それをしてはいけない!
本話では残酷シーンがあります
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夜明け前の闇の中から、戦うコウセイ皇子と巨鬼の前、1人の少女が現れた。
コウセイの妹の、ヒロヨ皇女であった。
なんとしてでも兄に勝たせたい――
その一心で巨鬼の目の前に立ってすぐにその真名を唱えたのである。
自信なんてなかった。
オビトは巨鬼の真名が『手研』と言っていた。ハイランチ古墳群の最大の古墳の奥で『手研』の名を刻んだ鉄剣を見つけたというのだ。
兄のコウセイは巨鬼はその古墳の主であると疑わないが、その根拠はヒロヨには分からない。
だから、ヒロヨはオビトの知見と兄の直感を信じるしかなかった。
見上げると、兄のコウセイが巨鬼の両手で掴まれて、握りつぶされようとしていた。
こうなれば一か八かである。
ヒロヨが『手研』と叫んだところ、巨鬼がオォォォとうめき声をあげた。
そして、コウセイをつかむ巨鬼の両手が、手首からポロリと地面に落ちた。
その落ちる両手の中から、コウセイが蒼き竜騎士『空飛ぶイルカ』とともに飛び出してくる。
『空飛ぶイルカ』が手にした槍を振り回すと、巨鬼が数十の肉片に切り刻まれた。
シャーキン
「小僧ッ!」
巨鬼は、シャーキンが見つけた孤児の少年にハイランチ古墳群の御霊を憑依させたものであった。だから、巨鬼が切り刻まれたといっても、それは憑依した御霊が切り刻まれただけで本体の小僧は無事である。
無事、といってもそれは身体上の話である。守護霊が傷つくと、それは守護霊使いの魂も傷つく。御魂が切り刻まれた名も無き少年は、その魂が回復不能に細切れとなってしまい、廃人同然となった。
ただし、巨鬼の霊力に圧倒された少年の魂は、元々その御霊に乗っ取られていたところではあったが。
コウセイは、その少年の身体に巨鬼の御魂の残滓を見た。
コウセイ
「ふむ……こうしてみると手応えの無い獲物であった。 だが、これだけフジワラ京を騒がせた妖怪の御魂なのだ。 このまま風化させてしまうのも勿体ないな」
そう言って、コウセイは倒れる少年の手をとった。
シャーキン
「貴様、何をする気だ?」
少年は、シャーキンの守護霊の能力によって支配されていた。こういうわけでシャーキンにとって少年は、ただの奴隷あるいは人形のような存在に過ぎないのであるが、しばらく一緒に行動していると愛着もわく。その少年をコウセイが手懸けようとしているので、これを助けてやりたいとの本能が働いたのだ。
だが、その本能を仲間のベンセイが咎めた。
ベンセイ
「シャーキン、何をしている? 巨鬼がやられたのだ。 ここは逃げるしかあるまい」
シャーキン
「しかし、これまで一緒に戦ってきた小僧を見捨てるのかい?」
ベンセイ
「状況による。 見よ、あのコウセイの荒ぶれ様をッ! 下手に近づけば巻き添えを食うぞ」
そう言って、シャーキンの手を引いて、その場を撤退するのだった。
コウセイの方は、逃げるシャーキンとベンセイのことは無視して、ただ少年の手をとって眺めるのみである。
ヒロヨ
「兄さん……?」
その姿は、遠目には、コウセイが少年の手にキスをしているように見えた。
だが、その場に居合わせたオットー=ハイストンは、その光景を直視できずに口元を押さえて目を背けた。
オットーとともに戦っていたゲン=アルクソウドは叫んだ。
ゲン
「皇子ッ! それはいけない! それをしてはいけない!」
食べている――
コウセイが、巨鬼であった少年の手を食べている。
その奇行を止めさせようとヒロヨが兄のコウセイに近づくが、兄の方は「ウルサイ!」と叫んで妹を突き飛ばす。少年を食して、巨鬼の霊力をその身に宿そうというのだ。
ゲン
「ヒロヨ皇女、いったいコウセイ皇子はどうしてしまったのですか? 普段の皇子の振る舞いとは思えない」
ヒロヨ
「御魂です。 巨鬼に対抗しようと古墳ウィステリアの御魂の加護を得ました。 ところがその加護、霊力が強すぎたため、かえってお兄様の魂が御魂に憑かれることになったのです」
そこへ、ハイストン邸でゼンチィに打ち勝って切ったオビトとその仲間が駆けつけてきた。
ヒロヨは、駆けつけた仲間に対して「見ないでッ!」と必死にコウセイを庇うが、少女一人の身体では、到底、兄のコウセイの所業を覆い隠すことはできない。
アスカとヒロミは血まみれとなったコウセイの身体を見て悲鳴をあげた。
コウセイに殺気を感じたキョウは六叉の鉾を抜いて身構えた。
そしてオビトは……自分が何を見ているのか、しばらく分からなかった。そしてコウセイの言葉を思い出した。
私は必ずフジワラ京の巨鬼を斃すだろう――しかしその後は私は私でなくなっているだろう――だからその時は、まずは御魂の真名を唱えておくれ――




