トロルを誅滅して来い!
◆ 登場人物紹介
アスカ=ウィスタプラン
モデルは光明皇后で父親は藤原不比等、母親は県犬養三千代である。諱が安宿媛なので、この世界ではアスカ=ウィスタプランと名乗っている。好きな球団は阪神タイガース。コテコテの阪神ファンである。
ヒロミ=ドグブリード
モデルは県犬養広刀自。刀自という言葉は「女性」ということで、現代風に直せば「美」でしょうか。すると「広刀自」→「広美」となってヒロミとなる。好きな球団は読売ジャイアンツ。だからアスカとはウマが合わない。
オビト皇子
モデルは奈良に大仏を作った聖武天皇。諱が「首」なので、そのまんまオビト皇子です。好きな球団は広島なのだが、アスカとヒロミから「阪神と巨人のどっちが好きなの!」と問い詰められていて回答できなでいる。今回の章では登場しません。
◆ これまでのあらすじ
朝廷からフジワラ京周辺で暴れているというトロル退治を命じられたオビト皇子だったが、集合場所のテンプル・ハピネスには向かわずに逃げ出してしまう。一方、このトロル退治の勅命に陰謀を感じたアスカとヒロミは、オビトを追いかけてテンプル・ハピネスに向かうが……
オビト皇子が逃げた。
フジワラ京を騒がす巨鬼討伐隊の隊長は、我らが主人公のオビトである。
そのオビトが、隊をまとめる前に逃げ出したという話になっていた。
討伐隊のメンバーが、テンプル・ハピネスに集まっていた。
テンプル・ハピネスの塔の前に受付机が設けられ、討伐隊員名簿と照合しながら名前を記入する。その受付に並ぶ討伐隊員の数は、男女合計30人弱か。
討伐隊員名簿に名前がないアスカとヒロミは、受付を済ませたフリをして、さりげなく受付で自署を終えた討伐隊員の集団に加わった。
そこで、こんな会話があった。
隊員A
「皇子が来ないのでは、討伐に行く意味はないな」
隊員B
「やってられないよ。 せっかく討伐隊で手柄を立てようと思っていたのに」
隊員は、いずれも守護霊使いのようだった。隊長のオビトが来ないと聞かされて、不貞腐る者が多い。
隊員C
「むしろ皇子追跡隊にした方が良いのじゃないかな」
この発言を、アスカは聞き捨てできない。
アスカ
「ちょっと何よ! 『追跡隊』て! まるでオビトが重罪人みたいじゃない!」
隊員C
「重罪人『みたい』じゃないよ。 重罪人そのものじゃないか。 だって、皇子は勅命の巨鬼退治に従わないで逃げ出したんだろう? 律令に従えば死罪は間違いなし!」
アスカ
「死罪って! オビトは、これから一緒に巨鬼退治をしようという仲間でしょう? この隊のリーダーなんでしょう?」
隊員B
「仲間? リーダーだって? アハハ、冗談だろう? だって皇子は……」
そう隊員Bが言いかけたとき、その仲間と思われる隊員Cが、ガツンと彼の横腹を肘打ちした。余計なことはしゃべるなと、そういう合図のようだ。
その様子を冷めた目で見るアスカとヒロミであった。
女帝がオビトのことを嫌っていることは、アスカもヒロミも直感していた。そのオビトに対して女帝直々の巨鬼退治の命令なのだ。その命令の裏に何かあるとは、彼女たちも思っていた。
何をしようとしているかまでは予測もつかないが、集めた隊員に対してオビトの足を引っ張るように裏で手を引いていることぐらいは、あり得ないことではない。
そこへ――
女帝の使者がやってきた。討伐隊に、正式に巨鬼退治の指令を伝達する官だ。
官は、ホヅミ皇子だった。
皇子といっても、先の故カール帝の子ではない。カール帝の祖父にあたる、故アーム帝の皇子だ。故カール帝から見れば、叔父にあたる。
討伐隊の隊長となるオビトは、その集合場所のテンプル・ハピネスに来ていない。ホヅミ皇子は、その事実を、テンプル・ハピネスに到着して知らされた。
ホヅミ皇子
「オビトが来ておらぬのか! 何ということかっ!」
皇子は狼狽した。彼の役目は、ここテンプル・ハピネスに集まった討伐隊の前で、正式にオビトを隊長に命じ、「行って来い!」と号令をかけるだけのはずだった。ところがここに、肝心のオビトがいないので、何をどう采配すれば良いかが分からない。皇子は、不測の事態が起きたときに、臨機に応じられるだけの機転が効かない。
ホヅミ皇子
「して、ほ、ほかに、ここに来ていない者もいるのかっ!」
隊員D
「はっ、コウセイ皇子も未着でございます」
ホヅミ皇子
「何と! コウセイ皇子までとはっ。 副隊長のコウセイ皇子までっ。 聞、聞いてないぞっ! この討伐行、コウセイ皇子の補佐で遂行するという話ではなかったかっ」
隊員E
「おそれながらっ、コウセイ皇子は、逃げたオビト皇子を追いかけて、必ず『オビト皇子を連れてくる』と言っていたそうです」
ホヅミ皇子
「そ、そうか。 ならば安心だ。 何? コウセイ皇子は途中で討伐隊と合流するつもりでいると? それならば問題はあるまい。 ならば行けぃ! 討伐隊、これよりフジワラ京に向かい、見事巨鬼を誅滅して来い!」
ホヅミ皇子が集まった討伐隊の前で、2、3の状況を確認した後に号令をした。それは、決断をしたというより、女帝より命じられた巨鬼討伐命令の伝達を、とにかく成し遂げるという融通のない指令であった。
隊員F
「ふたたびおそれながら、現在、わが隊は、隊長のオビトも副隊長のコウセイ皇子もおりませぬ。 2人を除いて28人の小隊です。 われわれは、誰の指揮に従えばよろしいのでありましょうか?」
ホヅミ皇子「な、何? 隊長を任命せよと? はて、困った。 ここには隊長の予定のオビト皇子も、副隊長の予定のコウセイ皇子もおらぬ。 どうしたものか」
ホヅミ皇子が腕を組んで悩んでいると、キョウ=ボウメイクが静かに手を挙げた。オレを隊長に任命せよとの意思表示だ。ホヅミ皇子と、目を合わせた。
ホヅミ皇子
「ふうむ、ここで隊長は誰に任命しようか。 あ、お前は知っているぞ。 トゥーム=ストンリベル君。 君が良いだろう。 よし、決まった。 コウセイ皇子がオビトを連れて来るまで、トム君が、仮にこの隊の隊長を務めてくれたまえ」
トゥーム
「え、嫌です。 無理です。 私なんて。 コウセイ皇子について行って、一緒に手柄をあげて来いと言われて、この隊に入ったのです。 そのコウセイ皇子がいないのに、私なんかが隊を率いられるはずもありません」
トゥームはそう言って隊長になることを固辞したが、ホヅミ皇子は「そこは一族の誼でよろしく頼む」と言って聞き入れない。結局、皇族と貴族の身分の違いに押し切られ、討伐隊の仮隊長はトゥームが務めることとなった。
ホヅミ皇子は、なぜ、トゥームに目をつけたのか?
ホヅミ皇子の母親は、リボン家の者なのである。リボン家は後にストンリベルの姓を賜っている。つまり、ホヅミ皇子から見てトゥームは同族なので、信頼できるのである。
こうして討伐隊は、この日一日、フジワラ京へ出立する装備を確認し、翌日早朝、トゥーム仮隊長の号令で、南に向けて旅立った。




