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ドラゴン・レイジ  作者: 逢巳花堂


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第1話 招待状

 土砂降りの雨で、視界が非常に悪い。夜の真っ暗な、細い路地裏。周囲は闇に包まれており、目を開けようにも、雨粒が入ってくるので、何が起きているのかを視認するのは困難だ。


 それでも、矢沢は、いま自分の前で繰り広げられている状況を、まばたきの合間に見えるものと、耳に飛び込んでくる痛々しい音のお陰で、正確に認識することが出来た。


 一人の男を囲んで、五人の巨漢が一斉に襲いかかっている。いずれも力士やプロレスラー崩れの半グレ達。金で雇われれば、どんな人間でもスクラップ同然に叩き潰してしまう凶悪な連中だ。


 その五人の巨漢達を相手に、たった一人で立ち向かっている男は、傷ひとつ負っていない。余力すら残しているように思える。


 当たらないのだ。攻撃が一切。巨漢達の繰り出す突き蹴りは、どれも一撃食らえば致命傷となり得る危険な威力のものであるが、まるで幽鬼の如く、それらの攻撃が次々と男の身体をすり抜けていくのである。


 否、すり抜けているのではない。


 矢沢は、己自身に武の心得はなくとも、観察眼は持っている。だから、わかる。


 男は攻撃が当たる寸前、紙一重で、相手の拳打や蹴脚を回避しているのだ。


幽往邁進ブレイブゴースト……!」


 誰が最初にそう名付けたか。公式には名前が出ることのなかった、その男に、そんなあだ名をつけたのは、格闘雑誌の記者だったか、それともインターネット界の情報通か。


 矢沢はわざと尻餅をついていた体勢から、ゆっくりと身を起こすと、左腕の腕時計を見てみた。戦闘開始からまだ1分しか経過していない。だが、決着が近いことを、早くも感じ取っていた。


 男を試すために、わざと、男の前で半グレどもに自分を襲撃させた。五人の巨漢達は、矢沢一人を半殺しにするだけで1年は遊んで暮らせる金が得られると、欲に目がくらみ、土砂降りの雨であるにもかかわらず、矢沢に襲いかかってきた。


 さすがに一撃は喰らった。顔面へのパンチ。半グレの中でもリーダー格の高石が繰り出した強烈な拳打に、矢沢は意識が飛びそうになりつつも、すぐそばを歩いていた男――今回のターゲットである草薙礼司くさなぎれいじに、助けを求めた。


『た、助けて! 殺される!』


 それを聞いた草薙は、何も事情を問うことなく、半グレ達の前に立ち塞がった。


 そして、現在に至る。


「クソやろぉぉ!」


 スキンヘッドの元力士が、怒号とともに、雨水を吹き飛ばしながらの豪快な張り手を繰り出した。巨体に似合わない俊敏な動きで、草薙はその張り手をかわしきれないかのように思えたが、軽やかに、実に涼やかに、スッとほんの数センチ、身を横へとずらした。


 狙いを外した元力士の張り手は、草薙の背後にいた元プロボクサーの顔面に、思いきり叩きつけられた。鼻の骨が砕ける音とともに、五、六本の折れた歯と口内からの血を飛び散らせて、巻き添えを食らった元プロボクサーは真後ろへ吹っ飛び、ビルの外壁に激突した。そのまま、気を失う。


「うぁ⁉ す、すまね――」


 元力士は咄嗟に詫びのひと言を発したが、この状況下で、そんな呑気な発言をしているあたり、相当に頭が悪い。


「よそ見すんな、ボケ」


 草薙の冷徹なひと言が響いた直後――彼の放ったアッパーカットが、元力士の顎に叩きつけられた。ブヨブヨの顎肉の中を衝撃が貫通していき、顎の骨を砕き、上下の歯を粉々に粉砕する。さらに頭蓋の中で脳味噌をぐわんぐわんに揺さぶられた元力士は、意識が吹っ飛び、後頭部から落ちるように地面に倒れた。


「上等だ、この野郎ォオ!」


 残るはリーダーの高石と、あまりの凶暴さゆえに極道を破門された、元「壊し屋」の二人。「壊し屋」は双子で、片方はロン毛、片方はモヒカン。怒りで吠え声を上げたのは、モヒカンのほうだ。太ももにつけたナイフホルダーからナイフを取り出すと、草薙の心臓目がけて突きかかった。


「素人かよ」


 呆れたような草薙の言葉の後、モヒカンの腕は、あっさりと掴み取られていた。規格外の握力で肉が軋むほどに手首を握り締められ、指を動かすことも許されない。


 モヒカンは目を見開き、恐怖で草薙を見つめている。


「な、なんだよ⁉ お、お前は、なんなんだよ⁉」

「兄ちゃん!」


 双子の片割れ、ロン毛のほうの「壊し屋」は、モヒカンを救うべく自分もまたナイフを取り出し、草薙に斬りかかった。


(これはあと1分ほどで終わるな)


 と、矢沢が腕時計へと目を走らせた、そのわずかコンマ数秒のうちに、いつの間にか「壊し屋」の双子は地面に倒れ伏していた。


(お⁉ おお⁉)


 このスピードは想定外だった。半グレに身を落としたとはいえ、ここまでで倒されてきた四人は、裏社会ではそれなりに名のあるファイター達だった。それらを屠るのに、まだ1分半しか経っていない。


「久々に、骨のある奴と出会えたぜ」


 リーダーの高石が、コキコキと首の骨をならしながら、ニンマリと笑い、草薙の前に立ちはだかった。


 草薙礼司は記録によれば身長182センチ。それよりも高石は大きい。たしか、2メートル近い巨人のはずだ。現役のプロレスラー時代は、シナリオを無視した残虐ファイトで、何人も病院送りにした、いわくつきの狂人である。


「楽しませてもらうぜ。なるべく長く耐えてくれよ」

「すまん。それは約束できない」

「あ? なんでだよ」

「どう考えても、俺のほうが遙かに強いからだ」


 ピキッ、と高石のこめかみに血管が浮き出る音が、聞こえたような気がした。


 矢沢は離れたところから見守りながらも、思わず息を呑んだ。高石は実際に試合で相手のレスラーを殺している。興行上の不慮の事故、ということで片付けられたが、明らかに、高石のやり過ぎなまでの暴力による殺人行為であった。


 そんな狂気の元プロレスラー、2メートルを超える巨人高石を怒らせたら、どんなことになるか。


「てめェ! ぶっ殺してやるッ!」


 高石は得意の組み技で勝負を仕掛けようとした。


 が、草薙は、極めて冷静な顔で、高石の膝を真っ向から蹴り込んだ。


 ベギョッ、と異様な音が響き、高石の左脚は逆方向へと折れてしまった。


「あばァァッ⁉」


 片脚を折られてバランスを崩した高石は、それでもなお踏ん張ろうと、右脚だけで立とうとしたが、そこへ草薙の容赦ない金的蹴りが叩き込まれた。男の弱点を全力で蹴られたら、どんな巨漢でも耐えきることは出来ない。


「ぐぶっ……! うっ……!」


 高石は泡を噴き、地響きとともに、地面に横倒しになって倒れた。


 矢沢はすかさず時計を見た。


 五人全員倒すのにかかった時間は、1分57秒。


(1分半以内でないのは物足りないが……まあ、無駄口も多かったし、仕方があるまい)


 必要だったのは、2分のうちに五人全員を倒すこと。


 ギリギリで、草薙礼司は、「御館様」の求める人材として条件を満たすこととなった。


 ならば、矢沢としては、後はやることはただ一つだけである。


「お見事です。この五人をたった2分ほどで倒すとは、素晴らしい」


 我ながら芝居がかった言い回しであるとは思ったが、それくらいがちょうどいい。この仕事は、まともな神経ではこなせないものだ。多少の演出は必要だ。


「あ……? どういうことだ? てめえ、こいつらに襲われていたんじゃねえのかよ?」


 草薙の全身から、真っ赤なオーラが立ち上がっているように錯覚した。それほどに、彼の激情を感じる。


 ゾクゾクする。矢沢は、自然と自分が勃起しているのを感じた。もしかしたら、草薙礼司の怒りを買って殺されるかもしれない。でも、構わない。彼ほどの戦士に葬られるのなら、矢沢としては本望だ。


「この五人は、私が雇ったのですよ。あなたの力を推し量りたくて。試すような真似をして、申し訳なかったと思っています」

「俺のことをなんで試した?」

「ここに一通の招待状があります」


 矢沢はスーツの内ポケットから、漆黒の色で塗りつぶされた封筒を取り出した。豪雨ですでにビショビショに濡れているが、構わない。中に入っている招待状は防水加工が施されている。中身さえ読んでもらえれば、それでいい。


「武を極めし者達が命を懸けて戦う、裏トーナメント。興味ありませんか?」

「ねえよ」

「一生働かなくても済む大金が手に入る――と聞いても、ですか?」


 大金、という言葉に、草薙は明確に反応した。


 それまで心の底から興味なさそうにしていたのが、今では、まっすぐ矢沢の目を捉えて、真剣な眼差しで見つめている。


(ああ……そんなに見られると、私は、達してしまいそうです……!)


 矢沢は悦びで打ち震えながら、草薙に招待状を渡した。


 黒い封筒をビリビリに破り捨て、招待状の中身をつぶさに確認した草薙は、ためらうことなく答えを返してきた。


「参加を希望する。今すぐ、会場へ案内しろ」

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