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システムエンジニアと迷いし少女の物語  作者: 書との契約者
第2部 二つの世界の交響詩
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第4話:軍議と、未知の法則と、リエゾンの覚悟

別サイトで誤って前倒しで投稿していたことに気がつきましたので前倒しで投稿します。

 市長の会見が唐突に打ち切られ、司令室の壁に設置された巨大モニターが、何事もなかったかのように当たり障りのないニュース番組へと切り替わった。

 次の瞬間、張り詰めていた空気が弾けた。

 絶え間なく鳴り響く電話のコール音。紙を叩きつける音。飛び交う怒号。


「市長とは連絡がつかん! クソッ、秘書官もだ!」

 牧原先輩が、受話器を叩きつけるように置いた。普段の冷静さは見る影もなく、彼の肩は怒りで震えている。

「軍のトップも『決定事項だ』の一点張りだ! 現場は完全に無視かよ…!」


 このままではパニックに飲み込まれる。俺は腹の底から、意識して大きな声を出した。

「皆さん、一度落ち着きましょう! 決まってしまったことは今さら変えられません。ならば、我々が今、やるべきことを確認しましょう!」


 俺はホワイトボードを掴むと、殴り書きでタスクをリストアップしていく。カオスに陥っていた司令室に、具体的な「業務」という名の秩序を取り戻していく。


 数時間後、俺たちは時空間物理学部門のラボではなく、防衛軍本部の無機質な大会議室にいた。

 ずらりと並んだ、いかめしい顔の将官たち。

 その向かいに座る、場違いな白衣の研究員たち。そして、その末席で、固い表情のリュナの手を、響がそっと握っていた。


「反攻作戦は決定事項だ。世界シミュレーターの遮断や反抗作戦を行わないという異論は認めん」

 部屋の空気を震わせるような将軍の重低音が、議論の余地を完全に封殺した。


「だが、我々は敵を何も知らない。唯一の情報源として、リュナ技術顧問、君に話を聞かせてもらう」


 全ての視線が、隣に座るリュナにナイフのように突き刺さる。

 彼女は俺の顔を一度だけ見て、小さく頷くと、覚悟を決めたように口を開いた。


「…私の故郷の名は、エルドリアです」

 将軍は単刀直入に尋ねた。

「君の世界の軍事力は? 銃や、我々が使うようなエネルギー兵器はあるのか?」

「銃も、プラズマという力もありません」

 その答えに、軍人たちの間にわずかな安堵の空気が流れた。


「だが、リュナ顧問」

 将軍の隣に座るオオトモ大佐が、冷静に口を開いた。


「君の協力で開発した『ジャベリン』は、君の魔法のエネルギーパターンを模倣したものだ。つまり、君たちの世界には、我々の兵器に匹敵する『力』が存在するということになる。違うかね?」

 そして、大佐はリュナにだけ聞こえるような声で付け加えた。


「先日のプラズマ暴走事故の件、改めて礼を言う。君の結界術がなければ、研究施設は今頃、クレーターになっていた」

 その言葉に、リュナは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに表情を引き締めて頷いた。


「あの召喚獣を使役しているのは、『黄昏の旅団』と呼ばれるカルト集団です。敵で ある『黄昏の旅団』一人一人の力は分かりません。でも…エルドリアには、獣人と呼ばれる、屈強な亜人種や、『王都の騎士団』の人たちがいます」


 リュナは、響に教えられた操作で情報端末を使い、ファンタジーアニメの戦闘シーンをモニターに映し出す。

 超人的な速度で駆け、大剣で巨大な岩をバターのように斬り捨てるキャラクター。


「これくらいのことなら、普通にできます」

 その一言が、会議室の空気を再び凍てつかせた。


「牧原博士」

 オオトモ大佐の厳しい声が響く。

「なぜ、これほどの脅威となりうる『身体強化魔法』のデータを、我々は今まで受け取っていない?見るからに、我々のヴァンガードよりも小回りが利いて量が準備できる。この技術を解析するほうが優先ではないか?」

 その問いに、牧原先輩も如月博士も、ぐっと言葉に詰まった。


 沈黙は、肯定だった。その空気を、俺の声が破った。

「それは、我々の研究計画に基づく、段階的なアプローチの結果です」

 全ての視線が、俺に突き刺さる。


「まず、我々はマナという未知のエネルギーを可視化する必要がありました。

 そのために、最も観測しやすい熱と光を発生させる火属性魔法のデータ収集を最優先としたのです。

 そのデータに基づき、対魔獣用の新型プラズマ兵器への情報提供や、先の事故で有効性が証明された各種特殊魔法の解析に着手しました。

 全ては、唯一の情報提供者である彼女の安全と心身の健康を最優先に考慮し、慎重に進めてきたものです。」


 俺の言葉に、リュナがこくりと頷き、続けた。

「それに、身体強化魔法は、私の専門ではありません。故郷では、適性があれば使えますが……私には、適性がありません」


 俺たちの説明に、オオト-モ大佐は表情を変えなかったが、その瞳の奥の光が、わずかに揺らいだのを、俺は見逃さなかった。


 翌日、防衛軍本部に、急遽「対異世界侵攻作戦 臨時司令部」が立ち上げられた。

 巨大な円卓が置かれた会議室には、軍の制服と研究者の白衣が混在し、水と油のような異様な緊張感が満ちている。


「本司令部の科学主任は、牧原博士とする」

「作戦全体の指揮は、オオトモ大佐が執る。そして…」

 将官の視線が、俺を射抜いた。


「現場を最もよく知る者として、 リエゾン――連絡将校の任を、和泉愁也に命ずる」

「…はい」

(科学者と魔法使いの間に立つだけじゃない。今度は、軍隊とだ。俺に、務まるのか……?)

 将官は、そんな俺の内心を見透かしたように、続けた。


「君が、科学者と軍人、そして異世界の協力者であるリュナ君を繋ぐ、唯一の結節点だ。軍人でも科学者でもない、君の『常識人』としての視点を信頼している。期待している」


 それからしばらくしてリュナは、司令部からあてがわれた簡素な一室で、一人、膝を抱えていた。


 自分の故郷に、攻め込む。

 故郷ではなく『浮遊要塞』であり、多分だがあの魔獣を見る限り『黄昏の旅団』が敵なのだろう。

 それでも……ほかの国の軍隊を連れて戻る。

 その事実が、彼女の心を混乱の渦に突き落としていた。

 俺は、ノックするのもためらわれる重い扉の前に立ち、隣に立つ響と一度だけ頷き合うと、意を決して声をかけた。


「リュナさん。少し、いいかな」

 返事はない。

 俺はゆっくりと扉を開けた。窓の外を、ただぼんやりと見つめる彼女の背中は、ひどく小さく見えた。


「俺たちがやろうとしていることは、君の故郷を侵略することじゃない」

 俺は、言葉を選びながら、ゆっくりと語りかけた。


「俺たちの、そして君の故郷にとっても共通の敵は『黄昏の旅団』だ。奴らを止めなければ、どちらの世界も危ない。でも、俺たちだけじゃ、何も分からないんだ」

 俺は、彼女の隣にしゃがみこみ、視線を合わせた。


「だから、道案内をしてほしい。君の故郷を、君の大切な人たちを救うための道を、俺たちに教えてくれないか」

 そして、こう付け加えた。

「この作戦は、君が故郷に帰るための一番の近道になるかもしれない。どこに繋がっているかは分からない。でも、もし故郷の近くなら…君を必ず送り届けられるように、俺が全力を尽くす。約束する」


 リュナの瞳が、わずかに見開かれた。

 瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「…ありがとうございます、愁也さん」

 響が、そっと彼女の背中をさすった。

 リュナは、しばらくの間、俺たちの目をじっと見つめていたが、やがて、こくりと小さく頷いた。その瞳には、迷いを振り切った、強い光が宿っていた。


 司令部に戻る途中、俺は廊下で見慣れた男と出くわした。

 財務企画部の田中だった。


「やあ、和泉連絡将校殿」

 皮肉のこもった口調で、彼は言った。


「市長の会見には驚きましたが、おかげで話が早くなった。これは戦争です。

 つまり、国家予算が動くということ。

 我々の仕事は、この未曾有の『投資』を最大限に活用し、国益という『リターン』を確実に得ることです」


「リターン……ですか?」

 響が、静かに問い返した。

「リュナさんの故郷を、ただの資源としか見ていない、ということですか」

「我々は敵ではありませんよ、天野さん」

 田中は、口の端を吊り上げた。


「ただ、目的が違うだけです。すべては人類のためです。」

 そう言い残して去っていく田中の背中を見ながら、俺は改めて理解した。


 俺たちが戦うべき相手は、裂け目の向こうにいる連中だけではない。

 俺の新たな役職は、異世界の脅威と戦うと同時に、味方であるはずの彼らが振りかざす「国益」という名の論理とも、戦わなければならないらしい。

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