そこはもう私たち子どもが行って良い場所じゃないわ
幼馴染のオビトが、巨鬼退治を命じられて、出ていってしまった。
追いかけて、呼び止めよう。
そう思って出かけようとしたアスカだったが、逆にフヒト=ウィスタプラン(父)とミチヨ=マンダリナ(母)に見咎められ、ハダカにされてフヒト邸一角にあるサウナ棟に閉じ込められた。
アスカは、ハダカにされたぐらいで怯むような女子ではない。見張りがいなくなったのを確認し、サウナ棟の入口ドアを、そおっと開けて、外に出ようとした。
???
「アスカ様」
突然した男の声にギョッとする。フヒト邸の執事のイノテ=ウェストマンだ。イノテは、サウナ棟の入口ドアの外、気配を消して、じっと立っていた。
イノテ
「その恰好で、行かれるおつもりかな?」
アスカ
「お願い、イノテ。 見逃して!」
イノテ
「アスカ様なら、そのように言うと思っておりました。 服を用意しましたので、せめて、着替えてからお出かけになってください」
イノテは、ドアの外から、中にいるアスカに、服一式を手渡した。
アスカ
「ありがとう。 でも、このことは――」
イノテ
「分かっております。 家の者には黙っておきます。 それと、こちらもお忘れにならないように」
次いでイノテが手渡したのは、アスカ愛用の五鈷金剛杵だ。これは、アスカが守護霊を召喚するために必要な道具だ。この先、どのような危険が待っているか分からない。守護霊召喚の準備ぐらいはしておいた方が良い。
余談ながらアスカの守護霊は仏式である。仏式であれば、相性の良い仏具と相応の修練で、誰でもトーテムを召喚できるようになるという。もっともこの修練は、通常人ならば5年がかかると言われている。それをアスカは、1年足らずの修練で守護霊を召喚できるようになった。その道の、天才と言ってよい。
急いで身なりを整えたアスカは、もう一度イノテに礼を言う。そして駆け出す。
向かうその先は、フヒト邸の外かと思いきや、別の場所である。
アスカには、竹馬の友があった。母方の従姉妹の、ヒロミ=ドグブリードである。
向かう先はそのヒロミの部屋。ノックもせずに、部屋に入る。
このような闖入は、親友のいつものことである。しかし読書を中断されて面白くない。ヒロミは「ノックぐらいしなさいよ」と、アスカをたしなめた。
アスカ
「それどころではないのよ。 大変なことになっているわ」
ヒロミ
「落ち着いて。 まずは、ゆっくり話してちょうだい」
アスカ
「このままでは、オビトが殺されるわ」
アスカは、オビトが、フジワラ京の巨鬼退治を命じられたことを説明した。フジワラ京では、今や無数のさまよえる悪鬼がいる。それは、昨年までフジワラ京で暮らしていた2人のよく知るところであった。これに対しオビトは守護霊能力を発現したばかり。安易に潜入すれば、たちまち返り討ちに遭うだろう。
ヒロミ
「それで、どうするの?」
アスカ
「どうするって、当然じゃない。 オビトを追いかけて、危ないことはやめようと、連れ戻すのよ!」
アスカが突然もちかけた冒険の誘い、ヒロミは半ば嘲笑をこめた微笑みをたたえ、これを断る。
ヒロミ
「助けに行くって、アスカ、あなた正気なの? フジワラ京はS級妖怪がいくつも跋扈しているところ。 そこはもう、私たち子どもが行って良い場所じゃないわ」
アスカ
「子どもが行って良い場所じゃないですって? 同じ子どものオビトが危ない目に遭おうとしているのよ! 私たち、終生皇子を助けていこうと誓いあった仲じゃない。 今こそ、オビトを助けに行くときじゃないかしらっ!」
ヒロミ
「どうしてアスカはそこまで浅はかなのかしら。 まさか女帝は、オビト1人に巨鬼退治をさせるわけではないのでしょう?」
アスカ
「そうね。 テンプル・ハピネスで、オビトの護衛が待っていると聞いたわ」
ヒロミ
「だったら安心じゃない。 やはり、私たち子供の出る幕ではないわ」
アスカはお転婆で考えもなしに行動するところがある。これに対してヒロミは思慮に優れ、子どもながらドグブリード家の中では一目置かれている。このため、2人の言い合いで話が理になってくると、アスカはヒロミに頭が上がらなくなる。これがこの少女たちの、いつもの構図だ。
出ばなをくじかれたので、アスカはすっかりしょ気てしまった。ヒロミは、気の毒になって、唐菓子を出してやった。が、アスカは「要らないっ!」と言い捨てて、不機嫌な顔をしてヒロミの部屋を出て行った。1人となっても、オビトを救い出そうと肚を決めたのである。
このエピソードでは三国志のオマージュがあります。
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