ここで会ったが百年目!
早朝――まだ暗い、東の空がほんのりと明るくなりかけた頃。
オビトは1人、腰に陰陽2本の剣を佩いて、フヒト=ウィスタプランの屋敷を出た。
見送る者は、誰もいない。
朝、家人が目覚める前に、この屋敷を出発するようにと、フヒトから命じられていたのだ。
この屋敷に越してきて、まだ1年もない。だから家を出て行くのに未練もない。
問題はその行く先だ。
屋敷の南東、まずはテンプル・ハピネスに行けという。そこで、命じられた巨鬼退治の護衛と合流するように、という。
悪い予感しかしない。
誰が自分を守ってくれるのか、何も聞かされていない。
陛下が護衛を選抜するという。あの陛下だ。オビトのことを、息子の仇の如く忌み嫌っている、あの女帝だ。その彼女が選抜したメンバーは護衛という名の刺客かもしれない。
フヒトの邸宅を出て南に行くと、すぐに二条大路に出る。そこを左に曲がると、テンプル・ハピネスだ。
そこではどういう猛者が待っているか分からない、修羅の魔城だ。
とても、テンプル・ハピネスに向かう気になれない。
震える足が、まっすぐ進む。行く手を、川が阻む。どうしても左折する気になれないオビトは、目の前に川があることを心の言い訳に、川沿いにトボトボと南下していった。
ついに都の中心を南北に走る朱雀大路にまで来てしまった。
川は、この朱雀大路を横切り、その上に橋がかけられている。
命を賭けさせられて、逃げるようにここまで来てしまった。
その緊張に疲れ果てたオビトは、ついに橋の袂のベンチに腰かけた。うな垂れる。
× × ×
その頃、ストンリベル邸――
ヒロヨ皇女が、勢いよく屋敷を飛び出した。
兄のコウセイ皇子に代わり、巨鬼退治に出かけたオビトと決闘するためだ。
目指すは、巨鬼退治の護衛の集合場所というテンプル・ハピネスだ。
オビトよりも早く集合場所に行き、他の護衛に話をつけて、その場でオビトを袋叩きにしてしまう、そういう算段だ。
母親のトネ=ストンリベルの言うところでは、護衛というのは名ばかりで、実際は旅の途中でオビトを亡き者にしようという刺客たちなのだ。
だから、その護衛に合流すれば、一緒にオビトをやっつけてくれるはずだ。
そう考えていたヒロヨだったが、そこにひとつの誤算があった。
ヒロヨは、方向音痴だった。
都は、碁盤目状に道路が縦横に走っていて、どこにいても似たような景色となる。まっすぐテンプル・コーフクに向かっているつもりが、いつの間にか道に迷ってしまった。
これは参った――
どこに向かえばテンプル・ハピネスにたどり着けるのか。
散々都中を歩き回った挙句、ついには疲労困憊、自分が朱雀大路を南下していることにも気づかず、ついには川を横切るその橋の袂、そこにあったベンチに腰をかけて休みをとった。
うな垂れる。
× × ×
ため息。
オビト・ヒロヨ
「「早く、テンプル・ハピネスに行かないと……」」
2人はこのとき、ベンチの隣に他人がいることに、初めて気が付いた。
オビトは、精神的な疲労で、周りが見えていなかった。
ヒロヨは、都を彷徨い歩いた疲労で、周りが見えていなかった。
ヒロヨが悲鳴をあげた。
釣られてオビトも悲鳴をあげた。
ヒロヨから見たら、これからぶちのめそうという相手が、いつの間にか隣に座っているのである。
途方に暮れていたオビトから見たら、いきなり現れたヒロヨは、不審者以外の何者でもない。
けれどもすぐに落ち着いて、声をかけた。
オビト
「ヒロヨさん、こんなところでどうしたの?」
ヒロヨ
「そ、それは……ええい! ここで会ったが百年目! 今こそここで、お前を成敗してくれる!」
まさかヒロヨが刺客の第一号とは!
オビトは、ここは三十六計逃げるに如かずと、一目散に駆け出した。
ヒロヨ
「待ちなさいっ!」
ヒロヨは、逃げるオビトを追いかけた。




