ここでナガヤ親王が出て来る
羅城門の妖怪を退治したオビト皇子とヒロヨ皇女は、クレイマスタ家に駆けこんだ。
他の場所に行けないのは、オビトがフジワラ京の巨鬼退治から逃げ出したという命令違反を犯しているためだ。
この様子を、辻のかどから観察していた2人組の男がいた。
そのうちの1人が他方とめくばせをして、その場を離れる。
その行く先は――
アーム帝の長子、タケチ皇子の子、ナガヤ親王の屋敷である。
男は、ナガヤ親王が放っていた、オビトの動向を探る密偵であった。そして、オビトがクレイマスタ家の屋敷に入ったことを報告した。
ナガヤ親王がオビトの動向を探っていたのはなぜか?
これを説明する前に、現在の皇族関係を確認しよう。系図を書くと、下図のようになる。
この物語でもっとも重要な皇帝を挙げるとすれば、それは上図のアーム帝である。
アーム帝は、兄のオーム帝の次の皇帝である。先代のオーム帝の死後、オータムと皇位を争い、勝利して即位した皇帝である。
そのアーム帝の長男がタケチ皇子であり、タケチ皇子が次代の皇帝候補の筆頭とみられていたが、アーム帝の皇后のササラが問題をややこしくした。ササラは、自分の子のクサク皇子を皇帝としたかったようである。ところがクサクが若くして死亡したため、ササラはその子、自分にとっては孫の、カールを皇帝にしようと画策した。タケチはこれを面白く思わない。タケチは何かとカールが皇位に就くのを妨害した。そのタケチが後に死亡して、ようやくカールが即位できたというわけである。
そのカール帝も、在位10年にして死亡した。この場合、カール帝の子であるコウセイまたはオビトが次の皇帝として即位するのが通常だ。
ここでナガヤ親王が出て来る。
ナガヤ親王は、父親のタケチから、アーム帝の次の皇帝は自分でなければならないと、事あるごとに聞かされていた。それをササラ皇后が妨害して即位できないのだと、聞かされていた。
タケチが死んだとき、ナガヤ親王の潜在意識には、父親の遺志は自分が継ぐものと刻み込まれたようである。コウセイ派とオビト派をうまく戦わせて両方の権威を貶め、なんとか皇位をつかみ取る、そういう構想を練っていた。
そのための、密偵である。
その密偵から、巨鬼退治を命じられたオビトが、討伐チームの集合場所であるテンプル・ハピネスに向かわず、羅城門で妖怪と遭遇した上、クレイマスタ家に駆けこんだとの報告を受けた。
ナガヤ
「オビトは命令違反を犯したようだ。 憲兵を差し向け、逮捕してしまおうか」
ナガヤ親王は側近の者に訊いた。
側近
「それは、どうでしょうか。 確かに、まっすぐ巨鬼退治に向かわなかったオビトには命令違反の疑いがあります。 しかし、途中で羅城門に巣食う妖怪も退治したようです。 これは功績で、途中でクレイマスタ家に立ち寄ったぐらいで、処罰は難しいかもしれません」
ナガヤ
「では、どうしたらよいのだ?」
側近
「そもそも、オビトに巨鬼退治を命じたのは、|その途中で事故に遭ってもらうため《、、、、、、、、、、、、、、、、》ではなかったのですかな?」
ナガヤ
「確かにそうだ。 そう上申したら、陛下も喜ばれた」
側近
「そこでです。 ここナラ京は、まだ治安が完全に良いというわけではありません」
ナガヤ
「それはどうだろうか。 ここのところ、強盗などの犯罪はかなり減っているはずだが」
側近
「いいえ。 それは、親王様のように私兵を警護に配備できる屋敷の場合でございます。 そのような自衛をとれない下級貴族の家では、時々、押し込みなどの被害があるようです」
ナガヤ
「何が言いたい?」
側近
「オビト皇子が駆け込んだクレイマスタ家は、十分な私兵を雇えるほどの財力がないようです。 今夜あたり、夜盗に襲われることも考えられましょう」
ナガヤ
「なるほどね。 だが、クレイマスタ家の家長のマシューはそこそこの守護霊使いと聞く。 私兵なんか雇わなくても、1人で家を守るぐらいのことはできよう」
側近
「近頃の夜盗には守護霊使いも紛れていると聞きます」
ナガヤ
「例えば、どんな?」
ナガヤは身を乗り出した。
側近
「例えば、彼のような」
その密談の場に、一人の男が入って来た。名をヤスケという。側近が「行ってこい」と命じると、黄ばんだ歯を下品に見せてニヤリと笑い、出て行った。




