1、残された悪意
ブラックバニア王国の空は今日も青い。心地よいそよ風が吹いていた。
風はこの野花が咲いた草原にも吹いた。ヒナゲシ、タンポポ、シロツメクサといった小さな花々は、それにあおられ、かすかに揺れている。
この平和そのものといった草原に似つかわしくないものが、「元」侯爵令嬢であるマチルダ・センチュリオンの視界の端に映っていた。
それは巨大で、動くだけで重厚な音を響かせる1台の車両だった。
全長は10m程。高さは人間の背丈ほどあり、履帯が前進する度にきしむ。なにより奇妙なのは、その車両の前方についた巨大なローラーだった。それは、ゆっくりと、だが確実に野花ごと草原を踏みつぶしていく。
「改造T-55、前進開始!」
車両の運転手は、慣れた手つきでその鋼鉄の怪物を動かしていく。マチルダはそれを離れた位置でぼんやりと眺めている。
車両の横には「ブラックバニア王国 復興局」の文字が、ブラックバニア語で書かれていた。
車両が前進してしばらくたった時だった。ローラーが踏みつぶした地面で突如、小さな爆発が起きた。
それも一回だけではない。二回、三回、四回と間隔を置いて、何度も爆ぜる。
「……この場所は多いわね」
マチルダはそう呟く。気づくと花畑は車両に無慈悲に踏みつぶされてぺしゃんこになっていた。が、彼女は特にそれに対しては感情は起きなかった。
「メインはtype72Aって事だけど……こりゃ慎重にやらないと死ぬわね」
代わりに、そんな事を自分に言い聞かせるように言った。
***
車両が一通り野原を走行した後に始まるのが、彼女達の仕事だった。
手に持っているのは金属探知機。長い棒の先に取り付けたセンサーを、地面に向けつつ、慎重に歩を進める。
ここに埋まっているのは『厄介なタイプ』のものが多い。彼女が貸与されて持っている探知機も高精度な特別仕様だった。給料の何か月分もする。よって、壊さない様に丁寧に扱う。
それに、ここでは一瞬の油断が命取りになる。
現に『しくじって』手や足を失った同業者を彼女は何人も見てきた。
「…………」
集中しながら、手元の金属探知機の反応を見た。
ピピピ……。
「っ!」
そうこうするうちに機械が反応を示した。マチルダは、反応した場所の地面を慎重に、スコップでゆっくりと掘り起こした。
「さて……金属片か? それとも……」
しばらく掘っているうちに、スコップに硬いものが当たった。より慎重に周りの土を払いのけて出てきたのは、小さなプラスチック製の塊だった。
「あった……! type72A対人地雷!」
つぶれた饅頭のような、円盤型の見慣れた形状の地雷を見て、マチルダは思わず笑みを浮かべた。
中国製の対人地雷だ。炸薬量は約50g。戦車には大したダメージにはならないが、もしも人が踏めば足が文字通り吹き飛ぶ、危険なしろものだ。
そして、この国ではどこにでもある、ありふれたものの一つでもある。
「報酬額上乗せね……今晩は少し夕食を豪華に出来るわ」
そんな悪意の塊の様な兵器を、マチルダはニコニコしながら見つめている。
彼女にとっては、これは飯の種だったからだ。
「さて、下手に動かすのは危険ね。T-55に踏みつぶして起爆処理してもらおうかしら……リーダー、type72Aを発見。対応を求めます」
そんな事を言いつつ、マチルダは支給品であるトランシーバーで、この現場のリーダーに短く報告を送った。




