怪しいというのはあの羅城門の辺り
ヒロヨ皇女は、オビト皇子の幼馴染の一人でもある。ところが彼女は、出会ったオビトに、いきなり「成敗する」と言い放った。
幼馴染といっても、ヒロヨは、何かとオビトに嫌がらせをしてくる面倒くさい皇女であった。彼女が刺客として現れるというのも十分考えられるところであり、オビトは事をすぐに察して、とにかく逃げることにした。
朱雀大路を南に走る。その先に、羅城門がある。この新しい都の、南の玄関口だ。
門番だ。門番が2人いる。
門番が、羅城門の出入りを遠巻きに見ている。
オビトは背後を見た。
走り出したら、男女の体力差がものをいう。
追いかけて来るヒロヨ皇女の姿が、遠くに見えた。だいぶ差がついた。
あの羅城門を、このまま駆け抜けてみようか。
だが、それでは門番に不審がられないか。ヒロヨ1人ならば、このまま逃げ切れるかもしれない。だが、それに羅城門の門番も追手に加わると面倒だ。
それにしても、羅城門の門番の、挙動が不審だ。都を守る門の出入りを監視する役目のはずなのに、妙におどおどしていて、ときどき2人で互いに見つめ合っては不安げな視線をあちこちに向けている。
そういうことならば――羅城門の真下までたどり着いたオビトは一計を思案した。
ヒロヨ
「おのれオビト、逃げ足だけは速い奴め」
このように悪態を独り吐きながら、ヒロヨ皇女も羅城門のそばまでたどり着いた。
ヒロヨ
「やい門番、今、ここに、怪しい男が来なかったか!」
門番A
「そういえばさっき、門のそばまで駆けてきた少年がいた」
ヒロヨ
「ソイツだ。 ソイツは、どこに行ったか?」
門番A
「さぁ、気がついたら、何処かへ行ってしまったような……お前、見てなかったかい?」
門番B
「いや、俺も見ていない。 確かに冒険者風の少年が走ってきたのだが、あの羅城門の下あたりで、いつの間に消えていた」
ヒロヨ
「お前たち! ここ羅城門の門番だろう! 見ていないとはどういうことか! 何もしないで、この門を駆け抜けさせたのか!」
門番A
「とんでもない。 さすがに門を出ようとしたならば、ソイツが誰であるか、きっちり見分いたしやす。 オレたちも、そうしようとしたんでさぁ。 けれども、その少年、いつの間にか、消えていなくなってしまったんで」
ヒロヨ
「怪しいな」
門番B
「怪しいだなんて。 オレたちは嘘は言ってないでやんす」
ヒロヨ
「いや、怪しいというのは、あの羅城門の辺りよ。 ちょっと、調べてくるわ」
門番A
「ひょっとして、お嬢さん、あの羅城門の下をくぐるのですか?」
ヒロヨ
「そうだけど、何か?」
門番B
「そういうことなら、悪いことは言わねぇ、やめた方が良い。 近頃、あの門の2階に土蜘蛛だが何だか、恐ろしい妖怪が棲みついたという噂だ。 今では、誰も近づこうとせず、しまいには引き取り手のない死人をこの門へ持ってきて棄てていくような輩まで現れるんでさぁ。 だから、最近のオレたちの仕事は、門の出入りを見張るというより、そういう死体遺棄を止めさせることがメインになってるんですよ」
この2人の門番が、門番でありながら羅城門から距離を取り、遠巻きにこれを見守っていたというのは、妖怪が出るというこの門に恐怖していたためか。
オビトは、そういう門番の隙を突いて、近くに身を潜めたのだろう。
ヒロヨは2人の門番に礼を言い、1人で羅城門の辺りを調べることにした。
妖怪が出るといっても、別段怖いとは思わなかった。何かが襲ってきても、自分には守護霊、輝ける闘士『太陽の法衣』がある。
どこからともなく、カラスが集まっている。
何羽となく輪を描いて、高い羅城門の屋根の上を鳴きながら飛びまわっている。
カラスは、門の上にある死人の肉を、ついばみに来ているのか。
ヒロヨが羅城門の真下に来ると、幅の広い梯子があった。これを伝っていくと、門の楼の上に出ることができる。
この上が、ますます怪しい。
ヒロヨは、ヤモリのように足音をぬすんで、這うようにして、羅城門の梯子を、一番上の段まで上り詰めた。
するとそこに、紛れもなく、オビトがいた。




