29、過去
「話して無かったわよね。……私、元々、貴族出身でね。それなりに高位貴族だった」
「……マチルダ、貴族のお嬢様だったの?」
「10年近く昔の話よ。今じゃ見る影もないけど。……その頃の話、しようかしら」
マチルダは祈念公園を横目に見ながら、とうとうと語りだした。
「少し昔の話よ。まだ内戦が始まる前。私は王都ドールセンの高位貴族の娘として生まれた」
「ドールセン? ハマンじゃなくて?」
「私、こう見えても生まれも育ちも王都っ子よ? 子供時代は……ま、それなりに幸せだった。貴族令嬢らしく、マナーに習い事に勉強漬けだったけど、少なくとも衣食住には困って無かったし、父も母も使用人達も優しかった」
マチルダはそこまで言って、一瞬、言葉を区切った。
「……で、13年前。内戦が起きた」
「……」
「金と権力を独占した貴族と王族にむかっ腹立てた革命家連中が、民衆を煽って内戦を起こして、3年近くダラダラ戦った末、王都は落ちた。10年前の3月31日。まだ私は10歳だった」
エコーは沈黙したままだ。湿っぽい昔話の続きを語る許可と受け取ったマチルダは、話を続けた。
「あの日の事はよく覚えてる。燃え盛る王都を父と母と暴徒みたいな革命軍兵から逃げ回って、逃げて逃げて逃げまくって……気づいたら両親とははぐれてた」
「多分、うちの両親。死んでるよ、その時に。革命軍兵に襲われて、リンチされて……」という言葉は飲み込んだ。少なくともマチルダはそう思っているが、純粋なエコーには少しショックが強い。
「そこからは地獄だったね。難民キャンプを転々として、配給やゴミ漁りで糊口をしのいで。……ただのひ弱な貴族のお嬢様だったら、野垂れ死にして楽になれたんだろうけど、あいにく身体が丈夫だったおかげで、ここまで生き残れてしまった」
「そんな事が……」
エコーは言葉を失っていた。マチルダがこんな苦労をしてきたとは思わなかったのだろう。
「……ま、今日日、別段珍しい境遇じゃないよ。あの内戦で人生めちゃくちゃにされた娘なんていくらでもいるわ」
彼女は何でもないように言う。
だが、もちろん何も思ってないわけではない。惨めだった、辛かった、悲しかったと心から認めたら、自身の最後に残った元貴族令嬢としてのプライドまで壊れそうな気がする。何でもないように振る舞う事が、自分自身の心を守る為に、彼女がいつもしている防御行動だった。
「で、なんやかんやあって、ハマンまでたどり着いた……ここは良い」
「ハマンが?」
「そう。王都がドールセンになる前の旧都だったおかげで、元々発展してた上に、王都陥落から生き延びた第三王女クラリーチェ様……あのシマエナガ社長のお姉さんね。あの方の手で解放されて以降は戦火からは遠ざかったから。ここにたどり着いて、根無し草なりに根を張って、今まで一人で生きてきた」
マチルダは晴れた空を遠い目で見つめた。
「私は生き残った。生き残れてしまった」
「……」
「代償として、貴族令嬢らしからぬ口の悪さまで獲得したけど。もう夜会出ろって言われても無理ね」
そう言って、彼女は皮肉っぽく笑った。
「もう夜会のルールより、地雷の種類の方をたくさん覚えてしまった」
設定資料
ブラックバニア内戦(12年戦争) 簡易年表
197年5月 国内の共和主義者・共産主義者が蜂起。内戦勃発
199年4月 666大隊結成。各地の戦線に投入。多数の戦果を挙げる。
200年3月31日 王都陥落。唯一の生き残りの王党派派閥のクラリーチェ派は辺境のカーク市まで後退。666大隊もこれに合流。
4月下旬 ジフ川攻防戦。クラリーチェ派を討伐にきた反政府軍追討軍を返り討ちにする。
201年 ジフ川敗戦の責任論から反政府軍が共産派と共和派で分裂。反体制派内で内戦中に内戦開始。
6月 自治色が強かったスノーバニア州が独立宣言
202年 ハマン解放。この前後でマチルダがハマンに移る。
203年 クラリーチェ派がスノーバニア州独立を無効宣言。ブラックバニアに帰るか独立戦争するか最後通牒突きつける。
204年 クラリーチェ派、スノーバニア州に侵攻。スノーバニア自治軍はクラリーチェ派の猛攻(666大隊含む)による緒戦で大損害を受ける。これを受けて州内部の王党派がクラリーチェ派支援のもとクーデター。クーデター政府はクラリーチェ派に、独立派政治家の身柄の引き渡し、王党派政治家に一連の独立騒動の責任を問わない事、一部の自治を認める事を条件に降伏。スノーバニア州再併合。
205年 クラリーチェ派が各地で戦線を押し上げて王都奪還。この頃から反体制派側で分裂が続き、政府軍vs反政府軍からクラリーチェ派vs各地の軍閥という構図になる。
210年3月31日 5年かけて各地の反体制派軍閥を掃討後、反体制派最後の拠点、シャード市を解放。終戦。
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