逃がさない! 追わせない!
ヒロヨ皇女めがけて放たれた何本もの矢が空中で破裂している。
守護霊を視ることができない盗賊団『朱屍党』レッグウィング小隊の隊員達には、そのように見えた。
その実は、妹の窮地に駆けつけた、コウセイ皇子がその守護霊、蒼き竜騎士『空飛ぶイルカ』が、その巧な槍捌きで瞬時に切り刻んでいるのである。
また厄介な奴が現れた――
レッグウィングは思う。
相手は子どもの守護霊使い2人だけだと思っていたが、そこに大人の守護霊使いが加われば、分が悪いのではないか。
あいつもまた仇の血統――
オッグ=アイランダーは思う。
コウセイは先帝の子であり、ストンリベル家の血も継く、皇族の中でも由緒正しい血統だ。同じ先帝の子といっても、オビト皇子よりもはるかに有名人だ。
オッグは、向こうでヒロヨの相手をしているレッグウィングの眼を見た。戦意を失いかけている眼だ。
あいつ、逃げようとしているのか――
確かに、守護霊使いの数でいえば、オッグの側はレッグウィングとの2人だけ。方や狙うオビトの方は、最初はヒロヨだけだったのが、これにコウセイも加わった。しかも相当凄腕の守護霊使いに成長している。だからレッグウィングが一時退却を考えているとしても不思議でない。
ならば、自分も退却か――
オッグが、その守護霊、紫色の勇者『覇王の長子』を1歩退かせる。
その隙を突く。
オビト
「逃がさない!」
オビトが、その守護霊、漆黒の剣士『王の愛者』で攻勢に出る。
オッグ
「追わせない!」
オッグの『覇王の長子』は、オビトに背中を見せつつも、辰砂腕で右腕を水銀状の鞭の如く変形させ、『王の愛者』の霊刀を弾く。
コウセイ
「オビト君! 歸師勿遏! 逃げようとする敵を迂闊に追いかけてはいけない!」
オビト
「お言葉ですが、兄さん。 奴の行く先にナーニャとシラクがいます。 このままでは子ども達の身が危ないのです」
そのオビトの見た通り、オビトを殺そうとするオッグのもう1つの狙いは、ナーニャとシラクの確保であった。オッグは、他方で迫るオビトを退けながら、まっすぐナーニャとシラクに駆け寄ろうとしていた。
マーモ
「そうは、させません!」
オッグの脇腹に激痛が走る。
血が滴り落ちていく。
守護霊使いでなくても、実体を持つ術者相手なら直接攻撃が可能だ。
ナーニャとシラクのそばに居て、常にこの幼い姉弟を守っていたマーモ=クレイマスタが、護身用に携帯していた小刀で、オッグの脇腹に1突きをした。
マーモ
「ナーニャ! シラク! 今のうちに逃げて! 早く!」
油断した――
敵は守護霊使いのオビトとヒロヨ、そしてそこへ加入したコウセイの3人だけだと思っていた。そこに居たマーモを敵の戦力とはみなしていなかった。
そのマーモから、攻撃を受けてしまったのである。
オッグ
「だが――浅いッ!」
その守護霊、『覇王の長子』を使って、我が身にまとわりつくマーモを投げ飛ばそうとする。だが、マーモは必死に小刀を握りしめて離れない。
オビト
「マーモさん! 今、行きます!」
しかしこれに対しては、『覇王の長子』が辰砂腕を駆使して振り回し、オビトの『王の愛者』を近づけさせない。
だが、時間をかけるは不利!
オッグは『覇王の長子』の、もう片方の辰砂腕で、自分にしがみつくマーモごと、自分の身体をしばりつける。そしてダッとジャンプして、生成していく竹林の中へ逃げてしまった。
これをオビトは追いかけず、幼いナーニャとシラクの保護を優先する。
ヒロヨとコウセイは、レッグウィング小隊の弓矢攻撃を防ぎきり、これから攻勢に転じようかというところであった。
対するレッグウィングは、オッグが竹林の中に逃げていくのを見た。
レッグウィング
「む、オッグの奴、逃げやがった。 おい、野郎ども! オッグが逃げたとあっては分が悪い。 いったん退くぞ!」
この号令で、レッグウィング小隊も竹林の中に退却していった。




