史記第八十巻第20楽毅列伝か
ハイストン家の書庫の中、ヒロミ=ドグブリードが瀕死の重傷を負って立っている。
その傷は、ゲン=アルクソウドが『偉大な神鳥』に張らせた神木の鞭の結界による。
ゲン
「すまない」
ゲンは、素直に詫びた。
ヒロミ
「いいって……ことよ。 これぐらい、私の『迷い犬』が回復できるわ」
だが、その傷は簡単に治りそうにない。「少しだけ休ませて」とゲンに伝えた。
ヒロミ
「それよりも……気をつけて」
ゲン
「分かっている。 あいつ、『俺たち兄弟』と言っていた。 つまり、敵はもう1人いる!」
敵の1人のウグイは戦闘不能となった。したがって、ウグイが仕掛けていた小人化の能力はすべて解除されることになる。
カノイ
「あ、わ、わ、わ……」
ウグイの弟のカノイは、不意に自分の身体が巨大化していくので、それで兄の敗北を知った。そして兄の敗北を嘆くのではなく、己の小人化が解除され、ヒロミやゲンに見つかってしまうと、それを焦っている。
カノイは、じっと息を潜めて書棚の影に隠れた。
ゲン
「敵の気配が、しない」
あえて独り言を放った。
さっきまで、あれだけ派手にウグイとやりあったのだ。敵は、ゲンが復活したことに気付いているだろう。ならばむしろ、独り言を聞かせて、敵を動揺させた方が良いと判断した。
カノイ
「……」
ゲン
「この状況で敵が姿を見せないのは……戦闘力に自信がないのかな」
図星だった。
カノイの守護霊は、攻撃力が極めて低い。
カノイ
「……」
ゲン
「おそらく彼の能力は、触れた本の中に相手を封印するものだ。 『戦国策』――僕は、なかなか面白い本の中に封印してもらったよ。 それで、君の能力の秘密が解けた」
ゲンが、ゆっくりと、書庫の中を探索している。
1歩1歩、カノイに近づいている。
まずい。
その先の書棚を超えると、見つかってしまう――
一か八かである。
カノイは、ありったけの書物を抱えて、ゲンの前に飛び出した。
ゲン
「君かい? 僕の仲間を本の中に封印していたのは?」
カノイには、これに回答できるだけの心の余裕がない。ワァと叫んで、抱えた本に能力を仕掛け、片っ端からゲンに投げつけた。
その投げつけた本が1冊でも彼に触れると、再びゲンを封印することができる。
ゲン
「無駄無駄無駄ァッ!」
ゲンの守護霊、鳥頭人身の『偉大な神鳥』が神木の鞭を振り回す。カノイが人力で投げた本がゲンの身体に届くことはない。
もはやカノイの手元には1冊の本しか残されていない。
ゲン
「どうしたのかい? その本を、僕に投げつけるのではないのかい?」
カノイ
「う、う、う」
ゲンが、さらに1歩、カノイに近づいた。
カノイ
「く、く、く、来るな!」
ゲン
「来てほしくなければ、その最後の一冊を僕に投げつけるが良いさ。 けれどもね、君がその最後の一冊を失えば、僕が君のことをぶちのめすことになる」
カノイ
「こ、こ、これは、投げないぞ」
そう言って、カノイは、ゲンの眼の前に手にした本を突きつけた。
ゲン
「史記第八十巻、第20、楽毅列伝か。 それは貴重な資料なんだ。 あまり粗末に扱ってほしくないのだが」
ゲンが、さらに近づいた。
カノイ
「く、く、来るなと言ってるんだッ! こ、こ、こ、この本が、ど、ど、ど、どうなってもいいのかッ!」
そこへ、自分の治療を終えたヒロミが駆けつけてきた。
ヒロミ
「ゲン、待って! その本、ひょっとして、アスカかキョウ君か、どちらかが封印されているかもしれない」
果たして、楽毅伝の中には誰か封印されているのでしょうか?
楽毅伝と言えば――当然あのお方ですよね!




