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幕間第8話:お休みと、お土産と、経費精算

「―――私にも、『有給休暇』は、もらえますか?」


 総合庁舎からの帰り道、リュナから放たれたあまりに現実的な質問に、俺は一瞬、思考が停止した。

 隣で、響が「もちろん、もらえますよ!」と、なぜか得意げに頷いている。

「すごいじゃないですか、リュナさん! もうすっかりこっちのワーカーですよ!」


 この少女の異世界適応能力は、俺の想像を遥かに超えている。というか、労働者の権利に対する嗅覚が鋭すぎる。


「も、もちろん、もらえるさ。権利だからな」

 俺は、なんとか保護者としての威厳を保ちながら答えた。

「ただ、うちの部署にもルールがあってな。事前に『有給休暇申請書』っていうのを提出しないといけないんだ」

「しんせいしょ……」

「そう。まあ、簡単な書類だよ。今夜、部屋に戻ったら一緒に書こう」


 その夜。俺はリュナに、施設の共有端末で申請書の電子フォームを開いてみせた。響も「どれどれ」と隣からのぞき込んでいる。

「ええと、まず日付と名前を書いて……っと。で、ここが理由の欄だな」

「理由、ですか」

 リュナは、顎に手を当てて、うーん、と真剣に考え込んでいる。

(ただ『休みたい』では、きっと許されない。私の故郷では、お休みをいただくには、それに足るだけの正当な理由が必要だった。それが、義務を果たす者の礼儀だ。この世界でも、きっと……)

 そう信じて、彼女はおもむろに、学んだばかりの言語でキーボードを叩き始めた。


【申請理由】

 日々の魔法実験及び言語学習による精神的負荷の累積は、業務効率の低下を招く恐れがある。よって、都市郊外の自然豊かな環境に身を置くことで心身のリフレッシュを図り、もって今後の魔法出力の安定化(目標:前月比3%向上)及び、異文化理解促進によるプロジェクトへの貢献意欲向上を目的とする。


「……リュナさん」

「はい!」

「普通に、『私用のため』でいいんだよ……」

「えっ、でも、ちゃんとした理由がないと、お休みって貰えないんじゃ……」

「あはは!」

 響が笑い出した。

「リュナさん、真面目すぎ! こっちの世界では、理由を詳しく書かないのがマナーみたいなものなんです。『家の用事です』って書いとけば、だいたい何でもOKなんですよ!」


 この世界の「建前」という高度な文化を、響が分かりやすく解説してくれたおかげで、俺は頭を抱えずに済んだ。


 結局、「私用のため(花を見に行きます)」という、若干丁寧すぎる理由で申請書を提出した。

 直属の上司である牧原先輩からの承認は、驚くほどあっさり下りた。


『有給休暇か、面白い。もちろん承認する。彼女もこちらの世界の文化に慣れる良い機会だろう』

 モニターの向こうで、先輩は楽しそうに笑っている。

『ただし、愁也。君は明日、財務企画部の田中君と、例の魔法少女衣装の追加予算について、重要な打ち合わせが入っているのを忘れるなよ?』

「……はい、存じ上げております」


 そうだ。俺は行けない。

「ごめんな、リュナさん。明日はどうしても外せない打ち合わせがあって……」

 俺が謝ると、リュナは少しだけ寂しそうな顔をした。

 だが、その肩を響がぽんと叩いた。

「え、じゃあ私が一緒に行きますよ! フラワーパーク、私も行きたかったんです! ね、リュナさん、二人で行きましょう!」

「え、いいんですか、響さん!?」

「もちろん!」


 女子大生と異世界の少女が、きゃっきゃとはしゃぎながら休日の計画を立て始める。その光景を見て、俺は安堵のため息をついた。

 そうだ、俺が過剰に心配する必要はない。彼女にはもう、「友人」がいるのだから。


 そして、休暇当日。

 俺は、財務企画部の田中、如月博士といった研究室のメンバーとのオンライン会議の席にいた。


『―――で、和泉研究員。この『魔法少女フェアリーミント』の衣装が、投資予算として請求されているのかを、合理的な説明をしてください』

「は、はい! それは、魔法能力発動実験における……」


 その頃、フラワーパークでは――。

「わぁ……! きれいです、響さん! この赤いお花は、なんていう名前なんですか?」

「えーっと、待ってくださいね」

 響は、リュナが買ったばかりの携帯端末を操作し、カメラを花に向ける。

「ポピー、だって! 花言葉は『思いやり』! 写真、撮りましょうか?」

「はい!」


 響は、リュナに寄り添って、携帯のインカメラを起動する。画面に映る二人の姿に、リュナは不思議そうに目を丸くした。

「こうやって、二人で撮るんですよ。はい、チーズ!」



『和泉研究員? 聞いていますか?』

「はっ! も、申し訳ありません! えっと、レース生地の面積がですね……!」

 心ここにあらずの俺のせいで、会議は紛糾に紛糾を重ねた。


 夕方。

 ヘトヘトになって居住区画に戻ると、リュナと響が「おかえりなさい!」と満面の笑みで出迎えてくれた。

「愁也さん、ただいま戻りました! とても楽しかったです!」

 その屈託のない笑顔に、俺の疲労は一瞬で吹き飛んだ。


「これ、お土産です」

 そう言って、彼女が俺に手渡してくれたのは、小さな花のキーホルダーだった。

「これ、さっき響さんがアプリで名前を教えてくれた、ポピーのお花なんです。愁也さんも、一緒に見てほしくて……」

「そっか……ありがとう。嬉しいよ」


「あの、愁也さん」

 リュナは、少しだけ頬を赤らめて、続けた。

「公園で、お弁当を食べている家族がいました。お父さんと、お母さんと、小さな女の子。

 私の故郷にも、もちろん家族はいます。でも、なんだか、少しだけ違って見えました。

 身分とか、家柄とか、そういうものが何もない、ただの……温かい光みたいでした。……すごく、綺麗でした」


 その、拙いけれど、心の底から発せられた言葉。彼女が、この世界で初めて一人で見つけた「宝物」。その報告に、俺の胸は温かいもので満たされた。


「……そっか。良かったな」

 俺がそう言うと、彼女は「はい!」と満面の笑みで頷き、そして、きっちり四つ折りにした紙を、俺に差し出した。

 広げてみると、それはフラワーパークの入場料や、昼食のローストチキンの値段が書かれたレシートだった。

 ……それに妙に多い2人分か?


「経費で、落ちますか?」


「それは自腹だ!!」


 俺の絶叫に、隣で響が「あははは!」と涙を流して笑い転げる。

 どうやら、彼女の異世界適応能力(特に金銭感覚まわり)については、早急に教育的指導を行う必要がありそうだ。

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