鼻を踏んでくれ
ゼンチィがスティッグレイブ古墳で古墳の主に襲われていた頃、ゼンチィの守護霊に襲われて鼻を巨大化されたキョウ=ボウメイクとヒロミ=ドグブリードは回復基調にあった。ゼンチィの魂が古墳の主に蝕まれたため、元の守護霊の霊力が減衰しているのである。
それでも鼻の巨大化はそのままで、キョウは声を出せるぐらいになり、ヒロミはやっと立てるという具合であった。2人とも守護霊を召喚できるほどには回復してなく、完快にはまだ時間がかかるようである。
鼻がむず痒くて苦しいと、キョウが呻き声をあげている。
ヒロミは、折れた太めの木の枝を杖として、ヨロヨロと立ち上がった。
キョウ
「立ち上がって、どこへ行く」
ヒロミ
「追いかける……アスカたちを……追いかける」
キョウ
「待て……オレを置いていくな」
ヒロミ
「アンタは……しばらくここで休んでなさい。 あの盗掘者の霊気が弱まっている。 大人しくしていれば……アンタもすぐに立てるぐらいいはなるわ」
キョウ
「そうではない。 いつまでも休んではいられない」
霊気がざわめているのだ。
ゼンチィを追いかけていったアスカ=ウィスタプランとゲン=アルクソウドが、近くで何者かと戦っている気配がするのだ。
キョウは、だから自分も早く戦場に駆けつけなければならないというのだ。
ヒロミ
「でも、この鼻では、私もアンタも戦えないわ」
キョウ
「そこで、頼みがある」
ヒロミ
「何?」
キョウ
「踏んでくれ」
ヒロミ
「はぁ?」
キョウ
「この鼻だ。 鼻を踏んでくれ」
ヒロミ
「このドサクサに紛れて、何を言っているの? 今はアンタの性癖に付き合っている場合ではないわ」
キョウ
「ダメだ。 苦しいのだ。 鼻の奥で何かがうごめいているようなのだ」
言われてみれば、まだ鼻を大きくしているヒロミも、鼻の中に何かが詰まっているような感覚がある。
ヒロミ
「我慢しなさい。 鼻の中の異物の霊気が少しずつ小さくなっている。 時間が経てば、放っておいても治ります」
キョウ
「それでは……間に合わない。 感じるだろう、激しい霊力のぶつかり合いを」
近くのスティッグレイブ古墳で、アスカとゲンが、オッグ=アイランダーと激しい守護霊バトルをしているのだ。守護霊同士が衝突する霊気の振動が間断なく伝わって来るのだ。
現場は、間違いなく激戦になっている。
ヒロミ
「でも……ごめんなさい。 私の鼻もつらくて……守護霊を召喚できない。 回復系の能力を持つ私の守護霊だけれども、今はアンタの力になれない」
キョウ
「だから踏むのだ……」
鼻の激痛でうずくまるキョウは、寝返りを打ってうつ伏せとなり、巨大化した鼻をだらりと地面に放り出した。そして「さぁ、早く踏め」と命じる。
ヒロミ
「踏んだからって……どうなるの?」
キョウ
「踏んで、鼻の奥に潜む悪虫を絞り出すのだ。 時間がない、早くしろ」
いまだに呼吸が苦しそうなキョウの言葉だったが、戦う友を助けに行きたいという気迫に押され、ヒロミも彼の鼻を踏むほかはないのではないかとの思いにかられた。
しかし、少女が寝転ぶ男子の鼻を踏むという構図は、いかにも変態的だ。ヒロミはこの期に及んで一定の背徳感に襲われた。
ヒロミ
「本当に踏むの?」
キョウ
「早く踏むのだ」
ヒロミ
「本当に本当に踏んじゃうよ。 本当にいいのね?」
キョウ
「本当に構わないのだ。 さぁ、早く踏め!」
ヒロミ
「それじゃぁ踏むよ! 痛くてもしらないよ!」
ヒロミは、思い切って、キョウの鼻に右足のカカトを乗せてみた。するとキョウは「弱い。 もっと強く」と言うのである。それで次第に強く、最後は全体重をかけて、キョウの鼻を踏みつけるのだった。
途中、「痛くない?」とキョウに聞くと、「大丈夫だ」という答えが返って来た。
実際は、鼻のむず痒いところを踏まれるので、気持ちいいぐらいであったのだ。
こうしてしばらく踏んでいると、やがて、粟粒のようなものがキョウの鼻に浮き出て来た。これが、鼻の奥で悪さをしていたゼンチィの守護霊の霊気の結晶だろうか。
この頃になると、ヒロミも守護霊を召喚できるほどに回復していた。
ヒロミ
「あとはこうする! 召喚する! 白銅の聖獣『迷い犬』!」
そしてヒロミの守護霊が爪を立て、キョウの鼻の毛穴に浮き出て来た脂のかたまりを引き抜くのである。次から次へとあふれて来るその脂は、鳥の羽の茎のような形をしていて、例外なく4ミリばかりの長さに抜けるのだった。
このようにしてキョウの鼻は完全回復した。ヒロミの方は、男子に自分の鼻を踏ませるほどにプライドが低い者ではない。守護霊を召喚できるようになったのだから、その能力、快癒によって、あっさりと自分の鼻を修復するのであった。




