できることならここから遠くに逃げ出したいさ
オッグ=アイランダーの守護霊、紫色の勇者『覇王の長子』が辰砂腕を発動する。『覇王の長子』が右手を差し出すと、これが流体金属のように変形し、1本の槍となってオビトの身体を襲う。
これを、オビトの守護霊、漆黒の剣士『王の愛者』の霊刀が弾き返す。霊刀は、プラズマ状の発光体を発現させて敵を切り刻む『王の愛者』の能力だ。
『覇王の長子』の辰砂腕と『王の愛者』の霊刀の打ち合いとなる。その数30合は超えようか。
左手でアスカを縛り上げている『覇王の長子』は右手1本で戦っている。これに対し『王の愛者』は両手に霊刀を構える二刀流である。
能力の打ち合いはオビトの『王の愛者』の方が優勢に見えるが、それでもオッグの表情には余裕を感じさせる。
オッグ
「貴様の守護霊は、なかなか個性的だな。 この霊感、ヤマトのものとも思えぬ。 震旦のものとも違うようだ」
オビトは、このオッグの語りかけを、守護霊への集中力を逸らす策略とみた。
眼の前で、親友のアスカが縛られているのだ。ここで気を抜けば、アスカが殺されてしまう。
その思いから、オビトは自分が戦闘に集中していることに気付かないほど、集中しているのである。だから、オッグの語りかけも耳に入らない。
オビトの『王の愛者』が、『覇王の長子』の辰砂腕を押し切って、しだいに間合いを詰めていく。
あと一歩――あと一歩を踏み出せば、霊刀で『覇王の長子』を斬り伏せることができる。
オッグ、ニヤリ。
『覇王の長子』の額から一本の角が突然生えて、これが『王の愛者』の右肩を貫いた。
術者と守護霊とは特殊な霊気で連携している。このため、守護霊がダメージを受けると術者も衝撃を受ける。このため『王の愛者』が右肩を貫かれたことで、オビトも右肩に蜂に刺されたような衝撃を感じた。
オビト
「ま……まさか……」
オッグ
「オビト君、君はまさか本当に辰砂腕が2本しか仕えないと思っていたのかい。 辰砂腕は、身体を流体金属のように変形する能力なんだ。 腕を変形させるのがもっとも手軽で操作しやすいのだが、ちょっと集中すれば、こうやって角を生やすこともできるんだ」
勝てると思っていた――
そのオビトの自信が揺らぎ始める。
そのオビトの動揺を見逃さず、オッグが続ける。
オッグ
「生やすことができるのは、角だけではない。 集中力を高めて……こうすれば……」
『覇王の長子』の背中から、1本、2本と新たな腕が生成していく。
オッグ
「そして、覚悟を決めよッ! トドメだッ!」
10本はあろうか、『覇王の長子』の辰砂腕が一斉に『王の愛者』を襲う。最初の数本は霊刀で弾き返すことができた。だが、迫る辰砂腕の数が多すぎるのだ。一発攻撃を受けてしまうと、そこでスキが生まれて、次の攻撃を回避できなくなる。『王の愛者』はその後の攻撃をすべて受けてしまい、背後に大きく吹き飛ばされた。
オッグ
「ふぅ。 これほど多くの辰砂腕を操るというのでは攻撃力が落ちるが、十分なダメージは与えられたようだな」
『覇王の長子』が一歩ずつ、倒れる『王の愛者』に近づいていく。『王の愛者』が消失する。
オッグ
「守護霊を解放したか。 賢明な判断だな。 このまま戦闘を続ければ、オレは貴様を殺さなくてはならなくなる」
今度は、オッグが、守護霊を傷つけられ、全身にダメージを負ったオビトに一歩ずつ近づいていく。
オッグ
「守護霊を解放すれば、自分の身体を守る術がなくなる。 つまり、守護霊の解放は降伏を意味する。 そういう解釈で、よろしかったかな?」
オビト
「……」
オッグ
「どうした? なぜ黙ってる? まぁ、オレにとっては答えはどちらでも良いのだが」
オッグが、さらにオビトに近づいた。
今こそと、オビトが腰に履いた陰陽剣の1を抜いた。
だが、剣は虚しく空を斬る。
オッグは、オビトが生身で攻撃を仕掛けてくるかもしれないことを予測していたのだ。ゆえに、回避も容易である。
オッグ
「良い度胸をしている。 ここに来て、なおこのオレ様と戦おうとは。 やはり、この場で死んでもらうしかないようだな」
マーモ
「やめて!」
オビトに殺意を見せるオッグを、同行のマーモ=クレイマスタが止めようとする。
オッグ
「ダメだ、コイツはここで殺すしかない。 見ろ、まだ剣を手にとって、今もこのオレを殺そうとしている」
マーモ
「オビト様、ダメです。 ここはこらえてください。 貴方の霊力では、オッグさんの守護霊には敵いません。 今すぐ降参して、ここから逃げてください」
だが、オビトは両手に陰陽1本ずつの剣を握り、オッグを睨み返している。
逃げろだって?
あぁ、逃げたいさ。
できることなら、ここから遠くに逃げ出したいさ。
でも、逃げるといっても、どこに逃げれば良いんだ?
しかも、アスカが見ているんだ。
アスカを置いて逃げるなんて、あまりにも格好悪い。
そうやって、逃げたい気持ちと戦いながら、やっとの思いで立ち上がったオビトに対し、アスカが叫んだ。
アスカは猿轡をされていたのだが、戦うオビトの姿を見てこれを助けようともがいているうちに、やっと猿轡だけ自力で外すことができたのだ。
アスカ
「アンタたちッ! ここでオビトを殺したら、どうなっても知らないよッ!」




