アスカを今すぐここで放すんだ
次から次へと金属鞭がオビトを襲う。
そのオビトは守護霊、漆黒の剣士『王の愛者』を召喚し、霊刀で弾き防いでいく。
夜の暗闇の中から、徐々に金属鞭の主の姿が浮き出てくる。
それは、オッグの守護霊、紫色の勇者『覇王の長子』であった。
オッグ
「なかなか良い反応をするようになった。 貴様と会うのはこれで何度目だい、オビト君?」
オビト
「3度目ではないでしょうか。 マーモさんが、『も』と言ったのです。 それで、何かあると警戒していました」
オッグ
「そのココロは?」
オビト
「マーモさんは、『アスカも無事』と言ったのです。 『も』と。 僕は、アスカがここに来ているとは知らなかった。 僕と一緒にナラの都を出たマーモさんもそれは知らなかったはず。 それがいつの間にか、アスカがここに来ていることになっているんです。 僕の知らない情報を知っているようなのです。 だから、その裏には何かあるのではないかと警戒しました」
オッグ
「なるほどね」
オビト
「アスカはここに来ているの? 無事というのはどういうことですか?」
オッグ
「無事というのは、こういうことさ」
オッグの守護霊『覇王の長子』がグイと左手から伸びる辰砂腕を引っ張った。辰砂腕は守護霊の身体の一部を水銀のような液状金属とし、自由に形状と硬度を変えることができる能力だ。
ロープののように延びた辰砂腕のその先から、グルグルと縛り上げられたアスカが闇の中から現れた。
猿轡を噛まされて、ウーウーと呻いている、あるいは唸っている。
そしてオッグは、『覇王の長子』の右手を振るい、辰砂腕でオビトを攻撃した。
これを見て、マーモが叫ぶ。
マーモ
「止めて、オッグさん! ナーニャとシラクを連れ出せたら、オビトは殺さない約束でしょ」
オッグ
「だがそれは、オビト君がここから素直に逃げ出してくれたらの話だよ。 オビト君があくまでも我々と戦うというのであれば、その限りではない」
ナーニャとシラクを連れ出したら? どういうことだ?
オビトは、マーモとオッグの会話から、眼の前で何が起こっているのか、必死で推理しようとする。だが、真相が見えない。
そこでマーモがオビトに顔を向ける。
マーモ
「そういうことです、オビト様。 ここで逃げなければ殺されてしまいます。 どうか、ここから逃げてください」
そうか――逃げればよいのか――そうすれば怖い思いをしないですむ――
オビトの気持ちが揺れる。
そのオビトを、縛り上げられたアスカが必死の眼を向ける。
ここで逃げたら、アスカはどうなる?
マーモ
「アスカさんのことなら心配ないわ。 こちらの作戦が完了したら、解放するの。 それまでは、無事よ」
そんなにうまくいくのだろうか?
彼らがどのような作戦を考えているかは分からない。
だが、問題はアスカの気性なのだ。彼らの作戦が完了して解放されたアスカは、どう行動するだろう? 1人彼らと戦うのではないか? 味方が誰もいない中……ただ1人で……
それでも僕は、本当に逃げて良いのだろうか?
オビトは、逃げる決断をできないでいる。
逃げるほかに、方法はないか?
マーモが抱きしめるナーニャとシラクの幼姉弟の顔が険しくなる。周囲の地面が、微かにモコモコと揺れ始めた。
オビト
「ナーニャちゃん、シラクちゃん、竹は、竹はダメだ。 こらえてッ!」
天性の守護霊使いの素質があるのであろう。ナーニャとシラクは、大量の竹を一瞬で生成する能力を持っている。だが、ここでその能力を発動されてしまうと、オビトが敵と分断されて、アスカを助けることができなくなってしまう。だから「竹はダメ」と伝えたのだ。
そのオビトの意思を察してくれたのか、マーモの腕の中でナーニャとシラクが落ち着きを取り戻す。幼姉弟には、大人の会話は理解できない。だから、慣れ親しんだマーモの腕の中にいたら、それだけで安心するのだ。
その様子を見たオビトは、「よし、いい子ッ!」とナーニャとシラクに合図を送った。
これをスキと見たか、オッグが『覇王の長子』の辰砂腕を飛ばしてくる。だが、オビトの『王の愛者』の剣技はそれを上回る。霊刀が辰砂腕を弾き返す。
オビトが、オッグの両眼をじっと睨む。戦う男の眼となった。
オッグ
「ほう、このオレと、勝負するというのかい?」
オビト
「アスカをいますぐここで放すんだッ! 貴方は片手でアスカを縛っているから放てる攻撃は1手のみ。 こちらは両手ッ!」
『王の愛者』が両手を広げ、2本の霊刀を発現させて、二刀流の構えとなった。




