彼があんなに感情をむき出しにするなんて
1冊の本があった。
ハイストン神殿の本殿に迫る、妖怪の群れのど真ん中だ。
あの本は、間違いなく親友の欠片だ。これを読まれれば、親友の存在が完全にこの世から消失する。
1体の妖怪がその本に手をかけようとしていた。
ゲンは「てめぇー! そこで何をやっていやがる!」と叫んで感情をむき出しにして、手にした錫杖でガンと地面を突く。
ゲン
「山吹色の手品師、『偉大な神鳥!」
ゲンが鳥頭人身の守護霊を召喚する。錫杖に霊魂を込めた、仏式の守護霊だ。
ゲンの偉大な神鳥の能力は神木の鞭という。偉大な神鳥が両腕を妖怪の群れに向けると、その袖の中から草木の蔓が伸びて行き、その真ん中の本を瞬時に絡め取った。
2冊の本があった。
さっきまで、そこにあった本ではない。 だから、これは誰かが攻撃を受けて出現した本だ。この本は、決して読んではいけない。読めば、それで人身消失が確定する。
ヒロミ
「まさか――彼があんなに感情をむき出しにするなんて……」
アスカ
「?」
ヒロミ
「?」
アスカ
「ヒロミ、その彼って、誰?」
ヒロミ
「彼? そう言えば、誰かしら」
ヒロミは、青ざめた。
彼とは、アスカやヒロミと、キヨミハラ学院の同窓であった、ゲン=アルクソウドのことである。名前が出てこないのは、謎の攻撃でその存在が消されたためである。
謎の攻撃は、まず人を書籍化する。この段階で、その人の存在が、認識が消失する。そして、書籍化された人の本が読まれると、その人の消失が確定する。
そして、自分達の足元に2冊の本が落ちている。
アスカ
「ここにある2冊の本。 つまり――」
ヒロミ
「今ここで、2人が消失したということね」
アスカ
「そして、このうちの1冊は、明らかに変だわ。 この1冊は、さっきまで妖怪の群れの中にあった」
ヒロミ
「おそらく、彼の渾身の抵抗ね。 私の記憶では、この辺りにあった本は1冊だけだった。 まさに、さっきまで妖怪の群れの中にあった本だわ。 そして、1体の妖怪がこれを読もうとしていた。 そこまでは覚えている」
おそらく、それを見た彼が、感情を昂らせて何かをした。そして、妖怪の群れの中にあった本を手元に戻した。それがヒロミの推理だ。
謎の攻撃は、その人の存在そのものを消失させる。何人の記憶からも抹消する。それでも、ヒロミが「彼があんなに感情をむき出しにするなんて」と言えたのは、その様子があまりに衝撃的だったのと、彼が消失した直後だったためだろう。ヒロミの記憶には、もはや感情をむき出しにした彼の姿はない。ただ、自分がそのように発言した記憶だけが残っている。
それで、どうするか?
アスカとヒロミは、さっと落ちてる2冊の本を拾った。まずはこれが何者にも読まれることがないよう、保全したのだ。
その2人のすぐそばまで、妖怪の群れが迫っている。
アスカが、五鈷金剛杵を取り出して守護霊、紅蓮の戦士『不動の解脱者』を召喚する。
不動の解脱者の間合いに入った敵を順番に斃していく。
迫って来る妖怪の第1波は、素早い動きの小妖怪だ。正拳2、3発も食らわせれば撃退できるレベルだ。
続いて、少し大型の妖怪が迫って来た。
そこでアスカは、不動の解脱者に小妖怪の1体の首根っこを掴ませて、大型妖怪に投げつけさせた。
その質量に押されて大型妖怪の歩が一瞬止まる。
迎え撃つアスカとヒロミは小休止。
その間をチャンスと見たか、社殿の中から「どうぞ、今のうちにこちらへ」と手招きする者がいた。仮面を被っているので、ハイストン神殿の神官だ。
アスカとヒロミは、その手招きに応じて、社殿の中に逃げ込んだ。




