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幕間第6話:少女と魔法の取説と

「はい、次はこちらの『星屑のステッキ』です! 『概念』強度を高めるため、衣装もこちらの『銀河のプリンセスドレス』にお着替えください!」

「何度も言うようですが!もう嫌です!」


 研究室に、リュナの悲鳴が響き渡った。

 あの日以来、如月博士の「『概念』の強度が魔法の威力に影響する」という仮説のもと、歴代魔法少女の杖を全て試すという、終わりの見えない実験が続いていた。フリルやレースがふんだんに使われた衣装の山を前に、リュナは腕を組んで断固として首を横に振る。


「そもそも、こんなに目立つ格好で戦場に出るなんて、正気の沙汰ではありません! 私たちの世界では、魔術師は騎士たちに守られながら、後方から敵の注意を引かぬように詠唱するのが基本なんです! こんな格好では、的になってくださいと言っているようなものです!」

「うーん、文化の違いですねえ……」

 頭を抱える如月博士の横で、魔法実験の見学に来ていた響が、苦笑いを浮かべていた。


「博士、今日の実験はこれくらいにしましょう。リュナさんも疲れているようですし」

 俺がそう切り出すと、響も「そうですよ!」と勢いよく同意した。

「それに、少し気分転換も必要ですって! ね、リュナさん。気分転換に、街に出かけませんか? この世界の便利な絡繰、色々見てみましょうよ!」


 半ば強引にリュナを連れ出し、俺たちはショッピングモールの一角にある、携帯端末の販売店を訪れた。

「これがあれば、いつでも俺や博士、響さんと連絡が取れる。それに、こっちの世界のことも色々調べられるんだ」

 色とりどりの端末が並ぶ光景に目を丸くするリュナ。俺は店員に、一番頑丈で、操作が簡単な機種を指さした。

「すみません、初心者向けで、とにかく丈夫なやつを……」


「ちょ、ちょっと待ってください、愁也さん!」

 俺が契約手続きに入ろうとした、まさにその時。響が慌てて俺と店員の間に割って入った。

「せっかくリュナさんが初めて持つんですから、もっと可愛いのがいいですよ! 操作なら私がちゃんと教えますから! ね、リュナさん!」

 響はそう言うと、リュナの手を引いて華やかなディスプレイの前へと連れていく。

「見てください、こっちのピンクのとか、淡いブルーのとか! カメラの性能も良いし、ケースも可愛いのがいっぱいあるんですよ!」

「わぁ……!」

 きらきらした瞳で端末を見比べる響と、その勢いに引きずられていくリュナ。その姿を見て、俺は心の中で「頑張れよ」とだけ呟いた。


「では、こちらの書類にご記入を。あと、ご本人様確認のできる、身分証明書のご提示をお願いします」

 当たり前の、しかし致命的な問題だった。

 俺とリュナ、そして響は、顔を見合わせた。リュナには、この世界の身分を証明するものは、何一つない。


「……参ったな」

「愁也さん、すみません……」

「いや、君が謝ることじゃない。もっと早く、この問題を考えておくべきだったな……。仕方ない、当面は俺の名義で契約しよう」

 こうして、リュナの新しい生活に必要な手続きが、思いがけない形で議題に上がったのだった。


「わあ……!」

 その後、俺たちはモール内のカフェに立ち寄っていた。ガラスケースに並んだ、宝石のように美しいケーキ。運ばれてきた紅茶の、華やかな香り。初めて見るもの全てに、リュナは子供のようにはしゃいでいた。その姿に、俺は少しだけ安堵する。


 ようやく落ち着きを取り戻したリュナに、俺は新品の携帯端末を差し出した。

「少し、触ってみるか?」

「は、はい……」

「大丈夫ですよ、リュナさん! まずはこの電源ボタンを長押しして……」

 響に教えられながら、リュナは薄い板のようなそれを、おっかなびっくり両手で受け取った。指で画面に触れるだけで、色とりどりの絵が動いたり、文字が現れたりする。その不思議な絡繰に、彼女はすっかり夢中だった。


 俺は、二人の様子を眺めながら、先ほどからの考えをまとめていた。博士の言う『概念』。それはあまりに曖昧だが、突破口になる気もする。物事の仕組みを理解するなら、まずルールブックから。そうだ、あの時と同じだ。


「そうだ、リュナさん。いい機会だから、これを見てみてくれ」

 俺は、自分の端末を操作し、リュナの端末に一つの動画のリンクを送った。

「愁也さん、何です?」と響が隣からのぞき込む。

「これは……?」

 画面に表示されたのは、ピンク色の髪をした、フリフリの衣装の少女の絵だった。

「『魔法少女ミラクル・ラパン』。この間の戦いで君が使ってくれた杖の、元になった物語だ」


「物語、ですか? どうしてそれを?」

 響の純粋な疑問に、俺は答えた。

「あの杖の、本当の力を知るには、これが一番の近道だと思うんだ」

「本当の力……?」

「ああ。前の戦いでもそうだった。リュナさんの世界の『雷の大賢者』の神話があったから、電気を魔力に変換できるって俺は仮説を立てられた。おもちゃの杖がインターフェースとして使えたのも、『電気で動く』っていう元々の“コンセプト”があったからだ。だったら、これも同じじゃないか?」


 俺の言葉に、響はハッとしたように目を見開いた。

「なるほど……!そういうことですか!このアニメって、ただのお話じゃなくて、この杖の『トリセツ』みたいなものなんだ! 私たちの分野で言うと、言葉の『ルーツ』を探るのに似てるかも。面白い! え、絶対見なきゃダメなやつじゃないですか、それ!」


「う……」

 リュナは一瞬、嫌そうな顔をしたが、これも仕事の一環だと観念したのか、響に再生ボタンの場所を教えられながら、おずおずとそれに触れた。

 最初は、そのあまりに子供向けな展開に、「くだらないです」「品がありません」と、いちいち文句を言っていたリュナだった。だが、物語の終盤、主人公ラパンが初めての戦いで、恐怖に震えながらも友人を守るために立ち上がるシーンでは、彼女は何も言わず、画面をじっと見つめていた。


 数日後の夜。俺は、報告書を届けるために、リュナに割り当てられた居住区画の部屋を訪れた。

 ノックをしてドアを開けると、そこには、少しだけ生活感の出てきた空間が広がっていた。無機質だった棚の上には、この間街で買った可愛らしいマグカップや、小さな花の刺繍が施されたハンカチがちょこんと置かれている。彼女が、少しずつこの世界に根を下ろしている証拠のようで、なんだか少し嬉しくなった。


 当の本人は、ベッドの上で膝を抱え、携帯端末の画面に釘付けになっていた。どうやら、あれから一人で『ミラクル・ラパン』の続きを見ていたらしい。画面からは、壮大な音楽と、キャラクターたちの叫び声が漏れ聞こえてくる。


「……っ」

 画面の中、ついに追い詰められたラパンが、敵に操られた親友を救えない無力感から涙を流す。その涙が、彼女の持つ「ラパンの杖」にこぼれ落ちた瞬間、杖はまばゆい光を放ち、奇跡の力で親友の洗脳を解いたのだ。

 リュナは、食い入るように画面を見つめていた。その大きな瞳が、画面の光を反射して、きらりと潤んでいる。ご都合主義と言ってしまえばそれまでだ。だが、彼女の心には、理屈を超えた何かが、強く、そして温かく響いていた。


 俺の気配に気づいたリュナは、はっとした顔で慌てて涙を拭うと、端末の画面を隠した。

「しゅ、愁也さん! い、いつからそこに……!」

「いや、今来たとこだよ。邪魔したか?」

「そ、そんなことは……!」


 俺は、苦笑しながらコーヒーを差し入れ、何気なく聞いてみた。

「それで、あのアニメ、どうだった?」


 リュナは、少し気まずそうに視線をそらすと、ぽつりと呟いた。

「……私、戦場で的になるようなあんなフリフリの衣装とか、大きな声で叫ぶのとか、すごく嫌でしたけど……」

 彼女は、一度言葉を切ると、少しだけ頬を赤らめて、続けた。


「……あの話は、好きです」


 その言葉が、やてこの世界と、そして彼女の親友を救う、本当の奇跡の引き金になることを、俺たちはまだ知らなかった。

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