それとも落としたものかしら
ヒロミ=ドグブリードが守護霊の能力で自我を取り戻したとき、ハイストン家の書庫の中で1人であると認識した。
ともに入室した、アスカはもちろん、ゲンやキョウの姿も見えない。
だが「1人」というのは、ヒロミの認識の誤りであり、書庫には2人の賊が潜んでいたのである。
賊の名は、1人はウグイといい、もう1人はカノイという。2人は兄弟であり、守護霊使いである。
2人の賊は焦っていた。
その守護霊の能力で、入室してきたヒロミら4人の全員を、ハイストン家の書庫にある大量の書物の中に別々に封印したはずであった。そして封印した書物を探し出し、その書物を燃やして殺してしまおうと、そういう手はずであった。
ところが、封印したはずの4人のうちの1人、ヒロミ=ドグブリードが早々に書物の中から抜け出してきたのである。
カノイ
「あ、あ、あ、兄貴、ど、ど、ど、どうしよう! あ、あ、あ、女が本の中から飛び出してきた!」
ウグイ
「焦るんじゃあねぇッ! 1人出てきたからって、どうだって言うんだいッ! 出てきたなら、また封印すれば良いだけじゃぁねえか」
カノイ
「けどよう、1人は守護霊を召喚してなんか能力を発動しているし、こうして女が書物から出てきたんじゃぁ、今度という今度こそ、オレたちはヤバいんじゃあないのかい?」
カノイがいう守護霊とは、ゲン=アルクソウドのものである。ゲンの、山吹色の手品師、鳥頭人身の『偉大な神鳥』である。
その召喚されていることは、ヒロミもすぐに認識した。
守護霊が召喚されているということは、術者のゲンが、その身を守る必要に迫られたということである。
それが、ヒロミの警戒心をさらに強固にさせた。
守護霊の様子がおかしい。ただ木人形のように立っているのみであり、微動ひとつしないのである。
何があったのか、とにかく調べようと近づいてみる。
『偉大な神鳥』の能力、神木の鞭がヒロミを襲う。
不意の方角から伸びてくる硬木の蔓の攻撃であったが、白銅の獣聖『迷い犬』に守られているヒロミは、守護霊の俊敏なスピードでこれをかわした。
ヒロミ
「何なの? これは? 無差別攻撃?」
そこで注意深く周囲を見回すと、『偉大な神鳥』から何本もの草木の蔓が発せられている。その木の蔓を、守護霊『偉大な神鳥』を中心に蜘蛛の巣のようにはりめぐらせ、これに触れた者を自動で攻撃する仕組みにしているようだ。
カノイ
「あ、あ、あ、アレだ。 アレのせいでオレたちは男の本に近づけねぇ」
ウグイ
「おいカノイッ! てめぇ、さっきから煩いぞッ。 今は、女が本の中から抜け出しているんだ。 そうベラベラと声をたてると見つかっちまうじゃねぇか!」
この2人の賊の眼の前を、1対の巨大な足が通過していった。
否、足が巨大なのではない。
足の主は、ヒロミ=ドグブリードである。
2人の賊は、ウグイの守護霊の能力で、親指ほどの大きさに縮小しているので、注意深くあたりを観察しなければ発見されることはない。
このように賊に観察されていることにも気づかずに、ヒロミは、眼の前の守護霊の術者であるゲンの姿を探した。
見当たらない。
守護霊『偉大な神鳥』の足元には、ゲン愛用の錫杖が無造作に投げ出されている。ゲンは、この錫杖を用いて守護霊を召喚する。ゆえに、ゲンはその近くにいるはずである。また、守護霊が発現しているので、無事なはずである。
さらに注意深く守護霊を観察すると、その足元の床上に一冊の本があった。本は書棚にあるものだから、これは、何かの拍子に落ちてきたものか。
ヒロミ
「それとも、落としたものかしら?」
ヒロミは、自分がどのような状態から自我を取り戻したか、思い出した。
そうだ、自分は確か、『論語』の孔子と会話をしていたのだーー
『迷い犬』の能力を使って気がついたときには、眼の前に書物の『論語』が落ちていた。
そのことからすれば、それまでの自分は、この『論語』の中に封印されていたのではないか。敵の能力は、どうにかして人を書物の中に封印するものではないのか?
そして、ゲンの守護霊、『偉大な神鳥』の足元に、一冊の本が落ちている。
ゲンはおそらく、あの本の中にいる。




