幕間第4話:たこ焼きの熱伝導率とオノマトペに関する一考察
「響さん、これは……なんですか?」
ラウンジのソファで、リュナがテレビのリモコンを不思議そうにつまみ上げた。その隣で、響が自分のタブレットから顔を上げる。
「あ、それ? リモコンだよ。リュナさんの世界で言うなら、魔法の杖みたいなものかな。あの四角いテレビに命令を送る道具」
「リモコン……なるほど」
「そうそう! すぐ覚えられてすごいね!」
楽しそうに話す二人。
以前の、どこか張り詰めていた空気が嘘のように、ラウンジには穏やかな空気が流れていた。
(よし、いい機会だ)
俺は二人の姿に目を細め、一つの企画を思い立った。異文化交流の促進なんてのは建前だ。
ただ純粋に、いつも真面目なリュナと、研究に没頭しがちな響の、年頃の女の子らしい笑顔がもっと見てみたくなっただけだ。
というより大学よりもこっちに入り浸っていないか?
……わずかに疑問がよぎるが、まあ依頼ということで来ているんだし、それに言語学の分野だとそこそこ有名らしいから授業も大丈夫だろう。多分。
「リュナさん、天野さん。週末、みんなでたこ焼きパーティーでもしないか? 日本の食事にも、もっと慣れてもらいたいし」
「たこやき……ぱーてぃー?」
「タコパ!? いいですね、やりたいです!」
リュナが首を傾げる横で、響がぱあっと顔を輝かせた。
そして週末。
俺が調達してきた材料をテーブルに並べると、リュナは一つのパックを指さし、神妙な顔で尋ねてきた。
「愁也さん、確認ですが……これは、あの『クラーケン』の親戚、でしょうか?」
「クラーケン……まあ、遠い親戚みたいなものかな」
「魔物を……食べるのですか? しかも、こんなに気軽に……」
真剣に悩むリュナの横で、響が楽しそうに口を挟む。
「あ、愁也さん、この『蛸』って字、面白いですよね! お魚じゃないのになんで魚へんじゃないんだろって思ってたんですけど、きっと日本でこうやって食べる文化ができてから定着した字なんですね。ねえリュナさん、リュナさんの世界だと、魔物に特別な文字を当てたりする文化ってあります?」
俺は気を取り直し、熱したたこ焼き器に油を引く。
ジュワッ、と食欲をそそる音が立ち上った。そこに、出汁の効いた生地を流し込んでいく。香ばしい匂いが一気に広がり、リュナの鼻がひくひくと動いた。
「いいか、リュナさん。生地の縁が固まって、表面がぷつぷつと泡立ってきたら、このピックで『くるん』とひっくり返すんだ」
「くるん……ですか?」
「そう、くるん、と」
俺が手本を見せると、リュナは真剣な眼差しでピックを構え、器用に生地をひっくり返し始めた。
その手つきは、意外にも手慣れている。
「お、リュナさん、上手いじゃないか。料理とかするのか?」
「はい。学院ではしていませんでしたけど、実家では。……母は、料理があまり得意ではなかったので」
リュナは、少し懐かしむような笑みを浮かべた。
「料理も、父から教わったんです。妹のヴィオラは母に似て、食べる専門でしたけど」
「へえ、お父さんから。優しいんだな」
俺がそう言うと、リュナは一瞬、ピックを握る手に力がこもるのが見えた。懐かしむような、それでいて少しだけ困ったような、複雑な笑みを浮かべて、遠い目をする。
「……はい。とても」
その答えに、何か深い事情が含まれているのを感じ取った、まさにその時だった。
「愁也君! そのたこ焼きへの熱伝導率、実に興味深い!」
匂いを嗅ぎつけたのか、白衣姿の如月博士が乱入してきた。
「たこ焼き用の鉄板は表面積が最小で、均一に熱が通りやすい! 合理的だ! だが、その鉄板の熱伝導率は素材に依存する。次は私の開発した超伝導プレートで……」
「博士、今はパーティー中なので!」
科学談義を始める博士。その隣では、響が目を輝かせていた。
「わかります、『くるん』! この感じ、すごく伝わりますよね! こういう言葉一つで、初めての人でもすぐコツが掴めちゃうのって、日本語の面白いところだなって。ね、リュナさん、『くるん』って言われると、なんかできそうな気がしません?」
「はい! なんだか……楽しいです!」
「天野さんまで! 二人とも手伝ってくれ!」
二人の学者をいなしていると、焦げ臭い匂いがしてくる。
見ると、リュナが担当していたたこ焼きのいくつかが黒く焦げ付いている。どうやら、俺たちが騒いでいる間に火が通り過ぎてしまったらしい。
「あ……! す、すみません! 私がしっかり見ていなかったばかりに……!」
真面目な彼女は、自分のせいだと深く落ち込んでしまった。
「あ、ごめんなさい! 私も話に夢中になっちゃってて。全然、リュナさんのせいじゃないですよ!」
響が慌ててリュナの肩をさする。
数十分後。
テーブルの上には、なんとか食べられそうな、いびつな形のたこ焼きが並んでいた。
「ソースとマヨネーズをかけて……かつお節を乗せて、完成だ」
俺がソースをかけると、かつお節が湯気でゆらゆらと踊りだす。
「し、愁也さん! 生きています!」
「生きてないから大丈夫だって!」
本日何度目かのデジャヴを感じながら、俺はリュナに熱々のたこ焼きを一つ、皿に乗せてやった。
リュナは、恐る恐るそれを口に運ぶ。そして、数秒間、目を丸くして固まった。
「はふっ……! ……おい、しい、です」
顔を真っ赤にしながらも、満面の笑みを浮かべた。
「この『はふはふ』も最高ですよね! 熱いけど美味しいって、この音だけで全部伝わる!」
「次こそ私の分子調理器で、完璧な球体を!」
「だから二人とも、今はパーティーを楽しんでくれ!」
疲れ果てて頭を抱える俺の耳に、リュナと響の楽しそうな笑い声が聞こえる。
まあ、いいか。
これが、俺たちのチームの、新しい日常なんだろう。
俺はそう思うと、自然と笑みがこぼれていた。
ちなみに、ポン酢を準備するのを忘れた……。
次回は絶対忘れないようにしよう。と心に決めた。




