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『昔話ハック:現代知識と偏見で挑む名作集』  作者: あるて


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鶴じゃないけどなんかそれっぽい生き物の恩返しかと思ったら、固有スキル「無限生成」で変なもの作ってました!

 男は今日も山菜採りのため、山を歩いていた。そして前方に開けたのは中央に泉のある大きな広場。その傍らで、動くものを見た彼は近づいた。


「なんだ、このぶっさいくな生き物」


 そこにはこれまで見たことのないような、醜悪な生き物が虎ばさみに足(?)のような部分を挟まれもがいている。生きとし生けるもの全てを愛する博愛主義者か偽善者か、人によって取り方の違う性格をした男は、哀れと思いその生き物を解放してやることにした。


「命に美醜は関係ねーからな。ほれ、行け」


 芋虫ともダンゴムシともつかぬそれは、罠から解放され痛む足のようなものをかばうように数歩歩いた後、飛び立った。


「いや飛べるんかい! どこに翼あった!」


 男のツッコミが虚しく響く中、その生き物は澄んだ青空を背景に、自由を謳歌するべく大きく羽ばたいていた。


 ——翌日、すっかり日も暮れ辺りには虫の声と、時折獣が通る音以外には何も聞こえなくなったころ。男の家の扉を遠慮がちに、コツ、コツ、と優しく叩く音がした。


「誰だ? こんな夜更けに」


 男は不審に思いつつも、少し冷えてきた外の空気に備えて上着を羽織り、すっかり建付けの悪くなった扉を開いた。その刹那、男は凍り付いた。

 そこに立っていたのは、咲き誇る花もくすむほどの絶世の醜女(しこめ)!


「いや、絶対おまえ昨日のあいつだろ!」


 見たまんまだった。

 女はとても透き通った、まるで鐘を打ち鳴らすかのような声で楚々と言いました。


「きの……けていた……です。……たくて……」

「何言ってるか分かんないから周波数下げてくれない?」


 女は少し眉をしかめたものの、いくつか咳ばらいをする。


「あ、ああ、ああぁぁ? これくらい?」

「あぁ、どうにか聞き取れる。耳が痛いけどな」

「それでは改めまして。わたしは昨日助けていただいた——モニョモニョ——の化身です。ぜひ恩返しをいたしたく、本日まかり越しました」

「人違いです」


 扉を閉める男。しかし、完全に締まらない。下を見ると、がっちり足が挟まれていた。


「悪徳セールスか! 俺は違うからはよ帰れ!」

「なんでですか! 人違いなんかじゃありませんよ! 開けてください!」

「ヤダよ、怖いし! だいたいなんで何の化身かぼやかすんだよ! 恩返しいらないから、キャンセルします!」

「クーリングオフ不可です」

「やっぱ悪徳セールスじゃねーか!」


 などというやり取りを経て、不承不承扉を開ける男。苦虫をかみつぶしたというか、今まさに目の前の生き物をかみつぶしたような表情をしている。


「で、お前は何がなんでもここに居つく気なのか」

「人聞きの悪い。言ったでしょう、恩返しをしに来ましたと。決してご迷惑はかけません」

「いや、すでに鼓膜に相当な迷惑が掛かってるんだが。そのボイスチェンジャーはどうにかならんか」

「地声です」


 男は肩を落とした。


「やれやれ、気休め程度にしかならんとは思うが、耳に綿でも詰めるとするか。まぁいい。で、どんな恩返しをしてくれるというんだ?」

「ちょうどそこに機織り機があるので、機を織りとうございます。ただぁし!」

「びっくりした。急に大声出すな」


 女は人差し指を立て、顔を近づけて低い声を出す。男はのけぞった。


「これはわたし秘匿情報ですので、決してその現場を見ませぬよう」

「ちゃんと普通の声出せるんじゃねーか。それに何だよ、見るなって。どうやってだよ」

「それはもちろん、専用の個室を作っていただくことで……」

「そんなもんあるか! 見ろよこのボロ小屋を! どこにそんなスペースがあんだよ」


 男が手を振り見せたのは、どう見ても狭い小屋。炊事スペースと寝る場所しかない。


「大丈夫です。もうつくってありますから、あとはそこの壁をぶち抜くだけです」

「いつの間に⁉ 最初から押し入る気マンマンじゃねーか。強盗かよ」

「ふふふ、ご冗談を」

「怖いから笑うな! あと声戻すな! さっき普通の声出してたじゃねーか!」

「地声です」

「ぬぐぐ……」


 男は歯ぎしりをしながら扉の外に顔を出す。果たして本当に、匠のような技で母屋以上に豪華な小屋が増築されていた。意匠もふんだんに凝らされた、まるでアトリエのような無駄な装飾。


「問題は解決しましたね。それではさっそく固有スキルで生成に取り掛かりますので、さっさとその汚らしい壁をぶち抜いてください」

「どこから突っ込めばいいのか分からんからボケを渋滞させるのヤメロ。あとなんだよ、固有スキルって。意味の分からん単語を共通言語みたいに出してくんな」

「スキルというのは神から授けられる特有の技能みたいなものです。何が与えられるかはその生き物によって異なりますが、まぁガチャみたいなものですよ」

「だから特定の層にしか通用しない言語を出すな!」

「ガチャというのはですね、小さなカプセルに入ったおもちゃをガチャガチャと……」

「さすがにそれは知ってるからいいけどな。でも誰でも知ってるわけじゃねーぞ。そこんとこ気を付けた上で、誰にでもわかるように言葉を選べ。創作の基本だぞ」

「創作?」

「いや、こっちの話だ」


 そろそろ不毛なやり取りに疲れてきた男は、それ以上逆らうことをやめ、ちょうど近くにあった鍬で壁を削り出す。土でできた粗末な壁は簡単に崩れ、その向こうには無駄に豪華な増築された離れが姿を現す。


「けほけほ。ほこりっぽいですね」

「お前がやれって言ったんだろうが。文句あるなら扉と窓開けてくれ」

「虫が入ってくるからイヤです」

「ぶっ飛ばすぞオメー」


 男は鍬を置き、自分で扉と窓を開ける。それと同時に一匹のコオロギが飛び込んできた。


「ひぃ、怖い……」

「お前がな」


 男はコオロギを手で捕まえ、そのまま両手でくるみ外に逃がす。


「手、洗ってくださいね。その手で触らないでください」

「指一本触れる気はないから安心しろ」


 その後も男は壁を取り壊し、のこぎりで斜交いを切り取って綺麗に増築部分との連結を果たした。基本構造の木造部分はしっかり作ってあるので、キレイな方形の出入り口だ。


「よし、できたぞ。あとは布で仕切りでもすれば見えねーだろ」

「いえ、桟と障子も準備してあります」


 離れの中を見ると、しっかり寸法まできれいに測って切り取られたものが用意されてある。


「……これも俺がやるのか?」

「わたくし、見た通り手弱女ですので」

「どこをとっても見た通りじゃないがな。まぁ得意だからこれくらいはやるけどな」


 男もなんだかんだ言いながら家が広がるのは喜ばしい。たとえ時代考証がめちゃくちゃなアンティーク家具が並んでいたとしても、祖母の遺した大きな機織り機をそこに移動させられるし、悪い条件ではないからだ。

 果たして女の用意した木材は、まるで宮大工が削り出したかのごとくはめ込むだけで完成した。障子もぴったりで、わずかな時間でボロ小屋の風景が一変。その一面だけを見るとまるで代官屋敷のような豪華な作りだ。


「おまえ、こんな技術があるなら、新しく小屋ごと建て直そうとは思わんかった?」

「資源の無駄遣いです」

「俺の住む空間は無駄だって言いたいのか?」


 女は微笑んだ。


「笑って誤魔化すな」


 ————


「それでは、わたくしこれより機を織りますので、決して。決して! 覗かないでください」

「強調するってことは振りか?」

「どこぞのお笑いトリオと同じにしないでください。もし覗いたら……」

「……覗いたら?」

「世にも恐ろしいことになります」

「お前が十分に恐ろしいから、逆に安心したわ。覗かんから自由にやれ」


 その言葉を聞き、少し不満げな顔になる女。


「なんだよ。覗かないって言ってんだろ」

「それだとオチがつかないんですが……」

「知るか!」


 明らかに不安そうな表情を見せつつも、障子戸を締めようとする女。そこでふと思い出した男は声をかけた。


「そういえば、お前の名前は? 俺は与兵衛だ」


 自分の名前を名乗りつつ、どのような名前が飛び出してくるのか、期待を隠せない与兵衛。見た目通りの奇想天外な答えを望みつつ、女の名乗りを聞いた。


「鶴です」

「嘘だ!」

「鶴です」

「お約束には騙されんぞ! 今作っただろ!」

「鶴です」

「いやいや、鶴ってのはもっと優雅で凛々しくて、美しいもんだろうが」

「やれやれ、あなたの美的センスはどこかおかしいようですね。岡本太郎を知らないんですか。芸術ですよ」

「爆発し過ぎだろうが! あ、でもあの塔の顔を思い浮かべたらなんか納得」

「ふふ、どうやらあなたもこちら側に一歩足を踏み入れたようですね」

「断固拒否する!」


 次こそ障子戸が締められ、小さな物音が扉越しに聞こえてきた。さっそく作業に入ったのだろうか。邪魔をするのも悪いと思い、与兵衛は囲炉裏の前に座り直し、先日なけなしの銭で買ってきた酒を飲もうと徳利を引っ張り出した。


 ガギン!


 危うく徳利を落としそうになるほど大きな金属音。


「なんだなんだ! お前は何をやってるんだ!」


 障子戸を叩き、中の自称鶴を呼び出す。スーッと戸が開き、顔だけを覗かせる自称鶴。


「顔だけ出すな、怖い! ってかお前何やってんだ⁉ とても機織りの音じゃねーぞ!」

「わたしの固有スキル『無限生成』を発動するための儀式です。覗かないでくださいね」

「いや、覗かんって。余計怖くなったし」

「ちっ」

「なんで舌打ちした?」


 怪訝な顔の与兵衛。どうにもコイツの考えることはよく分からん。そう思いつつも、今聞いたばかりの不可解な言葉を尋ねる。


「スキルはもういいとして、無限生成ってなんだよ。織物を無限に生成できるってことは、俺は大金持ちになれるのか?」

「アホですか?」

「なんでだよ! 無限生成っていったらいくらでも無制限に湧いてくるのが界隈の常識だろ!」

「どこの界隈ですかそれ。知ってますか? 数式に無限を放り込むと計算が不可能になるように、現実世界に無限という概念を放り込めば物理法則が崩壊して特異点が発生するんですよ。あなたはこの世界を虚無の彼方に吹き飛ばすつもりですか?」

「お前何言ってんだ」

「とにかく! 材料もないのに無限になんて作れません。アホな夢見てないでお酒でものんでてください。儀式は終わったのでこれからはもう静かですから」


 機織りするのになんで静かにできるんだよ、与兵衛はそう思ったが、これ以上難解な言葉を展開されても理解が追い付かない。無学な自分にはどうしようもないと思った与兵衛は、そのまま障子戸を閉め、本当に静かになったので機嫌よく酒を飲み、そのまま気持ちよく眠りについた。


 ————


 少し遠くから聞こえてくる鶏の声。締め切った窓の隙間から漏れるかすかな光に目を覚ます。早朝特有の澄んだ空気。久しぶりに飲んだお酒のおかげでぐっすりと眠れた与兵衛は、凝り固まった体をほぐすために伸びをした。


 こつん、と右手に当たった感触に気が付いて目をやると、隣にいたのは絶世の……自称鶴。


「おぉい! なんで隣で寝てんだてめーは!」


 かけぶとんをひっつかみ、めくりあげると寄り添うようにして眠っている女の姿。これまで独身で過ごしてきた与兵衛には刺激の強い光景のはずだが、相手が自称鶴では心が完全に凪いでしまう。


「んん……寒いです」

「寒いじゃねーよ。なんで寝てんだオメーは。機織りするんじゃなかったのかよ」

「あぁ。昨日は儀式だけですよ。そんな、一晩中働けとか、おとぎ話じゃあるまいしそんな重労働するわけないでしょう。それとも寝ずに働けと? そんなことを言ってるから、世の中の女性は結婚することを嫌がるんですよ。二十四時間三百六十五日働いて無給とか、ブラック企業も真っ青です。少子高齢化は結婚生活に夢を持てないから……」

「いいからちょっと黙れ。時代も物語も全て吹き飛ばして、変な現実を語るな」

「働かないとは言ってないじゃないですか。それにお腹がすきました」

「たかる気満々じゃねーか」


 ——囲炉裏で火をおこし、鍋をかける。具材を放り込み塩を振りかけて少し煮込むと、美味しそうな香りが部屋に充満した。朝、それは生命が活動を始める最初の一歩。そこで取り込む栄養素は、一日を活力的に過ごすための重要な補給活動。それは軍隊でいえば最重要の兵站であり、それを欠かせば行動不能に陥ってしまう。充実した一日を過ごす、そのために人は朝食をとるのだ。それは人類が二足歩行を始める前から、脈々と受け継がれてきた習慣。


「朝ごはんが芋粥ですか。必須栄養素が摂れていませんね」

「居候が文句言うんじゃねー」

「失敬ですね。これからウッハウハな日々が送れるというのに」

「糸の一本でも作ってから言ってくれ」


 現在の経済的状況を鑑みても、与兵衛の食事はこの程度が精いっぱい。それでもなけなしの芋をたっぷり入れた粥を作ったのは、せめてものおもてなし精神だ。五輪が開催される前から、それは日本人の遺伝子に刻み込まれている。


「味が薄いですね」

「そろそろお前を鍋にするぞ」

「カニバリズムですよ」

「蟹? お前自称は鳥だろうが。認めてないが」

「鳥だって二足歩行します。万物の霊長とか、それは人間というものが考える力を得たから言えることであって、人間も生物的な脆弱性でいえばかなり遺伝子的欠陥を抱えていますよ。突然二足歩行になったから腰痛に悩まされたり……」

「朝からうるせー。お前の言うことはいちいち分からん。とりあえず俺はまた山に山菜採りに行ってくるから、お前は好きに過ごしとけ」

「それじゃ、日没から就寝時刻まで労働に勤しみます。それ以上働けというなら残業ということで割増賃金となり、夕食後に甘味を提供していただくことに……」

「日没まででいい。ってか夜に働くってことは晩飯も作る気ねーな、テメーは」

「それは労働条件に含まれてませんから」


 それ以上のコミュニケーションを諦めた与兵衛は朝食を済ませた後、山登りの装備で家を出た。

 背中に籠を背負い、祖母や両親から教えられた知識を基に食べられるものを選り分けて採集していく。山を歩いていて偶然ウサギの巣を見付けたときのために小刀も持ってはいるが、それが活躍することは滅多にない。

 だが、今日は珍しく子ウサギを見つけたので、巣穴を特定して一匹だけを仕留めた。

 巣穴に向かって手を合わせ、血抜きを済ませて籠に放り込む。博愛主義ではあるがただ心優しいだけではない。食物連鎖の中でただ真摯に生きている与兵衛は、奪いすぎることもないが自然の中で得られるものはありがたくいただく。

 子ウサギとはいえそれなりの大きさに成長していたので、今日の獲物は十分と判断して引き返すことにした。日はまだ真上に昇ったばかりだ。

 山を下り、昨日までとは違う奇妙な突起物がくっついた我が家に違和感を抱きながら、入り口の扉を開く。そこにいたのは、畑で作っていた野菜をこれでもかと放り込んだ鍋を囲炉裏にかけ、幸せそうな顔で見つめている自称鶴の姿があった。


「……何してんの?」

「お昼ご飯ですが?」


 与兵衛はため息をついた。庶民の生活において、一日に三食も食べるというのは贅沢もいいところ——昼食が食べられだしたのは菜種油が安価になった江戸中期以降——だ。日が沈めば早々に寝てしまう生活をしている以上、日が暮れる前に食事をすれば事足りる。


「朝と夕に食べれば十分だと思うんだが?」

「わたしはほら、夜なべをして機織りをしますので」

「日没から就寝時刻までって言ってたよな? どれくらい働くつもりなんだ?」

「一刻——二時間——程度ですけど?」

「いらねーじゃねーか!」

「労働の対価です。最初の契約で無償労働とは言ってませんよ」


 朝からただ飯食ってたやつが何言ってる。そう思ったがそれ以上は言わずにいた。何かを言うと訳の分からない言葉が十倍以上になって返ってくることを、与兵衛も学習したのだ。


「ウサギが獲れたから今日の夕ご飯は鍋にしようと思ったんだが。お前野菜だけな」

「どうしてですか! タンパク質は重要な必須栄養素! ウサギ肉は低脂肪高たんぱくなうえ、必須アミノ酸が全て摂取できる、健康にいい食材で……」

「網野さんって誰だよ。そんなの知ったことか。ちゃんと働いてたら、一日三食でも食わせてやるよ」

「むぅぅ……」


 鶴もそれ以上は反論することなく、大人しく引き下がることにした。しかし与兵衛は知らない。その夜、鍋を囲んで普通の会話をしつつ、鶴が野菜に包んでしっかりとウサギ肉をせしめていたということを。


 ——食後、すっかり腹が膨れた与兵衛が尋ねる。


「で、後片付けはやってくれるのか?」

「え?」


 首を傾げる鶴。


「え、じゃねーよ。食うもん取ってきたの全部俺なのに、おめーは食うだけか」

「ちゃんと野菜を切ったり、準備はしましたよ?」

「本当に切っただけだけどな。それでお前の役割は終わりか?」

「わたし、これからまだ仕事が残ってますから。いわばわたし達は共働き。条件は対等です。そもそも家事は妻がやるもんだという思い込みが男尊女卑の風土を作り上げ、女性の自立を妨げた結果になるんですよ。そこからこの国の経済が……」

「嫁にした覚えはねー。もう片付けるからさっさと運べ」


 与兵衛はすでに飼いならされていた。鶴も満足顔で食器を洗い場に持っていく。これもまた与兵衛が昼間のうちに汲んでおいた水で鍋を洗い流し、今日の仕事は終わったとばかりに足を伸ばして横になる。鶴も。


 すっかり日が沈んだので与兵衛もそろそろ寝床に入ろうかと思ったころ、ようやくなまぐさ鶴が動き出した。障子戸を開け、正座で頭を下げる鶴。


「それでは今からスキルを使って生成に入りますので、覗かないでくださいね」

「だから覗かねーって言ってんだろ。さっさと閉めろ。あと俺はもう寝るからな」

「……」

「なんで覗かねーって言ってんのに睨むんだよ。それじゃあな」


 背中を向けると障子戸が締められる音がして、静かになった。昨日と違って大きな金属音もしないので、今日こそ何かを作るのだろう。途中で『すてーたすおーぷん!』という大きな声が聞こえたが、意味も分からないので突っ込まないことにした。


 ————


 翌朝。今日も隣で呑気に眠る自称鶴。しかし、今日は昨日とは様子が違った。これぞ鶴の固有スキル『無限生成』で作ったであろう物体が、枕元に押し寄せるほどまでに並べられていたのだ。


「あ、おはようございます」


 目を覚ました鶴が当たり前のように朝の挨拶をする。


「あ、あぁ。おはよう」


 困惑した与兵衛は言葉を失う。

 だがあまりにも非現実的なその光景に、我慢のできなくなった与兵衛が口を開いた。


「おい、これはなんだ」

「茶釜です」


 茶釜。それはお茶を沸かすために使われていた、鉄の釜。それが狭いボロ小屋に、所狭しと並んでいる。


「なるほど、これが茶釜ってやつか。それにしてもなんだこの量は」

「一つだけじゃ大した銭になりませんから。全部売ればウッハウハですよ。それにひょっとしたらひとつだけタヌキが混じってたり……」

「ヤメロ。そこまで世界観を広げるつもりはない」

「そうですか……」


 なぜしょんぼりする。こいつがいったい何を目論んでいるのか、いよいよ与兵衛にも分からなくなってきた。


「なんでもいいけどよ。これ、誰がどうやって運ぶんだ?」

「あ」


 どうやらそこまでは考えていなかったらしい。


「一つ聞いてもいいか」

「なんなりと!」


 なんでこんなにうれしそうなんだコイツは。そう思ったが口には出さず、まずは疑問を解消することに決めた与兵衛。


「お前、材料がないと無限になんて作れないって言ってたよな? これだけの材料どこから集めてきたんだ?」

「茶釜はほとんどが鉄ですし、簡単ですよ。地下深くの土壌からごっそりと」

「待て待て待て待て」

「はい?」

「はい? じゃねーよ。今ごっそりって言ったか? ってことはなんだ、この家の地下には巨大な空洞がぽっかり空いてるってのか?」


 大量の茶釜を前に、どれだけの空洞が開いてるのかを想像して怖くなる与兵衛。


「あーそうですね。けっこう地下深くの資源を召喚しましたから、今頃マグマだまりになってるかもしれませんね」

「なんだ、マグマって?」

「火山が噴火したときに出るあの赤いのです」

「おい!」


 与兵衛の額に汗がにじむ。今にも家の床が割れ、大噴火が起きるかと想像したからだ。


「大丈夫ですよ。そこまで大きな穴じゃありませんから、噴火はしません……たぶん」

「そこは言い切れ!」


 頭を抱える与兵衛。まずもって運ぶ手段がない上に、これだけ大量の茶釜をどこから仕入れたかという問題にもぶつかる。最悪、盗難品と疑われても抗弁できない。ある意味嫌がらせのような大量の茶釜を眺めながら、与兵衛は命じた。


「今すぐこれを地下に戻せ」

「え⁉」

「驚くとこじゃねーよ。こんなの運べねーし、大量にあってもおかしいだろ! せめて量があっても買い取ってくれるものにしろ!」

「注文が多いですね」

「全然多くねーよ! 当たり前のことだろうが!」

「うーん、じゃあ塩とか?」

「だから運べねーだろ! あるだろほら、お約束的なやつが! 絹の反物とかよ!」

「これだから無学は……」

「なんだとコノヤロー!」


 いい加減キレてもいいんじゃないかと思うが、相手は得体が知れないとはいえ、生物学的には雌に分類されるだろう。与兵衛は耐えた。


「いいですか。絹の組成は炭素酸素水素窒素が大部分。それこそどこにでもあるような、手軽に手に入るものばかりです。材料としては申し分ないでしょう。ですが! それを有機物にして、フィブロインとセリシンというタンパク質に変換するとか、どれだけ難易度が高いと思ってるんですか!」

「意味の分からん言葉で、なんで俺が怒られなくちゃならんのだ……」


 肩を落とし、もはや討論を諦める与兵衛。鶴はまだ不満げにブツブツと文句を言いながらも、『ヒール!』という一部界隈では便利なんですという言葉で、全ての茶釜を消し去った。


「普通に量があっても困らないものにしてくれ。例えば傘とか」

「なるほど! ちゃんとたくさん運べるものですね! 了解しました」


 そういって手のひらを伸ばして額に斜めにかざす自称鶴。


「なんだそれは」

「敬礼です。あ、無学な旦那様は知らなくていいです」

「ちょいちょいバカにしてくるな。まぁいい。明日はまともなものにしてくれよ」

「アイアイサー!」


 やっぱりわからんなと思いつつ、いつもより疲れた与兵衛は、その日の仕事をこなした後は早々に眠りについた。


 ——そして翌朝。


「で、これはなんだ?」

「釘です! これならいっぱい運べます!」


 自身いっぱいの鶴。


「うん、百や二百は運べるな。でもある程度の銭にするためにも、けっこうな量を運ばないといけないとは思わなかったのか?」

「あ」


 またか。そう思ったものの、悪気がないのは分かっているので咎めはしないのが、与兵衛の優しいところでもある。だがどうしても解せないことがあった。


「それはいいとして、どうして全部上向きにして所狭しと並べてあるんだ?」

「旦那様が寝転ぶかと」

「修行僧じゃねーよ!」

「ヒール!」


 消えた。



「今日はなんだ? 辺り一面が真っ白なんだが」

「塩です!」

「どうやって集めるんだ?」

「ヒール!」



「で?」

「荷車の車輪です!」

「どうして荷車そのものを作ろうとはならんかった? いや大量にあっても困るが」

「ヒール!」



 ——数十年後。


「今日もえらく張り切ったな」

「はい! 今日は土偶にしてみました!」

「戻せ」

「ヒール!」


 もはや日常の一コマとして定着してしまったこのやりとり。かつてはのけ反るほどに開いていた鶴との距離も今では随分と縮まり、朝起きたときにはすぐ隣に寄り添っている。

 今もいつの間にか増築していた縁側で、一つだけ残った茶釜で沸かした白湯を飲み、並んで座り肩を寄せ合う二人。お互いの顔にはしわも増え、かつての自称鶴ももはや愛嬌を感じさえもする。


「結局金持ちにはなれんかったなぁ」

「旦那様の文句が多いからですよ」

「あくまで人のせいかよ。でもまぁこれでよかったのかもな」

「……? どうしてですか?」

「もし、恩返しができたら、お前はいなくなってただろう?」

「それは……」


 言い澱む鶴。自然界の掟に従うならば、本来違う生き物である二人がいつまでも一緒にいることなど許されない。人は人と、鶴と言い張る生き物はその仲間と、子孫を繫栄させていくのが生物として存在するための意義だから。


「少なくともこれまで、一人だからと寂しくなることも退屈を感じることもなかった。それはずっとそばにいてくれたから、かもな」

「何終わりみたいに言ってるんですか。わたしの恩返しはまだ終わってませんよ」

「まだ変なもの作る気なのか」

「明日は埴輪です!」


 土偶と何が違うのか、与兵衛には分かる由もなかったが、ひょっとしたらこいつはわざとやっているのかもしれない。ふとそんな風に思った老人は微笑んだ。

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