ここでオビトを殺したらどうなっても知らないよ
オビトとオッグ=アイランダーとの戦いは、自在に辰砂腕を操るオッグの勝利に終わりそうだ。
アスカ
「アンタたちッ! ここでオビトを殺したら、どうなっても知らないよッ!」
オッグがオビトにトドメを刺そうとしたとき、オッグに縛り上げられていたアスカが猿轡を外し、叫んだ。
オッグは「うるさいッ!」と言って、アスカを縛る紫色の勇者『覇王の長子』の辰砂腕・左腕を引っ張った。
アスカを、オビトの前に放り投げる。
オッグ
「お前はこうして、わが守護霊の辰砂腕に縛り上げられている。 そんな状態で、何ができる?」
マーモ
「そうよ。 悪いことは言わないわ。 貴方たちに勝ち目はないの。 だから、ここは大人しく降参して逃げてちょうだい」
マーモ=クレイマスタは、今は訳あってオッグに味方している。
アスカ
「そうかもしれないわね。 でもね、ここでオビトを殺すことは、アンタたちにとって損失よ」
オッグ
「あぁ? 損失だって? こんなガキがオレたちに味方でもするのか?」
ここでオビトが、アスカを守ろうと前に出ようとする。しかしアスカは「アンタは引っ込んでなさい!」と一括。
アスカ
「アンタたちは、あそこのゼンチィとかいう仲間を助けたいのでしょう?」
アスカは、オッグとマーモの会話を盗み聞きしていて、フジワラ京に火を放っている守護霊の術者がゼンチィという名の少年だということ、そのゼンチィがスティッグレイブ古墳の主の御霊に魂を奪われ自我を失っていること、そしてオッグとマーモがこのゼンチィの自我を取り戻したいと思っていることなどを知っていた。
そこでアスカがゼンチィの名を口にしたとき、オッグはアスカの頬を平手打ちして、その胸ぐらをつかんだ。
捕虜にしたアスカの口から仲間の「ゼンチィ」の名前が出て、本能的に頭に血が登ってしまったのである。
これをオビトが陰陽剣を振るって助けようとするのだが、それはオッグの守護霊『覇王の長子』の辰砂腕に防がれてしまった。
マーモ
「オッグさん! 乱暴は止めて。 アスカは嘘を言うような娘じゃないわ。 話を聞いてみましょう」
オッグ
「……よしッ」
オッグは、アスカの胸ぐらを掴んだまま、「話せ」と言った。
アスカ
「あなたの仲間のゼンチィ君は、スティッグレイブ古墳の主の御霊に魂を乗っ取られているのでしょう?」
オッグ
「そうだ。 だが、完全に身体を奪われたわけじゃない。 ゼンチィの魂は、必ず取り戻す」
アスカ
「取り戻すって、どうやるの? 見なさい、この燃えるフジワラ京の業火は、すべてゼンチィ君の守護霊が生み出したものでしょう? 恐ろしい霊力よ。 この霊気を鎮めてゼンチィ君の魂を取り戻すのは、そう簡単なことではないわ」
オッグ
「真名を探す。 真名を唱えれば守護霊の霊気は減衰する。 その機に乗じて、ゼンチィの魂を取り戻す」
アスカ
「オビトなら、その真名を言い当てられるとしたら?」
オッグ
「何だと?」
マーモ
「オッグさん。 確かに、オビト様は都でも王統譜に詳しいと聞きます。 アスカさんの言うことも、あるいはあり得るかと……」
すると今度は、アスカから手を放して、陰陽剣を守護霊に防がれて戦意を喪失しているオビトの胸ぐらをつかんだ。
オッグ
「やい、貴様にアレの真名が分かるのか?」
スティッグレイブ古墳――
何だ?
聞いたこともない古墳の名だ。
アスカ
「オビトなら分かるでしょう? スティッグレイブ古墳よ。 昼は人が造り、夜は神が造ったという伝説が残る古墳よ」
その伝説ならば聞いたことがある。
『箸墓古墳』のことかな?
オビトは、前世は歴史オタクの中学生であった。その頃の記憶がかすかに残っている。
『箸墓古墳』ならば、その被葬者は倭迹迹日百襲姫命だ。
だが、この世界では、人の名前が微妙に違っている。
果たして、古墳の主は倭迹迹日百襲姫命で間違いないだろうか?
オビト
「心当たりは……あります」
オッグ
「ほう、ならばその名を教えてくれまいか。 教えてくれたら……」
オッグがオビトと交渉を始めようとしたとき、アスカが「止めなさい」といって介入してきた。
アスカ
「オビト、そこで名前を教えてしまったら、あなたはここで用済み、この男に殺されてしまうわ」
オッグ
「ちッ、余計な事を……」
アスカ
「それよりも、オッグさんとかいう方、私たちの方こそ信用してくれないかしら」
オッグ
「どうして敵が信用できる?」
アスカ
「私たちは、このフジワラ京に火を放っている、ゼンチィ君の守護霊を倒さなければならないの。 だから、私たちが、ここから逃げ出すことはないわ。 そしてオビトが彼と戦って、その守護霊の真名を唱え、その霊力が弱くなったところでゼンチィ君の魂を取り戻す、そういう段取りはどうかしら?」
この話を聞いて、オッグはしばらく考える。
目の前の少年に、賭けてみるか?
マーモ
「そこのオビト皇子は臆病者で、アスカは向こう見ずで考えの足りない少女です。 放っておいても、私たちの敵になる者たちではないと思いますが」
オッグ
「しかし、オビトの血は問題だ。 コイツはアームの血を受け継いでいる。 できることなら、ここで抹殺しておきたい」
マーモ
「この2人を殺すことは、いつでもできることです。 それよりも、ゼンチィの魂を救える可能性があるなら、まずはやらせてみてはどうでしょうか」
オビトとアスカはいつでも殺せる、このマーモの言葉がオッグを動かした。ゼンチィを助けたいという気持ちが、オビトを利用してみたいという意識に変化した。
そして、アスカを縛る『覇王の長子』の辰砂腕を解き、彼女を解放した。オビトに対しても「行け」という。
オッグから解放されたオビトとアスカは、お互い手を取り合って、フジワラ京のさらに奥に向かっていった。




