私達は攻撃されている
アスカとヒロミが、トゥーム仮隊長に呼び出されて入ったその部屋には、確かに、4人の男が居たのだ。それが、今は3人しか居ない。
この間、誰も、この部屋には出入りしていない。つまり、1人の男が、いつの間にか蒸発したのだ。
ヒロミ
「トゥーム隊長」
トゥーム
「何だ? 発言を許す」
ヒロミ
「おそれながら、もう1人の隊員は、どこに行ったのでしょうか?」
トゥーム
「もう1人の隊員? 『どこに行った』だって? 何をワケの分からない事を言っている。 この部屋からは、誰も出て行っていないぞ」
ヒロミ
「しかし、ここには、3人しか居りませんが」
トゥーム
「そんな筈はあるまい。 ボクは、4人で君たちを待っていた筈だが―― ん? 3人だったか―― コリャー! ドーユーことジャァー!」
隊長のトゥーム=ストンリベルは、突然発狂したように叫び出した。
側に侍していた討伐隊員Mと討伐隊員Nが「何事ですか?」と返事をする。
トゥーム
「どうしてここには、お前たち2人しか居ないのだ?」
討伐隊員M
「どういうことですか? ここに居たのは、最初から、私たち3人だけでございました」
トゥーム
「それだ、その3人というのが問題なのだ。 オレも、ここに最初から居たのは、この3人だけだと思っている。 しかし、オレたちは4人組ではなかったのか? どこへ行くにも4人で一緒だった最強のチームではなかったのか? それが、どうして3人なんだ」
討伐隊員N
「ハッ。 確かに我々は4人組でした。 トゥーム様を筆頭に『リボン四天王』と呼ばれていたので、間違いありません。 それが、それが、ウワー」
今度は討伐隊員Nが嗚咽する。 辛うじて、討伐隊員Mは冷静を装っているが、その表情から動揺していることは分かる。
なぜ動揺するのか?
討伐隊員Nが言うとおり、この部屋にいるトゥーム仮隊長はじめとする討伐隊員は、もとは『リボン四天王』と言われる4人組だったのだ。『四天王』なので、4人のメンバーであったことは、間違いないのだ。そのうち、単に1人が居なくなるだけであるならば、理解可能である。問題は、その居なくなった1人が誰であるのか、まったく分からないということだ。確かに、もう1人いたはずなのに、その1人が誰なのかまったく分からない。これは記憶喪失とか、そういうレベルの話ではない。最初から、その1人が居なかったかのような認識になっているのだ。トゥーム仮隊長らが混乱しているのは、その認識のねじれに気付いてしまったからである。
どこかで、認識改変の能力が発動しているのだ。
ヒロミは、守護霊、白銅の獣聖『迷い犬』を召喚した。
討伐隊員M
「貴様ぁ、ここで守護霊なんか召喚するんじゃねぇ!」
討伐隊員Mも守護霊使いなので、ヒロミが召喚した守護霊を視認可能である。
ヒロミ
「これは明らかな緊急事態なのよ! 問答無用! 能力! 快癒!」
認識改変は、一種の状態異常である。そうであれば、『迷い犬』の能力で回復可能ではないか、そう考えたのだ。
事態に変更はなかった――
ただ、そこに4人居たはずのメンバーが1人になっている、その認識のズレに不快感を覚えるのみだった。
アスカ
「変わらない――わね」
ヒロミ
「そうね。 イノテの認識改変系の攻撃かと思ったけど、そうではなかったみたい」
部屋の中に、男の悲鳴がした。
何事?
アスカ
「何? 今の悲鳴は?」
ヒロミ
「悲鳴? そんなの聞こえたかしら」
アスカ
「? そう言えば、そうね」
こういうやり取りをしながら、ヒロミは、部屋の床に、3冊の書籍が乱雑に放り出されているのに気付いた。この部屋は、ベッドと机しかない、殺風景な、ハイストン神殿の1室だ。その部屋に似合わない書籍が3冊も放り出されているので、誰の眼にも容易に気付く。
ヒロミは読書好きである。書物が床に散らかっているのを見ると、どうにも落ち着かなくなる。そのうちの1冊を拾って、ページをパラパラとめくってみる。
本の最後の方のページには、こう書いてあった。
“この日、トゥーム=ストンリベルは、巨鬼討伐隊の仮隊長に任命された。”
アスカ
「これは?」
ヒロミ
「伝記のようね、トゥーム=ストンリベルという人の」
アスカが、別の1冊を拾って、読んでみる。
そこには、このように書いてあった。
“彼らはもともと4人だったというけれども、ここには3人しか居ない。これは何かの状態異常攻撃だと考えて、ヒロミ=ドグブリードが守護霊を召喚した。これを見てオレは「ここで守護霊なんか召喚するんじゃねぇ!」と言ってやった。”
アスカ
「どういうこと?」
ヒロミ
「まるで、さっき起こったことが書かれているような」
そこで、最後まで読み進めると、このように書いてあった。
“それでオレは、床に3冊の本が落ちていることに気付いた。そのうちの1冊を開いてみると、それは討伐隊員Lという男の伝記のようだった。これを読んで、オレは確信した。オレには、仲間が居たのだ。討伐隊員Lという仲間が居たのだ。だが、どうしたことだろう。オレが読むと、読んだところが次々と蒸発していくではないか。待ってくれ、オレの仲間の記憶を、消さないでくれ! それでオレは思わず「アアアアアアアー!」と叫んでしまった。”
ここまで読むと、アスカが手にした本がシューと音を立てて蒸発した。
ヒロミが手にしたトゥーム=ストンリベルの伝記も蒸発した。
アスカとヒロミが、残る1冊を開いて読む。これも、いくつか重要ヵ所を読んでしまうと、シューと音を立てて蒸発してしまった。
間違いない。
アスカ・ヒロミ
「「私達は、攻撃されている」」




