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命の鎖  作者: 雨偽ゆら
因縁
13/38

『鎖姫 3』

 僕は兄さんが振るうバットを、鋏を開いて抑えている。多少押し負けながらも、どうにか必死に耐えていた。

 でも、圧倒的に兄さんのほうが力が強いという事実は変わらない。それなら、力以外で上回ればいい。


「こうなったら……!」


 僕の能力を知らない兄さんはもちろん、造でさえもその光景に目を疑っていた。


 突然木片が周囲に飛び散り、バットは真っ二つに分かれる。栞の『きる』能力はなんであろうと切断できる。けれどもてっきり金属バットだと思っていたから、木製ということには拍子抜けした。


「うおっ!」


 兄さんが思わず後退りをしようとするが、僕はかまわず腕を掴んで投げ飛ばした。だが、すぐに兄さんは両手を最初に地面につけ、バク転の要領で立ち上がる。


 鎖のかかった首目掛けてヨウの手裏剣が飛ぶ。兄さんは少し横に首を振るだけでそれをかわした。


 兄さんとヨウはすぐに距離を縮め、壊れたバットと刀がぶつかる。木製といえども、侮れるほどはヤワじゃない。

 けれども刃物に勝てるほどに丈夫なわけでもない。


「まさか、こんな風にお前とぶつかることになるとは思ってなかったな」

「そう?マチ兄と俺だよ?」

「まぁ、ありえなくはなかったか」


 どこか楽しげにも見える二人。しかし、バットが腐敗しつつあるのを見て、兄さんが冷や汗をかいた。


 そして、唇を軽く舐めた。確か、なにか思い付いた時のクセだ。

 ヨウもそれがわかったのか身構える。


 けれども、起こったのは予想外の出来事だった……


「そう言えばヨウ。お前母親の死体はどうしたんだ?まだあの薄汚い紙袋に入れてるのか?」


 ヨウが動きを止め、沈黙する。顔はすっかり青ざめていた。


「昨日のことなのに、忘れたか?」


 兄さんの口角が上がる。


「……いや、俺が記憶を消したんだったな」


 刀を振り払い、パチンと指を弾く。すると、ヨウの様子が一変した。

 急に頭を押さえてしゃがみこんだのだ。


「あ……うああぁぁぁぁっ!」


 悲鳴と共に、ヨウは錯乱状態に陥る。理由も対象もなく、ただただ刀を振るうことしかできないようだ。


「俺は……俺の名前は……!」


 がむしゃらに暗器の数々を取り出し、周囲へばら蒔く。苦無の類いの一つが、足下の覚束ない契の頬を切った。


「ひっ……!」


 視界が悪くなるほどの涙を溢れさせながら、契が小さく悲鳴をあげる。


 狂ったヨウの異変を冷静に認識し、僕は兄さんを、獲物を見つけた肉食獣の如く強く睨み付ける。


 ――ヨウが母親を殺すことになった原因?よく考えれば、答えはわかりきってるじゃないか。


 愛人の子供だからといって、愛情なく育てられたわけでもないんだ。それ以上に、ヨウの心を揺さぶること、それは――


「ヨウに……名前の意味を告げたんだな……」


 重々しい空気が漂い始める。


「いや、俺はただヨウに母親は殺したか聞いただけだよ」


 しれっとした態度で兄さんが返答。さすがに今回のことに関しては、どうしようもないほど頭にきた。


「……兄さんのことはもう知らない。ヨウの能力を使ってやる」

「…………え?」


 壊れかけていたはずのヨウが、意識を取り戻すほどの問題発言だった。

 名前に関わりがある能力という考えは間違っていなかったらしい。


「あの、レン……?マチ兄や契は確かにムカつくけど、それは……」


 焦りのあまりヨウは汗をびっちょりと全身にかいていた。


「……大丈夫。別に気に病まなくていいよ」


 僕の中で怨念めいた何かが渦巻いていた。鋏を開いたり閉じたりしながら呟く。


「いやいや、それはそれでまずい!」


 だが、僕の殺気が本物だとわかったのか、ヨウは反論をやめた。

 それどころか、人が変わったかのように殀君は刀を2本掴んだ。


「お前の話に乗ってやるぜ」


 どこかすっきりとした笑顔には迷いが無い。また、覇気が溢れている。

 兄さんは結果を予測していたのか、素手のまま拳を構えた。


「あなた達は手出ししないのですね」


 吊るされたままの契が、シュウ達に問う。


「俺らがいたら邪魔くさいしなっ!」

「私達は足手纏いになりたくないもの」


 造は契へ視線を向けると、顎を人差し指で上げた。


「黙ってくれないとキスしちゃうよ?」


 造と契がイケナイ世界へ飛び込もうとするのを脇目に、僕らは構える。


 兄さんの足下へ次々と投下される手裏剣や苦無。兄さんはそれを靴で全て打ち落とした。

 多少の傷では痛む素振りを見せない。


 僕はその隙に背後に回って襟首を掴むと、そのまま背負い投げをきめる。

 今度は受け身がとれず、骨が折れたような音がした。


 だが兄さんは僕の手を引いて自分の上に倒し、首に腕を回した。首を絞めつつ、僕の下半身が動かないように足で自由を奪う。

 このままでは意識が落ちそうだ。


「んっ……!」


 どれだけ両手で兄さんの腕を退かそうとしても全く動かない。男女の力関係に、僕はなすすべもなかった。


 しかし、ヨウが的確に刀で兄さんの腕の筋を切った。血飛沫が目に入りながらも、兄さんの手を払い、顎に肘をぶつける。

 腕と足の力が緩んだ途端、ひゅるりと抜け出して兄さんから離れた。


 兄さんはすぐに起き上がり、傷の止血のために服を破って手に巻き付けた。

 だが、間髪入れずに足払いするヨウ。兄さんの体勢を崩す。


 立て直そうとする瞬間に膝蹴りが兄さんの腹に入る。そして、仰向けに倒れたところで兄さんの頭を地面に打ち付けた。


 ――ゴキッと音を立てて肩を脱臼させる。痛みのあまり兄さんがバタバタと足を動かしていた。


「~~~~っ!!」

「これでもう、動けないだろ」

「えげつねぇ……」


 苦々しい面持ちでシュウがぼやいていた。

 ふぅと息を吐き、そっと寄り添うように隣に座り込む。


「兄さん……」


 最後の別れの言葉であるとわかったのか、満足そうに頷いた。屋上に寝そべったまま、目を瞑って待つ。


 ヨウは刀と鎖を静かに握った。思いを押し込めるようにぐっと力を込める。


「一つだけ……」


 ヨウの決意を揺るがすタイミングで兄さんが口を開く。


「嫌われてたけど、俺はセツを愛してた。だから、栞の気持ちには答えられなかった」


 栞と兄さんの目がぴったりと合う。


「ごめんな」


 体の奥底から悲しい気持ちが湧いてきたのか、栞はその場で膝をついた。


 不意に、ヨウの絶句した姿が視界に入る。首の鎖をしっかりと固定し、命を断ち切る。


「嫌われても愛してた……か……」


 涙の粒が兄さんの額に落ちた。

 一番、ヨウが求めていた言葉。それが今、他人に向けられていたことで、心が揺らいでいた。


「ずるい、な……」


 まるで兄さんが泣いているかのように、額から頬を伝い、涙がぽたぽたと落ちた。


 その間中……その後も兄さんの目が覚めることはなかった……


「は……?」


 事態を飲み込めずにいた契は唯一動く足を動かし、靴を跳ばした。靴は兄さんの頬に当たる。


「嘘……ふざけないで、起きて……くださいません、か……?」


 震えた声が兄さんに届くことなどありえず、契もやっと理解したようだ。


 苦虫を噛み潰したような顔で悔やみ、怨念の目をヨウに向ける。


「責任とってくださいますよね……?」


 ヨウは契の言葉に頷いた。普段なら断ったかもしれないが、今のヨウはきっと、母親とのことだけでもいっぱいいっぱいだろう。


「せつの胸ポケットに毒薬が入ってるのです」

「毒薬?」

「下僕が死んだら、飲ませてもいいと言われているのですよ」


 ヨウは胸ポケットから出した薬を、躊躇すること無く飲み込んだ。


 その様子を目に、血相を変えて契に掴みかかる。


「ヨウになんつーもんを……!」


 僕が文句を言う前に、契は事前に口に入れていたのか、薬を飲んでいた。即効性があるのかすぐに倒れてしまう。


 これで、ヨウの飲んだ薬の正体を知ることはできなくなってしまった――

『雨原 茉

あまはら まち』


性別…男


年齢…21才


得物…バット


思い人…吹雪契


住所…結城アパート202号室




連の兄で放浪癖がある。ここ数年は何処か街の外にいた。

茉は「ない」という意味がある。

連達から記憶を消し去った。

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