第2話 頼れる男子は食券を買うのもお手のもの
女子に頼られる理想の男子を目指す霧峰虎太郎16歳。見た目は可愛い小学生。
宮前高校一年生において、唯一の男子である。
キーンコーンカーンコーーン
4時間目の授業が終わり、数学の教員が出て行った。教室内では一目散に学食の購買に走って行く体育会系少女たち。その中でクラスで最も長身の恋菜は、虎太郎の机にやってきた。
もちろん虎太郎の机は最前列。恋菜の机は最後列だ。
「こ、こ、こたろーちゃん。お昼休み、だね。ご、ごは、ごはんどうしようか?」
いつもどおり吃りながら、恋菜が虎太郎に話しかけた。
「あーーー、何にすっかな」
虎太郎はぼんやりと考えた。安くて美味しい学校の食堂は、食い意地の張った女子たちでものすごく混んでいる。そんな女子を掻き分けて、購買でチケットやパンを買うのは至難の業だ。
しかも虎太郎はあまり腹が減らない。わざわざ苦労をするほど、食への欲求がなかった。
ごぎゅっるるぎゅるっるるるう
一方、190センチの長身に加えて豊富な筋力とおっぱいをもつ恋菜は、お昼ごはんを抜いただけで餓死してしまうほどの燃費の悪さを誇っている。
「えへ、えへへへへ。お、お腹、す、すいた、ね」
猛烈に鳴ったおなかがさすがに恥ずかしかったのか、恋菜は引き締まったお腹を抑えてちょっと前かがみになった。
「テメーは腹減りすぎだ。てきとーに食ってこいよ。俺は菓子でいい」
「あぅ、うん……」
高校に入学してから4月5月と、恋菜は食堂でご飯、虎太郎は教室でお菓子か昼飯抜きという生活を送っている。それが日常だったのだが、恋菜がついに切り出した。
「……こ、こ、こたろーちゃん。たまには、い、い、一緒にご飯食べない?」
「俺はいい。そんなに腹減ってねーから」
何よりも食堂が煩わしい。
虎太郎にとっては巨人に等しい運動部女子のたちが食堂に密集するため、女子密度が高すぎて窒息しそうになるのだ。
「あぅ、うん。でもお昼は、ちゃんと、たべ、ないとだよ」
「よけーなお世話だ。腹減ってねーっつてるだろ」
「恋菜、は。こ、こ、こたろーちゃんと、一緒がいい……」
「俺はめんどくせえ。ジュースとポテチだけ十分だって」
「ちゃ、ちゃんと食べないと。お、お、大きく、ならないよ」
ぴく
最後の一言に、虎太郎の眉が少し動いた。
確かに恋菜の食欲は凄まじい。牛丼屋で一杯200円キャンペーンをやってると、かならず3杯食う。なら特盛りにしろと思うのだが、並盛り3杯を食べたほうが量が多くて安いんだそうだ。
一方で虎太郎は、スモールサイズ一杯でお腹いっぱいだ。
小学校から食べ続けた恋菜は190センチオーバーとなり、虎太郎は140センチギリギリの身長となっている。
成長のマックス値は性差によってあるにしても、食べれば大きくなるのは自然の摂理だ。
「なるほど、食う子は育つ、か。真理だな」
虎太郎が目指す理想の男子。『女子に頼られる男』は、小兵よりも大柄であってしかるべきだ。
「よし、恋菜。今日は学食にいくぜ」
「う、う、うん!ややった。こ、こたろーちゃん、と。一緒にご飯。う、う、うれしぃな」
恋菜は極上の笑顔を浮かべながら、虎太郎の手を握った。虎太郎はややうざく思いながらも、恋菜と連れ添って学食に向かった。
学食は想像通り、大混雑であった。
おにぎりを求める者、パンを求める者、食券を買って定食やカレーを食べようとする者、皆一様に食料を求めた群衆となっている。
「ねーねぇ、おばちゃん! わたしぃ! その揚げパン5こ! 鮭おにぎりを3つ!!」
「おばちゃん、A定食1枚と、ご飯大盛り券をダブルで!」
「焼きそばください。それと食パンを一斤!」
ハングリー精神の塊と化した少女たちが、我先にと押し合いへし合いしながら大声で叫んでいた。やや醜いが、逞しく健やかでもある。
そしてちびっ子の虎太郎が入り込む隙間なんて、全くない。
「み、み、みんな。お腹すいてる、ね」
いつもの食堂の様子で見慣れている恋菜も、虎太郎に気遣ってそう呟いた。
「つーかよ、全員ちゃんと並べよ。順番に買ったほうが、効率的だろうが」
押し合いへし合いしながら購買に押し寄せる意味がわからない。順番に秩序だって買った方が能率もよく、スピーディーに欲しいものが手に入ると虎太郎は思う。
順番で買えるなら、小さな虎太郎だって問題なく食券を手にすることが出来るのだ。
「で、でも。早くご飯、食べたいと、み、み、みんな。思うし。恋菜も、ご飯食べたい、よ」
高校の女子体育会系となれば、ガテン系に等しいガサツな猛者たちが揃う。午後の授業と部活のために、エネルギーを補給をせなばらならない。他の者よりも早く! 運動部女子にとって、より迅速に食料を手に入れて、できればそれを早食いでかっこむ者が偉いのだ!
そのため皆が皆、大声を張り上げて食料を求めていた。
「ご、ご、ごはん、恋菜が買ってくるね。こ、こ、こたろーちゃん、は、なにがいい?」
「いいよ。自分の飯くらい、自分で買う」
「あ、あぅ。で、でも……」
昼休みの食堂購買は、男子禁制の乙女の園。もしくは戦場だ。か弱い男子が入り込んだら、瞬殺されてしまう。
「ちっと待ってれば、人も減るだろ。そしたら買うから。自分の飯くらいは自分で用意する。恋菜は気ぃつかわなくっていいぜ」
「あぅ、で、で、でも。へ、へ、減らない。よ」
「あん、なんでだ?」
運動部女子だって無限にいるわけじゃない。効率の悪い押し合いへし合いの購買部も、いつかは処理しきって空くはず。
だがその単純な摂理を、恋菜は首を振って否定した。
「い、今は運動部の子が、きてる。も、もうチョットしたら文化部の子が、食堂に、く、くるよ」
「ならその後に買えばいいだろうが」
「そ、その頃には、ご飯、なくなってる」
ポツンと言った恋菜の言葉に、虎太郎が声を荒らげて反応した。
「はぁ!? なんでだよ! なんで飯がたらねーんだよ。うちの高校は局地的に食糧危機でも起こってんのか?」
「あ、あぅ。が、が、学食安いから、みんなコンビニよりもここで買う。家のお弁当よりも、学食のほうが安い。それに、つ、つ、つくるのは面倒だから。みんな食堂にくる」
「生徒の数よりも食事の数が少ないってことか?」
「せ、せ、生徒全員に行き渡る量の、ご、ごはんはある『ハズ』だけど。……でも、な、な、ないの」
「……もしかして業者の中間搾取とか、そういう話か?」
食堂運営をしている業者の不正すら疑いかけた虎太郎に、とても明確な答えが購買部の先頭の少女からとんできた。
「おばちゃん! メロンパン残りいくつ!?」
「10こ!」
「全部頂戴!!! わたし、メロンパイ好きだから。お昼はメロンパンだけでいいや!」
わかりやすすぎて、何も言えない。
そういえば購買で声を荒らげている少女たちは、みんな複数人数分を購入している。何人かの分をまとめて購入しているわけではなく、全員が『自分一人の分』を購入しているのだとしたら、もう答えは明確だ。
「み、み、みんな、1人で3人前以上食べる。れ、恋菜も、パン1個じゃあ、ご、5時間目まで、も、も、保たない」
恋菜のお昼の食事量はパンに換算すると10個ほど。だからこそ高いコンビニではなく、安い学食を使うことが必須なのだ。
「みんなバクバク食いやがって、乳デブどもが……。恋菜も腹減るの早すぎだろ」
しかし虎太郎は納得した。学校の補助で定食もパンも全学生分は用意されている。が、早い者勝ちで、複数人分食べるのもオッケー。運動部女子は誰もが1人で2~10人前食べるので、絶対量が足りなくなる。
足りないからこそ奪いあうようになり、学食は大混雑しているのだ。
(どうしたもんかな)
一番簡単な解決策は、恋菜をパシらせることだ。クラス一の長身巨躯の恋菜ならば、この購買の混雑もへっちゃらだ。しかも虎太郎の命令となると、恋菜は通常以上のパワーを発揮する。指定の料理を必ず持ってくるだろう。
だが初めに恋菜の申し出を断った以上、「やっぱ頼む」とは言いづらい。自分で買うと決めたなら、四の五の言わずに自分で買うべきなのだ。二言をいうなんて、『頼られる理想の男子』を目指す虎太郎の心が許さない。
「よし覚悟を決めた。俺も買いに行くぜ!」
戦場へと向かう侍の心意気で、虎太郎は制服姿の女子の群生地へと突撃することを決意した。
「あ、あぅ。こたろーちゃん。無理、し、しないで」
「無理なんかしてねー! むしろてめーの分も買ってやる。恋菜はなにがいい?」
「はぅ!? そんな。いいよ。れ、恋菜、は。じ、じ、自分で買えるから」
「俺だって自分で買えるし! 一人分も二人分も変わりゃしねー。気にすんな。恋菜はカレー好きだったな? カレーでいいか? 金はちゃんとテメーが払うんだぞ」
虎太郎は大口を叩いていた。ある意味でこれは、自分を奮起させる意味での大口だ。目下の恋菜に「買ってくる!」と言ってしまったからには、もう後には引けない。より強固に決意を固めて、購買に向かうことを決める。
「任せとけって!」
虎太郎の学食とは思えないほどの真剣な顔を見て、恋菜はコクンと頷いた。
「あ、あぅ、あぅぅ。……じゃあ、席とってておくね。大盛りカレー、2皿、お願い」
「相変わらず食うな。また乳がデブるぞ」
「あぅぅぅぅ、じゃ、じゃあ片方は普通盛りで……」
「冗談だ、わかってるって。席で待ってろ、お茶も入れとけよ」
虎太郎は恋菜から1000円札を受け取る。恋菜は心配そうに虎太郎から離れて食堂の席を確保した。
そして虎太郎は、嵐うずまく女子の群れに飛び込んでいった。
ぎゅぅぅぅうう!!!!
「ひぐぅわ!」
数秒後、密集する女子高生のお尻にもみくちゃにされ、虎太郎が購買の列からはねのけられた。圧搾機でもみくちゃにされた果実のように、ボロボロの姿だ。もちろんのこと、食券は買えてない。
男子である虎太郎は女子の皆から愛されてはいるが、食欲渇望により飢えきった少女たちの目には、食堂を取り仕切るおばちゃんしか見えてない。お腹や胸に当たる程度の小さな子どもなんて、視界にはいらないのだ。
席を確保している恋菜が、心配そうに虎太郎を見ていた。授業参観にきたお母さんのような瞳が、助けたくて助けたくて仕方ないけど助けられない気持を、雄弁に語っている。
(くそ、頼られるどころか、心配されてやがる……)
虎太郎は焦った。大声を出せば、おそらく道は開くだろう。それこそ海を割ったモーゼのように、少女たちは道を譲ってくれるに違いない。ひ弱な男子のために。
(そんなの嫌だ!)
独力で、女子と同じ土俵の上で戦わなければ意味が無いのだ。食事すら確保できないようでは、これから3年間の高校生活なんてとてもおぼつかない。頼られる男子になんて、一生なれるわけがない。
「再チャレンジだ! やってやるぜぇ!」
ぐしゅぐしゃぐしゃしゃぁ!!!
「ふひぐぃぃい!」
ペイっと、押しのけられる虎太郎。少女たちのお尻に押されすぎて、なんだか痛いのか疲れているのかわからない。
やっぱり女子の行列には勝てなかったよ、ってばかりに床でへたり込んでいると、一人の少女が話しかけた。
「おおー、なんだかバッテンな声を出しているのは誰かと思ったら、虎太郎御大じゃないか」
る虎太郎に声を掛けたのはクラスメートの1人、小早川子猫であった。
バカみたいな名前だが、バカではない。
猫子は癖のある髪を伸ばしてまとめている文系女子だ。二次元研究会に所属している。だが小学から中学までずっと剣道をしていたる生粋の剣道少女だったので、運動はかなり出来る。
中肉中背で、身長は170センチ。クラスのほぼ平均だ。虎太郎よりも30センチしか大きくない。
ポニーテールっぽいけれど髪留めが高すぎて、古えの武士っぽい髪型をしていた。
黒縁のメガネに、制服姿。スカートはひざ上20センチで、わずかに階段を登ったり教壇に上がるショーツが見える一般的な高さだ。これが歩くだけでパンチラするひざ上30センチレベルになると、教員からお叱りをもらうようになる。夏服の制服からはブラジャーが透けていた。薄緑色だ。
恋菜と同じく、猫子も虎太郎の幼馴染であった。口癖は「バッテン」と「ハナマル」。
「猫か。ほっといてくれ」
虎太郎が無視するように猫子から逃れようとした。
「恋ちゃんはどうしたんだい? 御大のピンチにまったくあの巨人は……。おやおや、恋ちゃんもう席に座ってる?……。ふむ、なにも食事をもたずにこちらを心配そうに見ながら座っている、と。なるほどなるほど、そういうバッテンな事情だったんだね」
状況をだいたい把握したらしい。学校の成績はほどほどだが、脳の回転がい異様に早いのが猫子の長所兼短所だ。
「虎太郎御大、このバッテンな役割分担は、逆のほうが上手く行くんじゃないかな?」
食券担当は虎太郎、席取り担当は恋菜。猫子は完璧に状況把握をしてみせた。
大したものだが、褒めてやる理由はない。
「うるせえよ。ボケ。俺が食券を買うって決めたんだ。猫は口出すんじゃねえ」
「一声かければ、女子は道を譲ってくれると思うんだけどね。御大の人気はハナマルだから」
「うっせえぇ! そういうズルはダメなんだよ」
「ズルって……そんなバッテンなことは無いだろうに。でもわかったよ。この知恵猫にすべてお任せなさいな」
猫子が胸のあたりをどんと叩いた。バストは89センチ。Cカップ以上が普通な高校生女子にとっては、標準よりもやや大きめにすぎない。ちなみに恋菜の102センチおっぱいは、一年生にして校内でもトップクラスだ。
「猫、てめーが買いに行くのもダメだぞ」
たゆんと胸を揺らしている猫子に、虎太郎が釘を差した。自分で達成をしなければ、この試練に意味は無いのだ。
「了解しているよ。御大が食券を買いに行く策を、猫は完璧にナビゲートできる。安心しなさいな」
「……ズルはなしだぞ」
「他人を頼るのがバッテン方法だなんて思わないけどね。虎太郎御大の気持は、猫もわかっているから。ハナマルな方法さね」
「聞かせろ」
「ではレッスンワン。四つん這いになってくださいな」
素直に食堂の床で、身をかがめる虎太郎。後から食堂に入ってきた文系女子が何事かと虎太郎を見るが、気に留める余裕はない。
「なにが見えるね?」
「……女子のパンツ」
しゃがんでから見える購買のようすは、見渡す限りのパンツの群れだ。
食券の買い求める運動部女子たちの、色とりどりのショーツが虎太郎の視界には広がっていた。赤青黄色白黒緑、簡素な綿のショーツが多いのは、彼女たちが発汗の多い体育会系だからだろう。
運動と健やかな食生活によって育まれたお尻をかくす、小さい布切れたち。スカートの下の覗きこむわけではないが、勝手に目に入ってくる。
「虎太郎御大は女子のパンティーが見たいのかい? もう見飽きているだろうに。そんなに見たいんだったら、猫さんのコレもどうぞ」
猫子がやや呆れたようにいいつつ、四つん這いの虎太郎前にたった。スカートの下から見えるブラジャーと同色の薄緑色のショーツ。簡素なヒラヒラがついていた。
「見たくって見てるんんじゃねえよ。邪魔だからどけ」
「どく前に、きちんと見てほしいものを見てくださいな」
猫子が虎太郎に更に近寄った。四つん這いの虎太郎を、股の下に挟むような姿勢だ。頭上に猫子のパンティー。そして視線の先は購買に群がる女子たちのパンティー。
見るべきものがパンティーでないなら、一体何を見ろというのか? よくわからない虎太郎に、スカートを魅せつけるようにしていた猫子がようやく種明かしをする。
「虎太郎御大に見て欲しいのは、女子のパンティーじゃなくって、足と足の隙間だよ。みんな胸もお尻も育っているからね。そのまま行ったら御大では弾き飛ばされる。だったら解決方法は簡単さ。小さく屈んで、足と足の隙間をすり抜けるんだよ」
猫子に言われてみれば、確かにそうだ。女子たちは胸もお尻も豊満である。立って行ったら虎太郎の身長からいって、女子のおっぱい部分で阻まれてぜんぜん進めない。そうこうしているうちに、お尻で弾き飛ばされてしまう。
「なるほどな。理屈はあってる」
「理屈があってないことはしないことだね。御大はせっかく小さくって可愛いんだから、利点は活かしたほうがいいよ」
「可愛いっていうんじゃねーよ、ボケ! てめーの股間にデコピンするぞ」
虎太郎にまたがっている猫子。虎太郎は頭上のショーツを睨みつける。
「それは勘弁してほしいね。処女膜をデコピンで破られたくはないよ。いつか御大に上げるために大切にしてるんだ。でも御大がそうしたいんでしたら、猫さんは全てを受け入れてあげるよ。エスエム的な意味で。」
わざわざ腰をさらにおろして、虎太郎の頭に座るようにする猫子。もちろん体重は書けない。ショーツのあったかみを頭上に感じた虎太郎は、ちょこちょこと四つん這いで前に動いてその牢獄のようなスカートから逃げた。
「っち。猫は冗談が通じねーからキライだぜ」
「猫さんは冗談をいう御大も好きだよ。ともかくこれが猫さんの秘策『屈んでGO』。ご武運をお祈りしているよ」
「作戦ってほどでもない気もするけど。とにかくわかった。あんがとよ!」
ご武運を、なんて言われたことのないセリフであった。とても気分がいい。頼られる男子みたいだ。たとえ9割は冗談でいっている猫子の言葉であっても。
「そういえば猫。テメーはなにが食いたい?」
虎太郎はせっかく来て知恵まで出してくれた猫のぶんも、食券を買ってあげることにした。度量の広さも頼られる男子像には必要なことだ。
「おお♪ そんなハナマルな言葉が来るとは思っていなかったよ。猫さんの忠誠心は、今の言葉でマックスになったよ。ハートマークMax値さ。いつでも攻略可能だけど、告白するかい?」
「前置きがなげえ」
「猫さんは少食なので、カレーうどん大盛り一杯を所望するよ」
それでも虎太郎より2倍は食べる猫子である。虎太郎は猫子の金も受け取り、腰をかがめて女子の群衆に突っ込んでいった。
たしかに身を屈めれば、先程よりはずっと入り込みやすい。小さな身長を活かした作戦だ。押しくらまんじゅうのようにお尻とお尻で挟み込まれないよう、懸命に女子の密集地を書き分ける虎太郎。
(ぐ、く!!)
なかなか進行できないが、それでも踏みとどまっていた。
それが一変したのは、少女たちのスカート下に顔を押し付けながら懸命に進み虎太郎を、1人の少女が気がついた時だ。
ちょうど虎太郎の顔面が、少女の臀部の中央にあたり、スカートの中に虎太郎の顔面が、かつ荒い呼吸が緑柄の縞パンに直撃したのだ。さすがに気がつく。
「ひゅあぅ!? お尻に暖かいのが!? あ、あれ? 虎太郎くん、なんでここに?」
「あ、わるぃ……」
「ねーみんなぁー! 虎太郎くんがここで苦しがってるよ。ちょっと道開けて!!」
言った瞬間の、女子たちの動きは早かった。
「え、虎太郎くん? なんで食堂に?」
「並ばなくっていいんだよ虎太郎くんは。言ってくれれば道を開けたのに」
「すいません先輩。ちょっと一年の男子がきてるんで、開けて下さい」
「ああ、噂の一年の男子か。じゃああけないとだな。おーーい、あけろあけろー」
「はーい♪ あれが噂の男子かぁ。かわいー♡」
少女たちが結託して、道を開けた。先ほどまで猛烈に混んでいた購買で、一本の道が出来る。どんな老人でも幼児でも歩いていけるような、女子たちが見守る通り道。
「…………悪いな」
虎太郎は中腰姿勢から立ち上がり、とぼとぼと購買の前に言った。戦場のような喧騒が一遍して静かになっていた。購買のおばちゃんも虎太郎の注文を待っている。
完全に虎太郎の敗北であった。
でもおばちゃんを待たせるわけにもいかないので、とぼとぼと歩いて購買の前に行く。
「注文を……カレーライス2つと、カレーうどん。大盛券を3枚下さい……」
「はいよ、いっぱい食べなね♪」
「はい」
注文は恋菜と子猫に頼まれたものだけだ。自分の分はない。女子たちの善意にすがって買い物をした自分は、買う資格はないと虎太郎は思っていた。
「ほらよ……、買ってきたぜ」
敗北感にまみれながら、恋菜と猫子に食券を渡した。
二人とも食券を料理に交換して、お盆をもってきた。
「あ、あれ? こ、こたろーちゃんは? たべ、ないの?」
「せっかく頑張ったというのに。最終的に道を譲られたのがそんなにバッテンなのかい? 虎太郎御大は本当に律儀だねぇ」
大盛りカレーライスを2つお盆にのせた恋菜と、カレーうどん大盛りを持ってきた猫子が、水だけもってきた虎太郎をみて言う。
「うるせーよ。食欲ねえってさっき言ったろ」
コクコクと両手でプラスチックのグラスに入ったお茶を飲む虎太郎。
「あ、あぅぅ。こ、こ、こてろーちゃん、ごめ、ごめんね」
「謝ってもらおうことじゃねーっての」
「はぅ、じゃ、じゃあ。こたろーちゃん、あーーん、ね、ねえ。あーーーんして」
カレーライスをひとすくい、恋菜が虎太郎に差し出した。香辛料の胃袋を刺激する匂いが、虎太郎の鼻孔に入りこむ。
「い、いらねーよ」
「あぅ、ぅぅぅう、恋菜、虎太郎に買ってもらったお礼、できない。あぅぅう」
泣きそうになりながら、恋菜は身体を揺らした。タップンタップンと胸が揺れえて、恋菜の悲しみを表現する。仕方ないので、虎太郎は折れることにした。
「っち、いいよ、食ってやる。あーーん」
「えへ、ふふふふ。あり、ありがとう、こたろーちゃん。た、たく、たくさん食べて、おっきくなろうね♡」
「その理屈なら、テメーはもう何も食うな」
ぶつぶつ言いながら、カレーライスを口に入れてもらう虎太郎。
「あち!」
「あう、ご、ごめんね。こ、こ、こたろーちゃん、は、猫舌だったね。れ、恋菜がふーふしてあげるからね。ふーふ、ふーふー♡ はい、これで大丈夫だよ♡ あ、あーーん♪」
「む、……あーーん」
ぱく、もぐもぐもぐ。
高校入学してから3ヶ月。初めて食べたカレーライスは、敗北の味がした。
(次は1人でちゃんと食券を買ってやる)
心に決める虎太郎であった。
「ふむ、これは羨ましいシチュだね。では猫さんも。虎太郎御大、猫さんのカレーうどんもどうぞ食べてくださいな。猫さんがふーふーしますから。じゅるるるっと啜ってどうぞ」
「カレー汁が飛ぶから、そっちは本当にいられねえ」
「やや、なんと!? いや、しかし確かに。これは猫さんの知恵が至らなかったね。あーーん、パク、もぐもぐなんてハナマルなイベントが有るだったら、昼食はチャーハンにするべきだったよ。猫さんの未来推測能力がたりなかったね」
やや消沈する虎太郎をよそに、猫子もまた勝手にダメージを食らっていた。




