オレは奈良の大仏を作った聖武天皇に転生したようだ @ プロローグに代えて
死神の不正でオレは現世で肉体を失った。その代わり、どこかの世界のオビトという者の肉体を借りて再生することになった。
目が覚めたら、薄暗い部屋にいた。
固いベッドの上だ。
ベッドというより――なんだこれは、棺か?
窓がない部屋だが、石組みの壁の隙間から光が漏れている。だから、今は昼間かな。
外に出てみようかと思ったら、体の感覚が妙だ。上体を起こせない。体が重すぎる。
声を出してみるか。だが、口もうまく動かせない。あーうーといった小さな声が、やっと出せるくらいだ。
じっと手を見る。やたら小さい。
そうか、この世界のオビトとは、赤ん坊なのだ。オレは、赤ん坊に転生したんだ。
なんとかならないかと、もがいてみたり、うめいてみたり――すると扉が開いて、メイドのような女性が入ってきた。そして、うごめくオレの姿を見て悲鳴をあげて、慌てて部屋から出て行った。
あのメイドは何だったんだ?
そう思っていると、今度は何人もの大人がドヤドヤと入ってきた。何やら驚愕して話していている様子だが、何を話しているのか、意味が分からない。日本語のようで、日本語でない。オレを抱き上げて、笑いながら涙を流しているので、喜んでいるのは分かった。オレは、そのうちの一人の女性に抱きかかえられて、その夜は豪華なベッドで寝かされた。
このきらびやかな室内の様子、オレはどこかの世界の、貴族の赤ん坊に転生したようだ。
数か月後――
大人たちが話す言葉が、なんとなく分かるようになってきた。
部屋の様子が洋風で、大人たちの服装も洋風だったから気付かなかったが、彼らが用いている固有名詞は完全に日本のものだ。
オレのことを世話してくれるメイドに、目の前の山の名を聞いた。すると「あれがカグ山、あちらがウネビ山、そしてこちらの三角山がミミナシ山」と教えてくれた。
つまり天香久山とか、畝傍山、耳成山だろう。この山の位置関係、そうだとすると、ここは奈良盆地の真ん中かな。
この家の主人はフヒトという。
赤ん坊のオレに乳を飲ませてくれるのがミチヨと名乗る女性だ。ミチヨは、オレに乳を与えるときは、上半身裸になり、必ずもう片方の乳を別の赤ん坊に与えていた。ミチヨは、この赤ん坊をアスカと呼び、「二人とも仲良くね」などと話しかけていた。また、オレに対しては「大きくなったらアスカのことをよろしくね」などとも言っていた。アスカが、ミチヨとフヒトの娘であるらしいことは、すぐに理解できた。
オレはもともと歴史オタクだ。
フヒトとか、ミチヨとか聞くと、藤原不比等や県犬養三千代の名前を連想する。
その2人の間には、後に聖武天皇の皇后となる光明皇后がいる。光明皇后は、諱を安宿媛という。だとすると、アスカというのは光明皇后のことだろうか。
それではオレは、何者だろう?
オレは、光明皇后を連想させるアスカと同じ年ごろのようだ。そういえば、聖武天皇の諱は首といった。だとすれば、オレは聖武天皇か?
まさかとは思ったが、どうもオレは、奈良の大仏を作った聖武天皇に転生したようだ。