第21話:瓦礫の中の道標
ガアン! ギンッ! ドンッ!
分厚いシャッターが、外からの無数の攻撃によって、不気味な音を立てて歪んでいく。
そのたびに、衝撃で天井からコンクリートの粉がパラパラと舞い落ち、俺たちのヘルメットを白く汚した。
その音に、リュナの肩が小さく震えた。
彼女の顔は土気色で、唇は乾ききっている。
荒い呼吸を繰り返すその姿は、限界まで酷使されたバッテリーのように、いつ機能停止してもおかしくない危うさをはらんでいた。
「……ひどい消耗だ。回復魔法は使えないのか」
部隊長が、息も絶え絶えのリュナを見て、俺に尋ねた。
彼のヘルメットのバイザー越しでも、その声に焦りの色が滲んでいるのが分かった。
リュナは、かろうじて首を横に振った。その動きすら、重そうだ。
いくら魔力の消費を電力で肩代わりしているとはいえ、無尽蔵にスタミナが続く訳じゃない。
俺もだが、体力がきつい……。
「回復魔法は……私の世界でも、ごく一部の人間しか使えない、とても珍しい魔法なんです。私には……」
その言葉に、部隊長は「そうか」とだけ短く呟き、すぐに部下たちに指示を飛ばした。
彼の視線は、すでにシャッターの向こうの、終わりなき戦場に向けられている。感傷に浸っている暇など、一秒たりともない。
「トラックはもう動けん、乗り捨てろ! 携行可能な限りのバッテリーと杖を確保しろ! 急げ!」
兵士たちが、一斉に動き出す。彼らの顔にも、疲労と諦めが色濃く浮かんでいた。だが、その動きに一切の無駄はない。
プロフェッショナルとしての矜持が、彼らをかろうじて支えていた。
「報告します! 道中、小型の敵を排除するためにフレイムアローを断続的に使用。インフェルノ・バーストの消費と合わせ、すでにバッテリーは4基を消耗しています! 残りは……これだけです!」
部下の報告と共に、トラックから降ろされた予備のバッテリーは、わずか4基。
杖も、箱の中身はスカスカで、残りは数本しかない。
俺たちの切り札は、さらにその数を減らした。
その光景は、俺たちの希望が、砂のように指の間からこぼれ落ちていくようだった。
「第一小隊はシャッター前で敵の侵入を食い止めろ! 第二小隊は、我々と共に内部へ進む!」
俺たちは、地下駐車場の暗闇へと足を踏み出した。
外の喧騒が嘘のような、不気味な静寂。
だが、その闇の向こうから、カサカサ、カサカサと、無数の爪が床を掻く、嫌な音が聞こえていた。
まるで、獲物を待ち構える巨大な蜘蛛の群れのように。
すぐに、暗闇の奥、駐車された車の陰から、無数の赤い複眼がこちらを向いた。そして、一斉に襲いかかってくる。
「撃て、撃てーっ!」
ヴァンガードのプラズマ砲が火を噴き、魔獣たちを焼き払っていく。その閃光が、地下空間を不気味に照らし出し、一瞬だけ、夥しい数の敵影を浮かび上がらせた。
「大型個体と違って装甲は脆い! 数は多いが、対処可能だ!」
兵士たちの声が、地下駐車場に響き渡る。
だが、その声には、どこか自分たちを鼓舞するような、悲壮な響きが混じっていた。
その光景を冷静に見つめながら、俺は部隊長に進言した。
このままでは、いつまで経っても消耗戦だ。
根本を叩かなければ、この戦いは終わらない。
……これは典型的なデスマーチだ。仕様変更のたびにパッチを当て続けて、システム全体が破綻するのを待っているようなものだ。
根本原因を特定して叩かない限り、バグはなくならない……!
「隊長。ビル内の状況ですが、こんな感じです。」
俺は、社員端末に表示された施設管理システムのコンソールを見せた。
リーダー権限でアクセスできる範囲は限られているが、それでもセキュリティエリア手前の状況や執務室環境といった部分の監視カメラの映像や、各種センサーのログは確認できる。
そこには、ビル内部の各所に点在する魔獣の反応が、赤い点で無数に示されていた。その数は、時間と共に指数関数的に増え続けている。
「先程も外で伝えた通り、原因はこのビルです。敵は、今もビル内部の至る所で増え続けています。敵の目的が分からない以上、これ以上の対処療法は無意味です。一体ずつフレイムアローで焼いても無駄です。原因となっているプロセスを特定して、強制終了させなければ。」
俺は、施設のマップを呼び出し、一点を指さした。そこは、俺とリュナが出会った場所。そして、全ての始まりの場所だ。
「あの日、全ては、リュナさんが評価室3に現れたことから始まりました。もし、あそこが異世界と繋がる『ゲート』、あるいはそれに類する何かの『発生源』になっているとしたら…? 敵の増援を断つためにも、その可能性に賭けてみるべきです」
俺の提案に、部隊長は目を見開いた。
彼の顔に、驚きと、そしてわずかな疑念が浮かぶ。だが、すぐにその瞳に、決意の光が宿った。
「……敵の『発生源』かもしれん、不確かな場所に、残りの全戦力を投入すると? 一介のエンジニアの、ただの勘にか?」
「勘じゃないですよ。あの日評価室3の何もないところからリュナさんが現れ…。そしてあの魔獣が現れました。」
彼は俺の目を真っ直ぐに見据えた後、ニヤリと口の端を吊り上げた。その笑みは、諦めではなく、危険な賭けに挑む者特有の、狂気にも似たものだった。
「……面白い。正気の沙汰じゃないな。だが、このままここで犬死にするよりは、よほどマシだ。それが唯一の勝ち筋だというのなら、乗ってやる」
「作戦目標を変更する! 我々の任務は、和泉愁也と保護対象を、評価室3まで送り届け、何が起こっているかを確認することだ! 行くぞ!」
その号令と共に、俺たちは魔獣の残骸を踏み越え、ビルの深部へと進んでいく。
始まりの場所は、今や、この戦いを終わらせるための、最終目的地へと変わっていた。




