それは確かに筍
オビトとヒロヨは、羅城門の妖怪を斃した後、信頼をおけるマシュー=クレイマスタの屋敷に身を寄せた。そのマシューの屋敷が盗賊団『朱屍党』に襲われたので、マシューの娘のマーモと、マシューが養育している王子のシラク(2歳)と姉のナーニャ(5歳)を連れて、秘密の抜け道を通って脱出した。
ところがその脱出した先で、盗賊団『朱屍党』の別動隊が待ち伏せしていた。オビトとヒロヨは、守護霊を召喚してこれに立ち向かうが、終にはマーモ、シラク、ナーニャを人質にとられてしまう。
人質を捕った、別動隊の1人が言う。
野盗A
「仲間を助けてオレ達に殺されるか、仲間を見棄てて逃げ出すか、選べ!」
レッグウィング
「お前たち、よくやった! これでオレ達の勝利確定!」
氷壁の上からヒロヨを見下ろすレッグウィング隊長が高笑いする。
ヒロヨ
「人質なんて、卑怯よ!」
レッグウィング
「おいおい、これは命を賭けた戦いなんだぜ。 お互い敗北があり得ない駆け引きじゃないか。 そういう戦いで卑怯もへったくれもあるものか」
マーモ、シラク、ナーニャが人質に取られた。
どうしようか?
オビトに一瞬の思考の間が生じた。
これがオビトの守護霊の動きをチョッピリだけ硬直させた。
一方の、オビトを襲う野盗の側は必死である。
守護霊使いでない野盗の手下たちは、オビトの守護霊を視ることができない。その視えない敵がいることを分かっての戦いである。相手に視えない敵がいるならば、こちらは数で対抗しようという作戦だ。
こうした野盗から守る守護霊の動きが止まった。その隙に、オビトは、野盗たちに身体を取り押さえてしまった。
レッグウィング隊長は、ヒロヨの目の前に築かれた氷壁の頂上にいる。これは、ヒロヨの守護霊、輝ける闘士『太陽の法衣』が放った水撃波を、レッグウィングの守護霊、純白の聖戦士『氷柱の聖女』が氷結させたものだ。
レッグウィング
「勝った。 お嬢ちゃんは今、オレの真下にいる。 お嬢ちゃんの守護霊がオレを攻撃する前に、オレのこの刀がお嬢ちゃんの首を刎ねることができる位置だ。 オレ達の目標であるオビトとかいう少年も捕えた」
オビト・ヒロヨ
「「……」」
レッグウィング
「おっと、おかしな動きをするんじゃねぇぞ。 ちょっとでも守護霊を動かしてみろ。 そこの連れの娘と幼児どもの首が胴体から離れることになるぜ」
恐怖――
シラクはまだ2歳、ナーニャは5歳である。その幼児の思考でも、見知らぬ野盗に囲まれた状況が恐ろしいものであることが分かる。
シラクとナーニャは、泣き出した。シラクは激しく、ナーニャは声も出せずに、泣き出した。
レッグウィング
「あーはっははは。 泣けぃ! 喚けぃ! おい! お前たち、まずはオビトとかいう少年からだ。 さっさと少年の首を刎ねてしまえ!」
野盗C
「はい!」
野盗たちは、オビトを地面に俯せにして取り押さえている。別の野盗がオビトの前に立ち、真剣を振り上げた。
シラクとナーニャの泣き声が、ますます大きなものになっていった。
抵抗しているのか?
泣いてどうなるというものではないが、大声で泣いて、野盗たちに必死の抵抗を示そうとしているのか?
泣いて、どうなるというものではないのだが、幼児たちにはそれが分からない?
その様子を見て、レッグウィング隊長は高笑いを続けるのみだ。「泣け!」「喚け!」と、サディスティックな勝利感に酔いしれている。ヒロヨの守護霊の水撃波を氷結させた、その氷壁の頂上である。
その氷壁が、突然、大きな音を立てて崩れた。
何だ? と思って立ち上がろうとすると、何やら地面が揺れているようだ。
地震か?
否――
何かが地面の下を這い回っているような感触だ。
シラクとナーニャの泣き声は、ますます大きくなる。
筍!?
それは確かに筍だ。
その地面から生まれる瞬間は筍だったのが、1秒もしないで青竹となり、高さ10メートルにもなろうとする。
そういう竹が、地面から、一度に、何百本と生えて来た。
レッグウィング
「なんじゃぁ! こりゃぁ!」
何が起こっているか、誰も理解できず。 レッグウィング隊長は、ただここで、オビトを採り逃してはいけないと直感した。
そのオビトを捕えた辺りに目を向けると、もう何十本もの青竹が生えていて、視界を塞ぐ。
オビトやマーモを捕えていた野盗の手もゆるむ。マーモは、その隙に拘束を解く。オビトは、その守護霊、漆黒の剣士『王の愛者』を駆使してシラクとナーニャを保護した。
ヒロヨは、オビトの側に駆け寄る。
レッグウィング
「待て! 待ちやがれ! 逃げるんじゃねぇ! お前たちっ、少年どもが逃げるぞ! 取り押さえろ!」
ところが野盗団は次々と生成される青竹の前に身動きが取れなくなっていく。太さ10センチはあろうかという青竹が密集して生成されるのだ。気が付けば、それぞれが青竹の牢獄に閉じ込められたような形となっている。
それはオビトたちも同じ態勢である。
否、違う点があるとすれば、オビトの『王の愛者』には、能力があった。
オビト
「霊刀!」
次々と生成され密集していく竹林の中、『王の愛者』が目の前の青竹を切り開き、道を作っていく。
これでオビトたちは、待ち伏せしていた盗賊団『朱屍党』の別動隊から逃げることができた。
逃げ切ったその先、小高い丘の上で、マーモは都の方角に目をやった。
闇夜、ナラ京の一角が明々と燃えていた。
マシュー=クレイマスタの屋敷があった辺りだ。
そこに何かを察したのか、マーモは「お父様」とだけつぶやいて、大粒の涙をひとつ流した。
続日本紀和銅4年2月26日の条には、従四位下の土師宿禰馬手が死んだとある。死因は、書かれていない。
筍は、シラクかナーニャの異能ですね。
そして、マシュー=クレイマスタのモデルは土師宿禰馬手です。
これで第5章まで完結です。面白いと思ってくれた方、ポイント、感想、ブックマーク、そしてレビューをぜひぜひ。




