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命の鎖  作者: 雨偽ゆら
因縁
14/38

『嵐里 殀 1』

「あなた、お母様とは似てないのね」


 初対面の人にまず言われるのがこの言葉だった。


 別に深い意味なんてない。

 俺が似てないと思ったことを、そのまま口にしただけ。


 だけど母さんはその度に不機嫌な顔をして、黙って俺の手をとった。


 そして、必ずこう言うんだ――


「貴方に罪はないけれど、私は貴方を愛することはできない。愛しいと思えたとしても、決して抱き締めることはできないの」


 涙を目にいっぱい溜めながら……


「貴方は私の戒めだから、私を絶対に許さないで」


 子供の俺に深い意味はわからなかった。


 ただ、母さんは俺を憎みながらも大切に育ててくれていたのは、なんとなく知ってた。


 けれども越えられない壁は確かにあって、その証が『殀』という呪われた名前だった。


「貴方の名前には呪いをかけたの。『殀』という名前……」

「どんな意味なの?」


 無邪気な俺には酷だと思いながらも、母さんはその意味を告げた。


「『ころす』、よ……」


 自分の子供に付けるような名前ではないことはわかった。それに、名前として使われることがない漢字だということも薄々理解はしていた。


 だからこそ、なおさら悲しかったのかもしれない。


「いつか、貴方が私を……子供を愛さなかった親を殺すための、忌まわしき戒めの名前……」


 その日から、同じ屋根の下で暮らしているはずなのに、何故か独りぼっちであるように感じていた。



         ☆☆☆



「……っ!」


 ――誰かが呼んでいる。


「ねえってば!」

「早く起きろよっ」


 ――誰かだかはすぐわかった。


「ヨウ!」


 ――ああ。俺の名前だ。


 呪われた醜い名前。それを知っていながら……いや、知っているからこそ、俺の名前を呼ぶ……


 ――誰も俺に話しかけないで、見ないで、近寄らないで……




 ――俺が俺であるために……



「「ヨウ!」」


 どれだけ邪魔や目障りだと思っても、二人を拒絶することはできなかった。


 だから俺は、そっと目を開いた。

 目の前に広がるのはいつもと少し雰囲気の違う幼馴染みの笑顔。


 少し大人びた姿に戸惑いを覚えた。

 だけど、レンとシュウはあまり変わらない。レンが男みたいになってる以外は問題ない。


 ――いつもの親友がそこにいた。


 何故か二人は近所の高校の制服を着ている。


「レンと……シュウ……か」


 場所を確かめるために周囲を見た。

 簡易な家具の配置。コルクボードに貼られた数多くの写真。机の上に不自然に積み重ねられたパンの山。


「レンの部屋か」

「冷静に誰の部屋か分析するなーっ!」


 頭をスリッパで叩かれた。

 ……って、あれ?レンの背中に黒髪が流れていない?


「髪、切ったのか?」

「え?大分前からだけど……」


 そう言ってレンは息を飲んだ。シュウと顔を見合わせ、頷く。


「ヨウ、今僕らは何歳くらいだったっけ」

「12才だろ?」


 二人の表情が驚愕に変わる。そして、こそこそと何やら耳打ちしていた。

 親友である俺に隠し事をするとは、不愉快だ。

 けれども、一部の声がボソボソと漏れだしていた。


「意識を退行させる薬……?」

「それで間違いないだろうな」


 蒼白になるレンは俯きがちに震えていた。対してシュウは口元がすっかり緩んでいた。

 俺の中に、恐怖と憎悪の感情が流れてくる。今までは決して起こらなかった現象だ。


 いや、ある。一度だけ、たった一度だけ、殺意が流れ込んできたことがある。


 目の前で、女の子が体をバラバラに解体されたあの日……

 俺に流されたその感情は、カッターナイフを持つ鬼女によるものだ。


 ――何故こんなに大切なことを忘れてたんだろう


 殺されたのは、俺が心から信頼し、思いを寄せていた人じゃないか。


 最期に彼女はにっこりと笑いながら、『ありがとう』と言ってくれた。

 俺にはそんな資格ないのに……




 本当の意味で殺したのは、俺だったのに…………



 涙ぐむ俺を見て、レンが慌てふためく。ハンカチを受けとり、涙をぬぐった。


 不意に、隣部屋から声が聞こえてきた。


『えー……』

『わかってるわよ』


 隣の部屋のざわめきがうるさくなり、イライラと落ち着きがなくなる。

 文句を言ってやりたいが、いちいち玄関から入れてもらうのも億劫だ。


 目についたのはベランダだった。すくっと立ち上がり、外へ出る。


「えーと、ヨウ?」


 何をするの?と目が訴えていた。


「決まってんじゃんか」


 非常用の隣室へ移動する通路を、仕込んでいた刀で切り捨てる。

 すぐにそれを潜り抜け、窓ガラス叩き割った。


 中にいたのは2人の女子だった。


「ちょっ、なんで玄関から入らないの!」


 ガラス片が刺さったままの血塗れの腕を振ると、幼い面持ちの少女のほうが腕を見て真っ青になっていた。


「お嬢さん達、もうちょい静かにしねーと……」


 そこでピタリと動きを止めた。


 少女のほうは思い人と瓜二つの姿。

 もう一人はあの日の鬼女、おそらく本人だった。


 野生の獣やそれを狙う狩人と同じ鋭い目を鬼女へと向ける。


「……殺してやる」


 鬼女へ向けて、高々と刀を振り上げた。

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