『鎖姫 3』
僕は兄さんが振るうバットを、鋏を開いて抑えている。多少押し負けながらも、どうにか必死に耐えていた。
でも、圧倒的に兄さんのほうが力が強いという事実は変わらない。それなら、力以外で上回ればいい。
「こうなったら……!」
僕の能力を知らない兄さんはもちろん、造でさえもその光景に目を疑っていた。
突然木片が周囲に飛び散り、バットは真っ二つに分かれる。栞の『きる』能力はなんであろうと切断できる。けれどもてっきり金属バットだと思っていたから、木製ということには拍子抜けした。
「うおっ!」
兄さんが思わず後退りをしようとするが、僕はかまわず腕を掴んで投げ飛ばした。だが、すぐに兄さんは両手を最初に地面につけ、バク転の要領で立ち上がる。
鎖のかかった首目掛けてヨウの手裏剣が飛ぶ。兄さんは少し横に首を振るだけでそれをかわした。
兄さんとヨウはすぐに距離を縮め、壊れたバットと刀がぶつかる。木製といえども、侮れるほどはヤワじゃない。
けれども刃物に勝てるほどに丈夫なわけでもない。
「まさか、こんな風にお前とぶつかることになるとは思ってなかったな」
「そう?マチ兄と俺だよ?」
「まぁ、ありえなくはなかったか」
どこか楽しげにも見える二人。しかし、バットが腐敗しつつあるのを見て、兄さんが冷や汗をかいた。
そして、唇を軽く舐めた。確か、なにか思い付いた時のクセだ。
ヨウもそれがわかったのか身構える。
けれども、起こったのは予想外の出来事だった……
「そう言えばヨウ。お前母親の死体はどうしたんだ?まだあの薄汚い紙袋に入れてるのか?」
ヨウが動きを止め、沈黙する。顔はすっかり青ざめていた。
「昨日のことなのに、忘れたか?」
兄さんの口角が上がる。
「……いや、俺が記憶を消したんだったな」
刀を振り払い、パチンと指を弾く。すると、ヨウの様子が一変した。
急に頭を押さえてしゃがみこんだのだ。
「あ……うああぁぁぁぁっ!」
悲鳴と共に、ヨウは錯乱状態に陥る。理由も対象もなく、ただただ刀を振るうことしかできないようだ。
「俺は……俺の名前は……!」
がむしゃらに暗器の数々を取り出し、周囲へばら蒔く。苦無の類いの一つが、足下の覚束ない契の頬を切った。
「ひっ……!」
視界が悪くなるほどの涙を溢れさせながら、契が小さく悲鳴をあげる。
狂ったヨウの異変を冷静に認識し、僕は兄さんを、獲物を見つけた肉食獣の如く強く睨み付ける。
――ヨウが母親を殺すことになった原因?よく考えれば、答えはわかりきってるじゃないか。
愛人の子供だからといって、愛情なく育てられたわけでもないんだ。それ以上に、ヨウの心を揺さぶること、それは――
「ヨウに……名前の意味を告げたんだな……」
重々しい空気が漂い始める。
「いや、俺はただヨウに母親は殺したか聞いただけだよ」
しれっとした態度で兄さんが返答。さすがに今回のことに関しては、どうしようもないほど頭にきた。
「……兄さんのことはもう知らない。ヨウの能力を使ってやる」
「…………え?」
壊れかけていたはずのヨウが、意識を取り戻すほどの問題発言だった。
名前に関わりがある能力という考えは間違っていなかったらしい。
「あの、レン……?マチ兄や契は確かにムカつくけど、それは……」
焦りのあまりヨウは汗をびっちょりと全身にかいていた。
「……大丈夫。別に気に病まなくていいよ」
僕の中で怨念めいた何かが渦巻いていた。鋏を開いたり閉じたりしながら呟く。
「いやいや、それはそれでまずい!」
だが、僕の殺気が本物だとわかったのか、ヨウは反論をやめた。
それどころか、人が変わったかのように殀君は刀を2本掴んだ。
「お前の話に乗ってやるぜ」
どこかすっきりとした笑顔には迷いが無い。また、覇気が溢れている。
兄さんは結果を予測していたのか、素手のまま拳を構えた。
「あなた達は手出ししないのですね」
吊るされたままの契が、シュウ達に問う。
「俺らがいたら邪魔くさいしなっ!」
「私達は足手纏いになりたくないもの」
造は契へ視線を向けると、顎を人差し指で上げた。
「黙ってくれないとキスしちゃうよ?」
造と契がイケナイ世界へ飛び込もうとするのを脇目に、僕らは構える。
兄さんの足下へ次々と投下される手裏剣や苦無。兄さんはそれを靴で全て打ち落とした。
多少の傷では痛む素振りを見せない。
僕はその隙に背後に回って襟首を掴むと、そのまま背負い投げをきめる。
今度は受け身がとれず、骨が折れたような音がした。
だが兄さんは僕の手を引いて自分の上に倒し、首に腕を回した。首を絞めつつ、僕の下半身が動かないように足で自由を奪う。
このままでは意識が落ちそうだ。
「んっ……!」
どれだけ両手で兄さんの腕を退かそうとしても全く動かない。男女の力関係に、僕はなすすべもなかった。
しかし、ヨウが的確に刀で兄さんの腕の筋を切った。血飛沫が目に入りながらも、兄さんの手を払い、顎に肘をぶつける。
腕と足の力が緩んだ途端、ひゅるりと抜け出して兄さんから離れた。
兄さんはすぐに起き上がり、傷の止血のために服を破って手に巻き付けた。
だが、間髪入れずに足払いするヨウ。兄さんの体勢を崩す。
立て直そうとする瞬間に膝蹴りが兄さんの腹に入る。そして、仰向けに倒れたところで兄さんの頭を地面に打ち付けた。
――ゴキッと音を立てて肩を脱臼させる。痛みのあまり兄さんがバタバタと足を動かしていた。
「~~~~っ!!」
「これでもう、動けないだろ」
「えげつねぇ……」
苦々しい面持ちでシュウがぼやいていた。
ふぅと息を吐き、そっと寄り添うように隣に座り込む。
「兄さん……」
最後の別れの言葉であるとわかったのか、満足そうに頷いた。屋上に寝そべったまま、目を瞑って待つ。
ヨウは刀と鎖を静かに握った。思いを押し込めるようにぐっと力を込める。
「一つだけ……」
ヨウの決意を揺るがすタイミングで兄さんが口を開く。
「嫌われてたけど、俺はセツを愛してた。だから、栞の気持ちには答えられなかった」
栞と兄さんの目がぴったりと合う。
「ごめんな」
体の奥底から悲しい気持ちが湧いてきたのか、栞はその場で膝をついた。
不意に、ヨウの絶句した姿が視界に入る。首の鎖をしっかりと固定し、命を断ち切る。
「嫌われても愛してた……か……」
涙の粒が兄さんの額に落ちた。
一番、ヨウが求めていた言葉。それが今、他人に向けられていたことで、心が揺らいでいた。
「ずるい、な……」
まるで兄さんが泣いているかのように、額から頬を伝い、涙がぽたぽたと落ちた。
その間中……その後も兄さんの目が覚めることはなかった……
「は……?」
事態を飲み込めずにいた契は唯一動く足を動かし、靴を跳ばした。靴は兄さんの頬に当たる。
「嘘……ふざけないで、起きて……くださいません、か……?」
震えた声が兄さんに届くことなどありえず、契もやっと理解したようだ。
苦虫を噛み潰したような顔で悔やみ、怨念の目をヨウに向ける。
「責任とってくださいますよね……?」
ヨウは契の言葉に頷いた。普段なら断ったかもしれないが、今のヨウはきっと、母親とのことだけでもいっぱいいっぱいだろう。
「せつの胸ポケットに毒薬が入ってるのです」
「毒薬?」
「下僕が死んだら、飲ませてもいいと言われているのですよ」
ヨウは胸ポケットから出した薬を、躊躇すること無く飲み込んだ。
その様子を目に、血相を変えて契に掴みかかる。
「ヨウになんつーもんを……!」
僕が文句を言う前に、契は事前に口に入れていたのか、薬を飲んでいた。即効性があるのかすぐに倒れてしまう。
これで、ヨウの飲んだ薬の正体を知ることはできなくなってしまった――
『雨原 茉
あまはら まち』
性別…男
年齢…21才
得物…バット
思い人…吹雪契
住所…結城アパート202号室
連の兄で放浪癖がある。ここ数年は何処か街の外にいた。
茉は「ない」という意味がある。
連達から記憶を消し去った。




