貴方も私の仇です
地下へと向かう階段を、一歩一歩、慎重に進んでいく。
入口は、兄貴分のオッグ=アイランダーが守っている。後ろから、自分を咎め追いかけて来る者はないはずだ。
数歩進んで入口が見えなくなった頃、ゼンチィは足を止めた。連れは、縄で頑丈に拘束されたマーモ=クレイマスタだ。オッグが「守護霊の加護を得るために必要」と言っ差し出した、人質の少女だ。
少し行って足を止めたゼンチィは、懐中のナイフを取り出し、マーモを縛める縄を切って解いた。
マーモ
「何を?」
ゼンチィ
「アンタ、守護霊は使えるのかい?」
マーモ
「使えません。 しかし、最近、視えるようになりました」
ゼンチィ
「そうか、ならばこれを使えば良い」
ゼンチィは、マーモに別の護身用の小刀を差し出した。特殊な霊気がこめられた刀であり、小妖怪ぐらいであれば斬り伏せることができる。
ゼンチィ
「悪いがオイラは兄貴みたいに強い守護霊使いじゃないんだ。 この先、どんな妖怪が潜んでいるか分からなくて、襲われたときにアンタを守れる自信もねぇ。 だから、ここから先は、自分の身は自分で守ってくれないか」
マーモの方は、そう言われながら小刀を鞘から抜いて、刀身をじっと見つめた。
捕虜に刃物を預けれなど、何たる無用心!
マーモ
「えい!」
そして刃先をゼンチィに向け、一気に突き出した。ここでゼンチィを殺して、逃げてしまおうというのだ。
ゼンチィ
「おっと!」
とっさに守護霊、異形の僧侶『大鼻』を召喚、マーモの手を掴んだ。
そして守護霊の能力を発動した。マーモの鼻がみるみる大きくなり、彼女は鼻を押さえ、その重さに耐えかねてうずくまった。
ゼンチィ
「乱暴なことはしないでおくれよ。 無茶なことはしないと約束してくれたら、その鼻を大きくする能力を解除してやっても良いのだけれども」
マーモ
「誰がっ! 誰がアナタ達のような盗賊どもに屈するものですかっ!」
ゼンチィ
「だったら、そのままアンタをここに置いていくしかないけど、その鼻じゃぁ妖怪とは戦えないぜ」
マーモ
「くっ」
戦意を喪失したと見える。それでゼンチィは守護霊の能力を解いて、マーモの鼻を元の形に戻した。
ゼンチィ
「そんな怖い顔をしないでくれよ。 オイラは父ちゃんと母ちゃんの仇をとらなければならないんだよ。 そのためには、もっと強い力が必要なんだ。 そのオイラの邪魔をしないでおくれよ」
マーモ
「仇というなら、貴方も盗賊団の仲間じゃないですか。 私の父は貴方の仲間の盗賊団に殺されたのですっ。 だったら、貴方も私の仇ですっ」
ゼンチィ
「そんなことを言われたって、知らないよぅ。 それに、オイラたちの大将はヨーダ王っていう立派な王様なんだ。 盗賊団なんかじゃないやい!」
マーモ
「しかし、貴方の兄貴分は盗賊団の一緒に戦ってました。 盗賊団に味方する者は盗賊団ですっ!」
ゼンチィ
「そうかい。 そこまで言うなら、アンタはここに置いていく。 けれども、くれぐれも、オイラの邪魔はしないでおくれよ」
そう言って、ゼンチィは古墳の奥に進んでいった。
残されたマーモは、ゼンチィから渡された小刀で、自分の喉を掻き切って自殺しようとした。ゼンチィのような間抜けに見える男にも敵わない、自分の非力と古墳の中に取り残される絶望を感じたからだ。ところが、いざ刃を自分の喉元に向けると、両手が震えだしてうまく力が入らない。
自分は、自ら死を選ぶことにも踏み出せないのだ。
その時、マーモの頭にふっと考えが浮かんだ。
マーモ
「待ってください」
ゼンチィが、後ろを振り向くと、置いて来たはずのマーモが追いかけて来る。
マーモ
「やはり一人では心細いのです。 お手伝いをしますので、私も一緒に連れて行ってください」
オッグとゼンチィの会話内容からすると、この古墳の奥には、巨大な守護霊が眠っているという。ここはゼンチィに味方するとみせかけて一緒について行き、隙を見てその守護霊を自分のものとして、古墳の外でオッグと戦っているアスカと合流しよう。こういう考えである。
教養に乏しいゼンチィは、そのようなマーモの下心など気にもとめずに、彼女と一緒に古墳の最深層を目指すのだった。




