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第1話 頼られる男子は体育を休まない

 夏休みを間近に控えた、6月下旬のことであった。初夏の照りつける太陽が、プレハブ建築の安っぽい建物を照らしている。

 ここは県立宮前高校の屋内練習場だ。安普請の上にエアコンなどなく、室内は熱と湿度でサウナのようになっている。窓をすべて開け放っていても、人の熱気と衰えない太陽熱によって、武道場は蒸し風呂になってしまう。6月ですらこれなのだから、7月の到来が今から恐ろしい。


 そんな夏暑く冬寒い屋内練習場で行われているのは、体育の授業である。ここまでは普通のことだ。特出することは何もない。

 だがここからが普通ではない。

 それはここに少女だけではなく、少年が1人混じっていることだ。しかも見学ではなく、授業に参加している。


 男子が高校に入ること事態が非常に珍しい。しかも男子が体育の授業に参加するなんて、ほとんど異常事態だ。本人の同意がなければ、周囲による私的懲罰イジメとみなされるだろう。いや、本人の強い希望があっても、普通の人が聞けば眉をひそめるに決まっている。


 怪我をしたらどうするのか? 激しい運動は、少年の体調に悪影響をおよぼすのではないか? 担任の教師は何をしているのか?


 か弱い男子の健康を損なうのではないかと、皆が心配するだろう。現在もそうだ。だがそんな視線を物ともせず、少年は体育の授業を受けていた。

 いま、準備運動の腕立て伏せをしている。


「いーーーち……にぃーーーぃ……はぁはぁ……。さぁーーーん」


 息を切らせて手を震わせながら腕立てをする彼の名前は、霧峰虎太郎きりみねこたろうという。

 勇ましい名前にふさわしい、非常に勇壮な性格であった。そして向上心が強かった。であればこそ、高校という女子の群れに飛び込む暴挙にも出たのだ。


 虎太郎は高校1年生。身長142センチ。体重36キロ。体格的には一般的であり、運動能力に跳びぬけているわけでもない。普通の男子だ。

 小学生の6年の頃に成長がとまり、ほとんどその体格と変わらないまま、現在に至る。見た目は可愛い小学生そのものだ。


 つまり普通の男子高校生である。


 艶やかな青色の髪をしている。髪を伸ばすのが男子のお洒落だが、彼は短く髪を切っていた。ショートボブである。癖がなくストレートパーマを当てたようなサラサラとした髪には、可愛らしいエンジェルリングが浮かんでいた。安物のシャンプーとリンスでも、髪質が良いためにこうなるのだ。汗に濡れた輝く髪は、女子たちの垂涎の的である。伸ばせばもっと綺麗になるとクラスの女子たちは噂するが、虎太郎には煩わしかった。虎太郎は容姿をウリにするつもりは一切ない。

 肌はきめ細かく、瑞々しく、どこを触ってもすべすべとしている。色素の薄いためにほとんど日焼けしない。唇は少し濡れたような優しい紅色。それこそテレビのモデルかアイドルに、すぐさま転身できるほどである。


 つまり虎太郎は、女子なんかと汗にまみれて体育の授業をうけるなんてありえない、天使のような容姿をしていた。こんな少年がデカくてがさつな女子の中に混じっていたら、目立つのは当然だ。


 そんな勇ましくも可愛い男子である虎太郎は、強くなるために特訓の真っ最中であった。


「よぉーー~~ん!……ごぉーーー~~お!!」


 柔軟体操後の筋肉トレーニング。虎太郎が自分に課した目標は、腕立て伏せ10回である。

 累計ではない。一度に10回だ。


 常識では考えられない練習量であった。高校生の部活動では、明らかに度を越している。男子腕立て伏せのギネス記録は28回だ。世界記録が28回なのに、一介の高校生が気軽に10回も出来るわけがない。これを他人が強制的に課した場合、深刻な過剰教育(しごき)とされて、教員は失職する可能性もある。

 つまり過剰なトレーニングである。


 そんな無謀にも思える試みを、虎太郎は鉄のような意思で実行していた。


「ろぉぉーーーーくぅ! …………しぃーーーーーぃぃちぃ!!」


 虎太郎は暑苦しい屋内練習場で、懸命に自分と戦っていた。

 まわりじゅうから視線を感じる。クラスメートの1年生たち(当然のことながら全員女子)も、体育の教員(もちろん女子)も、心配そうに虎太郎の特訓を見ていた。


 ちなみに女子たちのトレーニング内容はスクワット30回、腕立て30回、腹筋30回、背筋30回を2セットだ。女子にしては軽めのトレーニングなのは、これがまだ体慣らしの筋トレにすぎないからである。少女らにとって、本気の体育はこれからだ。


 虎太郎は顔を真っ赤にしながら、手を震わせ、大粒の汗を流していた。

 その必死さについに耐えきれなくなり、少女の一人が虎太郎に声を掛けた。


「が……が、がんばって! こ、こ、こたろーちゃん!」


 滑舌がわるく、つっかえつっかえ言った少女は、百目鬼恋菜どめきれなであった。

 恋菜れなは高校1年生。虎太郎とは同級生にして、虎太郎の幼馴染だ。艶のある黒髪をショートカットにした、極めて長身の少女である。滑舌が悪くどもり癖がある。


 相撲を志す体格のよい女子の中で、彼女の背丈は群を抜いていた。3年生にだって引けを全く取らない。膂力、スタミナ、スピード、全てにおいて超高校級である。中学校3年の時には、大相撲全国大会で東の横綱となった。

 そんな恋菜は、高校一年にして、既に大相撲の新弟子になるために必要な身体要件をすべて満たしている。

 大相撲新弟子の条件。すなわち身長180センチ以上。バスト90センチ以上、Eカップ以上(つまりトップとアンダーの差が20cmあること)。ウエスト75センチ未満。ヒップ90センチ以上。あと強いこと。

 恋菜のスタイルは、厳しいとされる大相撲新弟子の条件を、軽々と超過していた。


 4月の身体測定で、身長はすでに190センチを超えていて、もちろんクラスで一番の長身である。バストに至っては102センチのIカップ。ウエストは65センチ。人目を引くほどの身長に、豊満なバストサイズ。引き締まったウエスト。まさに戦うために生まれてきたような筋肉質体型マッシブボディである。


 その恋菜は、精神的には虎太郎の下位にいた。虎太郎もまた、恋菜を自身の子分と見なしている。

 汗だくになりながらも、虎太郎は恋菜を睨んだ。


「ちゃん付けしてんじゃねえ。引っ叩くぞ、恋菜!」


 小学生のような可愛い体躯ではあるものの、虎太郎はきちんと睨んで恋菜を威嚇した。


「はぅ、……ご、ごめんなさい」


 どもりながらも素直に謝る恋菜。

 精神的な格付けは、2人の間ではっきりとしている。そこに個人的な身体能力は関係ない。

 虎太郎は怒鳴ったことでさらに体力を消耗し、腕を震わせた。あと2回で10回だが、それが出来ない。


「はぁーーーーーーーはぁ……がぁあああ、くそ!」


 虎太郎は8回目の腕立てで力尽きた。

 大急ぎで恋菜が虎太郎に駆け寄る。


「だ、だ、だいじょう、ぶ。こたろー?」


 恋菜が床に倒れこんだ虎太郎に話しかける。

 恋菜は190センチで腕力優秀。虎太郎は140センチの細身。抱っこをするようなに抱え上げることは簡単だ。


「はぁはぁ……大丈夫だっての。このくらいで心配してんじゃねえよ」


 虎太郎が呼吸を整えながらも、何とか言った。

 周りの女子たちは拍手を送った。男子はそもそも高校に入学すらしない。そんななかで、入学した上でしかも努力して体育の授業を受けているのだ。虎太郎の努力と根性は、感動的なほどだ。

 そう。たとえるならそれは、雨に打たれながら一生懸命走る小さな子犬のよう。

 平均身長170センチの女子たちは、か弱くも頑張る虎太郎を褒め称えた。


「こたろ-くん、がんばったよ!」

「すごかったぁ。わたし感動ちゃった」

「もう十分だよ。ゆっくり休んでてね♡」


 拍手しながら言い合う少女たち。


「がんばりすぎるの、は。……よ、よ、よくないよ」


 恋菜が自分の体操服を引っ張って、虎太郎の額の大粒な汗をふいた。体操服裾を伸ばすと、小さなおへそから、大きすぎる乳を包む青いブラジャーまでも見える。特大サイズのスポーツブラだ。


「うっせぇよ」


 目に飛び込んできた恋菜のブラジャーなんて珍しいものでもないので、虎太郎は気にせず恋菜の体操服を引っ張って自身の汗を拭いた。服をタオル代わりにするほどに、この2人の序列は確定している。


「た、た、タオル。つ、使う?」


 ちゃんと汗を拭くために、恋菜はスポーツタオルを持ってこようかと聞いた。

 すぐさま虎太郎が、くりくりとした可愛い瞳で恋菜を睨む。


「余計なことしてんじゃねえよ。まだ準備体操だろうが!」


 タオルで汗を拭くなんて、練習終了時にやることだ。まだ柔軟体操と筋肉トレーニングしかしていない。体育の授業はこれから始まるのだ。


「あぅ、で、でも」


 口ごもりながらも恋菜が食い下がった。

 恋菜が虎太郎の身を案じていることは一目瞭然であった。そして筋トレ程度で身を案じられるほどのか弱い自分が、虎太郎はたまらなく嫌であった。


(くそ、立派な男になりてぇ)


 古にいたとされる、女子にまさる男子。いや女子から頼られる男子。虎太郎はそれに憧れていた。

 少なくとも、体育の授業で女子の数十分の一以下の筋トレをしただけで、全員から健闘を讃えられるようなか弱い存在から抜け出したいのだ。


「こ、こたろーちゃん。むり、し、しないで」


「してねーよ! さっさと授業をうけるぞ」


 虎太郎が大声でそう言った。


「う、う、うん」


 恋菜は虎太郎を案じながらも、小さく頷くしか出来なかった。

 ちなみに恋菜を含め、女子部員たちの服装は、布の薄い体操服と、極めて肌に密着する薄布ブルマだ。別に全裸でも風邪を引くようなやわな者は女子には存在しない。それならばなるべく着心地の良い、速乾性のある素材が選ばれる。そうした結果、薄布の体操服とブルマが学校指定の体操服となっている。極薄ブルマのため汗で濡れるとショーツのラインどころか、色までも透けて見えるが、とくに気にするものは誰もいない。

 上着の極薄体操服も同様だ。袖はノースリーブで脇の下が見える。布もギリギリおへそが隠れる程度しか布がない。ブルマ同様に極薄素材の白地であるため、ブラジャーの色がはっきり分かる。暑すぎる屋内では止めどなく汗が出て、薄い布地がピッタリと肌に密着していた。


「でかいケツを目の前でふりやがって。邪魔なんだよ。さっさと行け!」


 虎太郎は心配そうにしている恋菜のブルマお尻を蹴った。


 ぽよよん♡


 と、恋菜のお尻の肉が揺れる。恋菜にとっては全然、痛くない。全力で蹴られたところで、恋菜には肉体的なダメージは皆無だ。男子の筋力なんて、そんなものである。

 体育の授業内容は相撲。国技の相撲と、オリンピック種目の柔道は、どの学校も力を入れている。


 クラスの中でも、体格のよい者たち10人に対し、他の生徒が順番にぶつかり稽古をするかたちでの練習となった。

 もちろん恋菜は強い側。虎太郎は稽古をつけともらう側だ。虎太郎は恋菜のいる列に並ぶ。

 順番にぶつかり稽古がおこなわれた。そして虎太郎の番。


「あ、あぅ」


 恋菜は困った顔をした。


「本気で掛かっていくからな。お前も遠慮なく来いよ」


 虎太郎がそう言う。性差という圧倒的な差を持っても、反骨心と闘争心だけは失わない。むしろそういう精神的な部分だけが、虎太郎の誇りでもあるのだ。身体能力で劣っていたとしても、勝とうとする心までは失わない。それが虎太郎が目指す、理想の男子像でもあるのだ。


「う、うん」


 恋菜は少々、困ったように言った。

 恋菜がなにを考えているのか、虎太郎にはよく分かる。


(手加減しようとしてやがるな。くそ!)


 虎太郎にはそれが悔しい。手加減無用といえば、恋菜は「どうすれば手加減してないと、ばれないで済むだろうか」と迷う。全力でぶつかってくれることなんてありえない。


(せめて本気を出させてやる!)


「いくぜ!」


 虎太郎が腰を低くして、思いっきり恋菜に突進した。それこそ短距離走でゴールに向かって突っ込むほどの勢いで。無理矢理にでも恋菜の本気を引っ張りだそうとしていた。

 その突進をがっぷり4つに組んで受け止めるのが、本来の稽古だ。

 が、恋菜はそうしなかった。


 ぽにゅゅん♡


 恋菜は自分の手を後ろに回し、胸を突き出すような前傾姿勢で虎太郎のぶちかましを受け止めた。自身の一番柔らかい部位である102センチIカップの豊乳おっぱいで、虎太郎をやさしく受け止めたのだ。

 虎太郎を受け止めるどころか、反発する力で虎太郎を押し倒してしまわないように、足腰のバネで衝撃をすべて吸収する。


 ぽにゅゅん♡ ぽにょぉん♡


 おっぱいは柔らかいが、身体はびくともしない。

 恋菜は手を後ろでまわし、両乳を強調するような格好で、虎太郎の全力の突撃を簡単に受けきっていた。


「っぐ、く!」


 悲しいほどの実力差であった。虎太郎はここまで手加減をされるほどに、気遣いをされるほどい弱いのだと、改めて自身のことを認識せざるを得ない。せめてきちんと倒して欲しかったが、そうすることすらためらわれるほどに、虎太郎はか弱いのだ。


「す、すごいよ。ちょっと押されちゃった。つ、つ……強くなったね」


 恋菜がおっぱいで虎太郎の顔を包み込みながら、やさしくそう言った。


(なってねーよ!)


 ぶちかまし稽古で、両手を使うことすらできない。後ろ手でおっぱいを突き出されて、それでもまるで歯がたたない。屈辱と悲しさが入り混じるほどの状況である。


 もにゅもににもにもに♡


 虎太郎は恋菜のIカップバストに顔を無理やりうずめた。極薄の体操服の肌触りはと、おっぱいの柔らかすぎる感触を顔面に感じる。そのまま両手を伸ばして恋菜のブルマの裾をつかもうとした。

 相撲にとって、ここはマワシを取ることを意味している。だが大人と子供ほど体格の違う2人、虎太郎が恋菜のブルマの裾をとることは容易ではない。


「が、が、がんばって。こたろーちゃん。も、もうちょっとで、ぶ、ブルマに、手が届くよ」


(応援してんじゃねえ!)


 虎太郎は恥のあまり叫びたかった。それが出来ないのは、顔面がおっぱいで埋められて口を開くことが出来ないからだ。当然無呼吸である。


「あぅ、こ、呼吸できない?」


 恋菜にまたしても気遣われた。彼女は肩を軽く動かして、おっぱいの間に顔を挟み込んでいる虎太郎の顔を、右乳の方にながした。


 ぽにょぉぉぉん♡


 虎太郎はやわらかすぎる恋菜のおっぱいを顔面で感じながら、強制的に横を向いた。恋菜のたっぷり柔らかい右乳が、ゴムマリのように形を変えて、虎太郎の頭に正月餅のようにのっている。ずっしりと乳が重さが虎太郎にのしかかるが、どうにか呼吸が出来るようになった。

 こんな真似ができるくらいなら、さっさと投げ飛ばせと言いたい。


(手加減しまくりやがって! 負けねーぞ!)


 虎太郎は思いっきり手を伸ばした。そうしてようやく片手が恋菜のブルマの裾に届く。虎太郎は力の限りそれを引っ張った。


 くんぃぃいい、くいぐぃぐぃいい!


 伸縮性に優れたブルマが、恋菜の尻肉に食い込んだ。薄布ブルマがたっぷり肉のついた美尻に食い込んで、もはやほとんど身体を隠していない。相撲らしい食い込んだふんどしを履いているようになっていた。


「んん♡ 手、届いたよ。こたろーちゃん、が、がんばったね♡」


「褒めてんじゃねえ!」


 虎太郎はブルマをもってそのまま横に投げようとした。

 が、恋菜はびくともしない。


「?」


 それどころか、虎太郎がなにをしようとしているのかすらわからないほどであった。力がささやかすぎるのだ。


「っく、くそはぁ……はぁ」


 虎太郎は恋菜のおっぱいに顔をくっつけながら、ブルマの裾に引っ張り続けていた。無理な姿勢である。大人と子供の体格差があると、子供の方はそうした姿勢を維持するだけでも体力を使うのだ。


「つ、つかれた。へーき? ご、ご、ごめんね」


「なんで謝んだよ! 恋菜、気を使ってんじゃねえ」


「は、はぅ?」


「投げられんだったら、さっさと投げろ。後ろのやつの練習にもならねーだろうが」


 恋菜は稽古をつける側であり、どんどん投げ飛ばして多人数を相手にしなければならない。虎太郎1人に時間をかけれない。


「はぅ、でも」


「てめー!」


「はぅぅう、じゃ、じゃあいくよ。気をつけてね」


 恋菜は虎太郎に注意を呼びかけた。いよいよ投げるのかと思い、虎太郎は腰を低くする。手を使って虎太郎の下半身を捉える……はずだと虎太郎は思っていた。だが実際は違った。

 恋菜は軽く腰を回しただけであった。たったそれだけの動作である。しかしそれだけで、虎太郎の顔は恋菜のおっぱいにおされ、簡単に吹き飛ばされてしまった。


 ぽよよよよぉぉん♡♡


 恋菜の可能な限りの手加減がつまった、優しさ溢れるおっぱい投げである。がっちり虎太郎は恋菜のブルマを掴んでいたつもりだったが、そんなクラッチは簡単に外された。恋菜の些細な腰の動きだけで。


「ふぁわ!」


 虎太郎は恋菜の豊乳に押されて、後ろに転がった。3回転ほどコロコロ床を転げて、壁に激突する前に別の女子に受け止めてた。


「大丈夫、虎太郎くん!? すごかったよ、すごい頑張ってた」

「恋菜、手加減しないから。辛かったでしょ? 恋菜のブルマをがっちりクラッチしてたよ」

「新人戦東の横綱と、がっぷり四つに組んだんだもん。すごいよコタローくん」


 女子たちが口々に虎太郎にいい、虎太郎の勇戦を褒め称えた。

 実際には手加減というレベルではないほどの、圧倒的な惨敗であった。相手におっぱいしか使わせてない。それでも虎太郎には勝つどころか、善戦すら出来なかった。

 とは言え女子たちが、虎太郎をバカにする意味で褒めているわけではないこともわかる。あくまで『男子にしては』頑張ったと言っているのだ。本心から褒めている。


「こ、こ、こたろーちゃん。ご、ごごめん。や、やり過ぎた」


 恋菜が先ほどとは打って変わった瞬発力で駆け寄り、たゆんたゆんおっぱいを揺らしながら、虎太郎のそばにちょこんと座った。そして未だ倒れている虎太郎を、抱っこししようとする。


「っぐくそ! 痛くねーし! いちいち気にしてんじゃねーよ!」


 虎太郎はすぐさま立ち上がった。が、先ほどの組み合いいの無理が祟り、虎太郎の足がふらつく。

 そこで体育担当の教師からストップがかけられた。


「霧峰、今日のところはお前はその辺にしときなさい。教育的静止ティーチャーストップよ」


 体育の忍川先生だ。彼女も極薄ブルマの格好である。ただ生徒の紺ブルマではなく、布色が黒のブルマだ。28歳の健康さを示すむっちりとした太ももが露出している。女子と混じって体育をするという虎太郎の無茶な願いを聞き入れてくれた、生徒想いの先生だ。虎太郎たちの担任の先生でもある。


 先生にそう言われては、虎太郎には返す言葉がなかった。虎太郎には反骨心と闘争心はあるが、それ以上にルールとか校則を重視する性格だ。つまり不良っぽいことをしたい真面目な生徒である。教師に逆らうことはしたくない。


「っく、……うっす、わかりました」


 虎太郎は神妙に言った。


「よし、それでいいぞ霧峰。保健室には行く必要はないよな。よく頑張ったぞ」


 吉川先生は虎太郎を優しく抱きしめて髪を撫でた。普通の女子が男子を抱きしめると、体格差によっておっぱいに顔を包まれるような格好になる。虎太郎は赤ん坊のようにおっぱいに挟まれてあやされている気分になった。吉川先生は虎太郎を褒めているつもりだが、虎太郎は貶されている気持ちになる。


「や、やめろって、吉川先生!」


「ん? 褒められるのはイヤか? 信賞必罰は教育の基本だぞ。お前は頑張ったから、褒めてやるのが当然だ」


「……可愛がるんじゃねーっての」


 褒めてもらうのは嬉しい。だがおっぱいで挟まれて、頭をなでられるのは嫌だ。完全に幼児扱いされている気になってしまう。


「こたろーちゃんは、かわ、かわいいから」


 恋菜がどうでもいいことを付け加えた。


「恋菜、テメーは黙ってろ!」


 虎太郎は大声でいい、身を捩って吉川先生のおっぱいから抜け出た。


 ブツブツ言いながらも、授業のじゃまにならないように武道場の端っこに行った。スポーツドリンクが乱雑に置かれている。他の女子たちはコンビニか購買で買ったペットボトル。豪快に2リットルのボトルを持ち込んで、飲み切るつもりの女子もいる。

 水筒にジュースを入れて、わざわざ持ってきている几帳面な生徒なんて虎太郎くらいだ。

 壁際にちょこんと座り、水筒から小さなコップにスポーツドリンクをいれて、コクコク飲む。

 いつの間にか次順番待ちの女子たちが虎太郎を見ていた。「かわいいー♡」とか口々に言っている。


「見てんじゃねーよ! ボケ!」


 虎太郎は大声で叫んだ。クラスメートの女子たちが罵倒さえも嬉しそうに受け取り、「きゃー♡」と黄色い歓声を上げた。だがとりあえず虎太郎をジロジロ見ることはやめてくれる。ちらちらと見ているが。


「くそ……」


 どこまでいっても可愛い愛玩動物ペット扱い。それが虎太郎はイヤであった。


(女子に頼られるような男に、強い男になってやる!)


 虎太郎はそう決意していた。目指す先は、女子に一目置かれる立派な男だ。果てしなく遠い道である。



 ここは2200年の日本。男子は少なくか弱く貧弱になり。女子は多く頑強にガサツになった。男女比は1:50。

 常識は色々と変わったが、世界は平和である。

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