あの弱虫オビトをぶっ倒してしまえばいいんでしょ
第3章開始です。
3人目のヒロイン登場回です。
ストンリベル邸――
先代の、今は亡きカール帝の遺児、コウセイ皇子とヒロヨ皇女が住む屋敷である。
母親のトネ=ストンリベルが、息子のコウセイを呼び出した。
トネ
「ウィスタプラン家のオビトに、フジワラ京の巨鬼退治の勅が出たそうだ」
コウセイ
「なんですって? ムチャだ。 オビトはまだ14歳、彼に巨鬼退治を命じるなんて、『死んでこい』と言うようなものです」
トネ
「そうだ、そういうことだ。 それで、だ。 これはオビト1人では難しい仕事だろう。 だから、護衛を何人かつけることになった。 その向かわせる護衛の中には、コウセイ、お前の名前も加わりそうだ。 行ってくれるかい?」
コウセイ
「それは、文字通り、護衛とうかがって、よろしいのですか?」
トネ
「さすがコウセイ、察しが良いねぇ」
母親のトネが嫌味な笑みを浮かべる。
コウセイ
「そういうことなら――行きません!」
コウセイは、母親のトネの指示をきっぱり断った。
オビトは、自分にとって可愛い弟分のようなものである。フジワラ京の巨鬼退治という危険な任務、できることならオビトのことを助けてやりたい。
だが、この話には、ウラがありそうだ。
この巨鬼退治の勅は、常識線ではオビトを養育するフヒト=ウィスタプランがもってきた任務だ。ならばオビトの護衛も、フヒト自身が手配するべきだ。ところが、決してウィスタプラン家とは相性が良いとはいえない、ストンリベル家に護衛が命じられるとは、どういうことか?
トネ
「コウセイ――これはチャンスなのですよ」
コウセイ
「チャンスとは――オビトを蹴落とすことですか?」
トネ
「分かってるじゃないか。 オビトの護衛につきながら、道中でその足を引っ張って、これを亡き者にする。 そこで帰って来るもよし。 お前に自信があるならば、お前の守護霊、蒼き竜騎士『空飛ぶイルカ』で巨鬼を退治してしまうも良し」
コウセイ
「そういうことだろうと思いました。 だから、行きたくないのです」
トネ
「どうして! あのオビトが邪魔だと思わないのかい?」
コウセイ
「思いません!」
トネ
「まさかお前、わがストンリベル家の血があれば、それだけで次の皇帝になれるとでも思っているのかい? あのフヒト=ウィスタプランは油断のならない男だよ。 いかにオビトが陛下から嫌われているとはいえ、いつ、どこで、あの男がオビトを利用するか分からない。 だからこれはチャンスなんだ。 あのオビトを葬ってしまうチャンスなんだ。 それともお前さん、皇位を継ぐ気はないのかい?」
コウセイ
「私だって父さんの子、長男です。 いずれ皇位を継がなければならないとは思っています。 だからこそ、です。 弟一人守れなくて、どうして皇帝になる資格があるといえましょうか。 私はむしろ、危険な巨鬼退治を命じられたオビトを、何とか守ってやりたいと思っているのです」
トネ
「あぁ、なんという軽薄、小義。 その甘さが、いつか讐となって返って来るかもしれないのに」
そういう母親の言には耳を貸さず、コウセイは不機嫌に部屋を出ていった。
その話を、妹のヒロヨが、部屋の外から盗み聞きしていた。
ヒロヨ
「ママ、今の話、聞いたわよ」
トネ
「なんだい、盗み聞きしてたのかい? 行儀が悪い」
そういう注意もお構いなしに、ヒロヨが続ける。
ヒロヨ
「さっきの、オビトの護衛の話、私が行こうかい?」
トネ
「ダメだよ。 これは簡単な仕事じゃないんだ。 しくじれば、アンタの方が危ないよ」
ヒロヨ
「いや、どこか人目のつかないところで、あの弱虫オビトをぶっ倒してしまえばいいんでしょ? 私だって守護霊使いなのよ。 ちょっと、行ってくるわ」
そう言って、ヒロヨは、止める母親の言葉を無視して、さっと駆け出してしまった。
これは大変なことになった――
トネは、娘のヒロヨの実力を信用していない。巨鬼退治という危険な任務に立ち会わせるのだ。オビトの妨害ぐらいはできるだろうが、コウセイぐらい強力な守護霊でないと、命を落としてしまうかもしれない。
トネは、やむを得ず、もう一度、コウセイを呼んだ。
コウセイ
「何だい、母さん。 さっきの話ならば、断ったはずだろう」
トネ
「いや、今度は違う話だよ。 ヒロヨを止めておくれ。 あいつが、お前の代わりにオビトを始末すると言って、出て行ってしまったんだよ」
そう聞かされて「これは大変!」と、コウセイも急いで身支度をして、ストンリベル邸を飛び出した。




