第2話 私の家
ここは私の家。住居人は私だけ、私だけが住んでいて、誰も入ったことがない——はずだった。
「失礼します」
そう言いながら今玄関をくぐってきたのは、ピンク髪で高身長、しかも私とは比べものにならないくらい立派な胸の持ち主の女性だった。
誰かを家に入れるのは初めてのことで鼓動が、少し早くなる。大した事じゃないのになんだか緊張しちゃう。
他人の気配に慣れていない空間に、足音が響くたび、私の呼吸が浅くなる。気持ちを落ち着かせるために椅子に座り女の人に話しかける。
「え、えーっと猿渡彩香さん、で合ってるよね?」
「そうよ」
ヤンキー達から逃げた後、ビルの屋上で彼女はこう言った「私は──猿渡彩香。日本から、歩いてここに来たの」って。
そんな彼女から色々聞きたいのと、街の住人じゃないなら外は危ないから私の家に招き入れた。
「……その…歩いて来たってことは……その生きてるんだよね?」
「あなたも、でしょ?」
そう言って彩香さんは、突然私の胸に手を伸ばしてきた。
「きゃっ」
「ねえ、やめてよそう言うの」
「ご、ごめんつい」
彼女は私の胸にそっと手を置くと、真面目な顔で言った。
「でも……心臓、ちゃんと動いてるし。体温もある。ほんとに、ここって“死者の国”なの?」
「街の人見たでしょ? みんな普通に死んるし殺してる。私以外は」
「あなたは違うの?」
「だって、怖いもん。暴力するのもされるのも私には無理……」
「……やっぱりこの街、まともじゃないわ」
彩香さんはソファに腰を下ろす。
そう言えばお茶を出してないことに気づき、私は指を鳴らしてお茶の入ったコップを2つ作り出す。
「ごめんなさい、お茶出すの忘れてた」
「あ……え…うん」
彩香さんは口を開け驚きつつ、コップのお茶を飲み干した。私は指をくるくる回しながら空のコップに再度お茶を作り出す。
「まるで魔法ね」
「そうかな…えへへ、でどうやってここまで来たの? こんな場所死なないと来られない場所だと思うけど」
「だから、歩いてきたって言ったじゃない。途中で走ったり、タクシー乗ったり、飛行機乗ったり……まぁ色々よ」
交通手段を聞いてるんじゃないんだけど…まぁいいか。
「とにかく死んでないんだね、そっかそっか…えーっとなら早く街を出た方がいい」
「なんで」
「この街は生きてる人間が長居しちゃダメなの。ここで暮らせるのは、死んだ人だけ」
「悪いけどここに来たのは目的があるの、目的を達成するまで帰れない」
「……ふーんそっか、死者の国で死にたいんだ?」
「笑いながら言わないでよ。こわいから……」
彩香さんが一瞬、言葉を詰まらせる。
私は思わず笑ってしまったけど、それが場違いだったことにすぐ気づいて表情を真顔に切り替える。
彼女は少し目を伏せて、ぽつりと続けた。
「……お父さんに、会いたくて来たの」
「お父さん?その…死んじゃったの?」
「うん。私ね、小さい頃に両親を亡くしたの」
「それは…災難だったね」
「物心ついた頃には、おじさんの家に引き取られて何不自由なく育ったけど。実の家族については何も教えられなかった、知らない方がいいって」
「知らない方がいいなら知らない方がいいよ」
「でもやっぱり、会いたいし知りたいな本当の両親の事。どんな人だったのか知りたくて、ここに来たの」
「……そうなんだ。わかったからじゃあ帰ろう、彩香さん」
「ちょっと、話聞いてた? 私は、両親に会うためにここまで来たの!」
「でも危ないよ、この街は」
「わかってる、けど……それでも会いたいの両親に、あなたにもわかるでしょ家族に会いたいって気持ち」
「いやわかんない、私は家族の記憶すらないの」
「……強がり」
「違うって。生きてた時の記憶が、全部ないの。名前すら覚えてない」
「……それ、知りたいって思わない?」
「それはこの街にいる限り、知る術なんてないし……私たち死者は、この場所から離れられないんだよ」
「だったら——」
彩香さんは勢いよく立ち上がった。
「私が現世で調べてきてあげる! その代わり、あなたは私の両親を探してよ」
「え……でも……生きてる人がここにいるのわ」
「見た目は大して変わらないし、黙っていれば、生きてるってバレないでしょ? そんなに長くここにいるつもりもないし。ね、お願い!」
彼女は手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。
……こういうの、苦手なんだよね。押しに弱いというか。正直、言われてることは滅茶苦茶だけど、私も生前のことは物凄く気になるし…
でも危ないからな…だけどバレなきゃ問題ない……のかな?
そもそもこの街のルールなんて、あってないようなものだし。
「……わ、わかった。一緒に探そう、両親」
「ありがとう! やっぱり優しいね」
優しいか…優しいのかな私は
断らなかった理由が自分でもよくわからなかった、けど彩香さんの真剣な顔を見ていると、どこか胸が締めつけられて、断る事ができなかった。
「で、あなたの名前って何て呼べばいいの? 記憶ないんでしょ?」
「ライリー、でいいよ。支配人さんがそう名付けてくれたの」
「支配人……?」
「この街の管理者。一番偉い人」
「……か、管理者? このめちゃくちゃな街を、管理してるの? 交通事故とか殺人とか、普通に起きてたけど、管理できてる?」
「死なないってわかってるから、みんな無茶するんだよ、危険なことも何にでもチャレンジできるし」
「それ、ダメじゃない? 管理できてないじゃん」
「そうなのかな……そうかも、でも……記憶がないから、正直よくわかんないや。で、えっと。両親ってどんな人なの?」
「……名前しか知らない」
「そもそも何で猿渡さんのおじさんは両親のことを教えてくれないの?」
「田舎の人だから頑固なの、おじさん墓まで持ってくつもりよ」
「じゃあ、その名前は?」
「お父さんが、猿渡 十野。お母さんが、猿渡 知鶴」
「……うーん、初耳だな。でも名前がわかれば、映画館で調べられるかも」
「……映画館? あの世に映画館なんてあるの?」
「え? 現世にもあるでしょ?」
「そりゃあるけど……死者の国の映画館って、何を上映してるの? ごっことかスパイダーバース?」
「……ん?」
「……ん?」
二人同時に、首を傾げる。
「まさか、古い作品しかないの?」
「作品?人生のことをそう言う人初めて見たよ」
「何言ってんの?」
「映画館って人生を見る所でしょ」




