、その……。そういうの、だ、だ、ダメだよ」
言ったのは最後列に座るクラス一の長身にして、中学相撲全国大会で東の横綱、人呼んで『ドンキーレーナ』であった。
クラス一の腕力とパワーと膂力をもっている。つまり一番力持ち。だが心優しく、むやみにその力をふるうことはない。心優しいクラスの守護神、それが恋菜である。
虎太郎の幼なじみでもあり、家がお隣さんであり、お向かいの猫子とかわりばんこで添い寝してあげている。虎太郎の保護者のような存在だ。
なぜか虎太郎の子分のような立ち位置なのは、クラスメートたちにとっての謎である。
「恋菜さん、これはとても大切なことなの。先生は虎太郎君を保健室に連れて行きます。恋菜さんは座って自習してなさい」
「あぅ、ぅ、ぅ、だ、ダメ。こたろーちゃん、は、わたし、が、保健室連れてく」
恋菜がゆっくりと吶りながらも、はっきり言った。
女子にとって強いことは権力の第一条件だ。どの学校にも番長とか、腕力を原資に威張っている女子はいる。
クラス最強の恋菜は、もっと横暴に振る舞っても良い権利がある。にも関わらず極めて謙虚な恋菜は、クラスでも敬意を払われていた。そのため獅子でも狼でもなく、森の守護神のゴリラを冠した『ドンキーレーナ』の二つ名を頂戴している。
力もあるし手も長い、恋菜にぴったりのアダ名なのだが、本人はあまり喜んでいない。
「そーだそーだ。恋菜がいいよ」
「水ちゃん先生は授業しろー! 私らに数学教えろー!」
「れーな、れーな、れーな!」
クラスメートたちの恋菜コールを聞きながら、恋菜がゆっくりとクラス最前列に歩みを進めた。ぐっすり眠る虎太郎を、優しく椅子から抱きかかえる。
「じゃ、じゃあ、保健室、いきます、ね」
宣告するように言う恋菜。
睨みつけるような水ちゃん先生だったけれど、クラス全員の総意には逆らえない。
「っち! はいはい、いいですよー」
およそ先生らしくない舌打ちをする水ちゃん先生(29歳性経験ゼロ)。こういう子供っぽさが、むしろ精神的に生徒と近く、仲よかったりするときもある。
「ん……んん」
うるさくしすぎたせいか、虎太郎が震えた。起きようとしている。
「あぅ、こ、こ、こたろーちゃん、へいきだよ。ね、ね、ねんね、してよーね♡」
赤ん坊を寝かしつけるように、抱っこしたまま虎太郎の背中をぽんぽんとあやした。
「ふみゅ、……ZZZ。しゅぴぃいー……]
恋菜の抜群の安定感を誇る抱っこと、優しい背中ポンポンに安心したのか、ぐっすりと寝息をつきはじめる虎太郎。恋菜の豊乳おっぱいが、虎太郎の顔を挟み込んでぴったり優しい枕になっていた。
「しゅぴぃ……ねてにゃいぞぉ……ZZZ」
寝言も出てきた。寝てないらしい。
「ふぁぁぁ。虎太郎くん、可愛いぃなぁ♡」
瞳をほころばせて寝顔をみる水ちゃん先生。恋菜に抱っこされてぐっすり眠る虎太郎の顔写真を、パシャッと写真にとった。本人の同意などまったくない。先生としてはありえない行動だが、このへんの緩さが生徒と波長があう。
「いーな、水ちゃん先生。メール送って、虎太郎くんの寝顔ー」
「あ、わたしもわたしも」
「こっちもちょーだい」
「はいはい、先生がメールしますから、待ってなさいねー」
先ほどまでの諍いも脇において、水ちゃん先生はスマホを弄りながら生徒たちにメールを送り始めた。いろいろな意味で、精神年齢は生徒と同じ、もしくはやや幼い水ちゃん先生(29歳妊娠願望強し)であった。
恋菜はそんなクラスを出て、虎太郎をあやしながら保健室へと向かっていった。
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ぐっすり眠っていた虎太郎が目覚めた場所は、保健室のベットであった。
「ふぁ!? あ、なんでベットに? ここは、保健室か?」
「こ、こ、こたろーちゃん、お、起きた、の?」
いつものようにベットの脇で、腕枕をしている恋菜がいた。大きすぎるおっぱいが顔にあたり、ふにふにと優しくゆする。
家での就寝はここで、隣に妹がいるが、今日は恋菜だけだ。保健室なんだから当然だが。
「恋菜か。なんで俺はここにいる?」
「はぅ、あの、実は……」
「もしかして俺、授業中に寝ちゃってたか……いや、授業中に寝たんだったら、起きるのは教室の机だよな。なんだこれ?」
「はぅ、あぅ、あの……こたろーちゃん、その……よ、よく寝てたから、保健室に連れてきたの。つ、つ、疲れてると思って」
「え、まじか! ってことは、先生にもバレてたか?」
「あぅ、う、うん」
バレたどころか、そのまま一緒にベットインするつもりだったのが先生である。
そして寝ていたことは、クラス全員が知っていて、恋菜に抱っこされた天使の寝顔はクラス全員が持っている。愛らしすぎて、スマホの待ち受けにみんなしていた。
「やべー、授業は水ちゃん先生だよな。あとで謝っておかねーとか」
「そ、そ、それは、いいと、思う」
「あん? なんでだよ」
「……な、な、なんでも」
恋菜は口を割ることなく、ぐっすり一時間眠ってお目めパッチリの虎太郎と一緒に教室へと戻った。ちなみに戻るときも虎太郎を抱っこしようとしたら、虎太郎が「ざけんな!」と猛反発して歩いて帰ってくることとなった。