怒ったなアスカとやらよ
妖怪の群れに攻撃されているハイストン神殿である。
社殿の造りは頑丈で、ちょっとの攻撃では破壊されることはない。
だが、妖怪の数があまりに多い。
社殿が妖怪に破壊され、中に侵入されるのも時間の問題だろう。
一方、社殿の中である。
こちらは、敵が1人侵入していた。その敵の名はヒディ=セントラルという。灰色の記録者『巨耳の女詩人』を操る守護霊使いだ。
ハイストン神殿では、巨鬼討伐隊が小休止していた筈だ。その討伐隊を全員消失させたのが、この巨耳の女詩人だ。巨耳の女詩人は、ハイストン神殿の守護霊使いも、神官長を除いて、全滅させている。
巨耳の女詩人の持つ帳面に名前を記入した者は、怒りや恐怖といった本能を発現したとき、消失する。アスカもこの帳面に記帳してしまっている。
そのアスカが、ヒディに守護霊バトルを挑んでいる。
守護霊自体の戦闘力は、アスカの紅蓮の戦士『不動の解脱者』が圧倒している。だが、アスカは巨耳の女詩人の持つ帳面に記帳してしまっている。そこでアスカは、冷静に敵と戦おうと努力している。これは、感情に任せて行動することが多いアスカの苦手とするところであるが。
そのアスカを前に、ヒディが懐から一冊の本を取り出した。
ヒディ
「この本は、たった今、書籍化したばかりなんだ。 お前は、これを見ても、冷静でいられるのかい?」
アスカ
「その本が、どうしたというの?」
ヒディ
「この本が、お前の親友のものだとしたら、お前さんはどうする?」
アスカ
「バカね。 私の親友の本は、ここにある!」
ヒロミは、すでに書籍化されている。気が付いたらアスカが手にしていた本だ。アスカはその本をヒディに見せつけた。
ヒディ
「そうだろうか。 お前は、私がお前の隙を突いて、その手にした本をすり替えたとは思わないのかい?」
アスカ
「そうやって私を動揺させようとしても、無駄よ。 貴方にそうする時間はなかった」
ヒディ
「そうだろうか。 だってお前は、その本の中身を読んでいないのだろう。 どうしてそれが親友のものだと分かるのかい?」
アスカ
「理屈じゃないわ。 直感よ」
ヒディ
「直感は、外れることもあるよ……そうだ、だったら私が中身を確かめてあげよう」
そう言ってヒディは、手にした本の表紙をめくろうとした。
アスカ
「やめなさい」
ヒディの手が止まる。
ヒディ
「どうして? そうか、お前はそこまで分かっているのだね。 我が守護霊の能力の秘密を。 本を読めば、その人の消失が確定するということを」
アスカ
「やめなさい!」
アスカは不動の解脱者でヒディが手にする本を奪おうとする。
ヒディ
「動くんじゃねぇ! 動けば、ただちにこの本の表紙をめくる!」
ビクゥとして硬直するアスカ。
ヒディ
「むむ、これだけビビらせてもまだ魂を捉えられぬかっ。 尋常でないぐらい冷静な奴めっ。 ならば止むを得まい。 オレは今からこの本を読む!」
ヒディが本の表紙に手をかける。
アスカ
「やめな、さいィィィっ!」
ついにアスカ激昂。その怒りの勢いで不動の解脱者が手を伸ばし、ヒディが手にする本を弾き飛ばす。これで、その本は読まれない。
だが――
ヒディ
「フハハハ! ついにやったぞ。 怒ったな? 怒ったな、アスカとやらよ。 これでお前も消失だ。 消失だ。 消失? アスカ、なぜオレはお前の名前がまだ言える?」
アスカ
「……」
ヒディ
「ここまで来て冷静を保てるとは大した奴だ。 ならば……」
アスカ
「無駄よ。 私、分かった。 多分、私は、貴方の能力では、消失しない」
ヒディ
「? どういうことだ」
アスカ
「私の言葉を疑うならば、貴方の守護霊の帳面にどう書いてあるか、よく見てみることね」
そう言われて、ヒディは巨耳の女詩人が手にする帳面を奪い取り、開いて中を読む。
“アヌカ=ビーストランナー”
アスカ
「私、貴方が神官のフリをして帳面を差し出してきたとき、変だと思ったの。 だから、帳面には偽名を書いたのよ。 その帳面、本名を書かなければ、効果が発動しないのでしょう?」
実はアスカは、この時、何度も冷静を失っていたのだ。それにもかかわらず巨耳の女詩人の能力が発動しないのでおかしいと思っていたのだ。そこで思い出したのだ。そういえば、自分は巨耳の女詩人の帳面に、本名を書かなかったのだと。
ヒディ
「……う……」
アスカが一歩踏み出す。ヒディとの間隔は、十分に近い。
不動の解脱者の手拳ラッシュ。ヒディ=セントラル、戦闘不能。




