納得がいかない
マール=ハイストンの邸宅――
ナラの都への遷都の後、ここフジワラ京の守りを命じられているマールは、この地域でもっとも広大な敷地を有している。敷地内はいくつもの建物が並び建っていて、来客が宿泊するための客屋がいくつもある。
ゲンとキョウは、ハイストン家のオットーやトニィの兄弟と巨鬼について深夜まで情報交換をした後、客屋に案内されて休んでいた。
同行のアスカとヒロミは、少し離れた別屋に案内され、同じく休んでいる。
ゲン
「やはり……納得がいかない」
キョウ
「……」
独り言のようなゲンのつぶやきに、キョウは返事をしない。いつものことだ。だが、その話を聞いてないのではない。キョウはゲンのように冗舌ではないので、言いたいことはあるのだが言葉が出ないのである。
ゲン
「なぜ、巨鬼は、あそこで帰っていったんだ?」
「あそこ」というのは、この日の昼間のこと、巨鬼に襲われて、どう対抗しようと思案していたところで、ハイストン家の長男のオットーが助けに来てくれた。そのオットーが気合だけで巨鬼を退かせたのだ。
オットーが気合勝ちしたと言えなくもない。
だが、それでは戦闘があまりに簡単すぎる。巨鬼は、これまで政府が派遣してきた討伐隊の守護霊使いを何人も殺してきているのだ。それがただの気合だけで退かすことができるとは、どうしても信じられない。
だから「変なのだ」とゲンは言うのだ。
キョウ
「……」
ゲンは、キョウの返事がなくても気にせずに話し続ける。その目を、見ようともしない。それでも、キョウの態度、あるいは息遣いを感じて、何を思っているのか、自分の意見にどう考えているのか、伝わるのだ。これが、長年の親友というものだ。
だからゲンは、キョウが何も語らないでいても、会話ができていると思っている。
ゲン
「これはいったい、どういうことなのだろうか?」
ゲンは、答えが分かりつつあるのだが、その言葉を発するのに躊躇している様子だ。
なぜか?
ゲンの思考は、今、こうなっている。
ゲンとヒロミは、巨鬼が現れたとき、前衛をキョウとアスカに任せて、自分たちは後衛に回ろうとした。そのほうが、中距離攻撃を得意とするゲンや、回復系の能力を持つヒロミの守護霊の個性を発揮できると考えたからだ。それが、戦術のセオリーではなかったか。
ところがオットーは、このセオリーを無視して、自分たちに前衛に回るよう指示したのである。その意図はどこにあったのだろう?
なにしろ巨鬼は、圧倒的な攻撃力と防御力を持つモンスターなのだ。あるいは、自分たちが巨鬼に返り討ちに遭うことを期待していたのだろうか?
キョウ
「そういうことも、あるのではないか?」
キョウは無口であるが、人間不信で無遠慮なところがある。ゲンが避けたいと思っている結論であっても、それが真実に近いと思ったときは、その背中を押すような発言をする。
ゲン
「しかし、それではオットーが巨鬼を退かせた意味が分からない。 否――いま、つながった」
オットーの姿を見て巨鬼が退いたのは、それをオットーの「帰れ」の指示と受け取ったからだろう。そのとき、戦場には、オットーの弟のアズマがいた。オットーが「帰れ」の指示を出したのは、そこに弟のアズマがいたからではないのか? アズマが巨鬼の攻撃の巻き添えになるのを防ぐために、巨鬼に「帰れ」の指示をしたのではないか。
キョウ
「辻褄は、合うな」
ゲン
「待ってくれ。 そうだとすると、こんなところで休んでいる場合じゃないぞ」
自分たちは今、巨鬼退治の前線基地だと思ってハイストン家の邸宅で休んでいるが、実はその逆で、この場所こそ巨鬼自身の前線基地になっているのではないか。
ゲン
「その危険があるならば、すぐにここを撤収だ。 急いでアスカ君とヒロミ君に伝えなければ」
ところがこの時、ゲンとキョウが休んでいた客屋の入り口がバァーンと大きな音を立てて弾き飛んだ。
この客屋を襲ってきたのはハイストン家の三男のアズマであった。
アズマ
「あの時、おとなしく死んでくれれば良かったものを。 こうなったら、もう兄貴たちの手を汚すまでもない。 今ここで、このアズマ様が貴様らを成敗してくれるッ!」




