表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/158

切磋琢磨

 オットー=ハイストンとトニィ=ハイストンの兄弟が、キョウら4人を書庫に案内する。


 固く閉ざされた書庫の両開きの扉、南京錠で厳重に閉ざされている。

 それをオットーが、懐中(ふところ)から1本の鍵を取り出して、解錠した。


 書庫の中は、暗い。


アスカ

「ずいぶんと、気味が悪い書庫ね」

ヒロミ

「何を言っているの? 書物は日光と湿気が大敵なの。 それにしても、ずいぶん広そうな書庫ね。 書棚がどこまで続いているかも見渡せない」

オットー

「ここにあるのは、最近の本のような形式から、ひと世代前の巻物の類、さらに古く木簡なんてものもある。 そういうものを一箇所で保存しているから、かなり広いスペースが必要なのさ。 どうしたの? 怖いのかい?」

アスカ

「だ、だ、だ、大丈夫よッ! さぁ、入るわよ」


 本当は、薄暗くカビの匂いが充満したハイストン家の書庫の中に入るのが、ほんのちょっぴりだけ怖いのである。けれども、この程度のことに恐怖しているものと認めるのも恥ずかしい。

 だから、アスカはあえて率先して書庫の中に入っていった。


 その後にヒロミが続く。


ヒロミ

「すごい! これは……楚辞、文選、春秋左氏伝もある!」


 書庫に一歩足を踏み入れると、とりどりの書名が目に入る。その蔵書数に、読書家のヒロミは我を忘れてしまった。


ゲン

「おいおい、ここに入った目的を忘れないでおくれ。 本に目を奪われるのは良いのだが、君たちはキョウの六叉の鉾(ヘキサルバルド)に関連しないものを取り分けてくれないか。 とくに歴史書は注意してくれたまえ。 六叉の鉾(ヘキサルバルド)はクダラ王からもたらされたという伝承のようなんだ。 だからクダラ記とか、とくにクダラ関連の文献を見つけたら、読まずに知らせてほしい」


 ヒロミは「分かったわ」と答えたものの、眼の前の本の誘惑には叶わない。すぐに1冊の本を手にとって、フムムと熟読を始めてしまった。


 気がつくと、自分の周りに人の気配がしない。


 しかしそれも、これほど広い書庫の中なのだ。そういうこともあろうかと、とくに気に留めることもなく、再び読書に集中するのである。


???

「なかなか熱心に読んでおるのお」


 声の主は、白髪の老人である。額がだいぶ後退している。


ヒロミ

「はい。 書籍は私に出会いを見せてくれるのです。 本を読んでいると、その作者と話している気分にさせます。 だから、読書をやめられないのです」

老人

「それは結構なことじゃ。 今、読んでいる本は、初めて読む本かな?」

ヒロミ

「いいえ。 昔、家にあったものを読ませてもらったことがあります。 しかし、父が『これは貴重なものだから』と言って、半分ぐらい読んだところで取り上げられてしまいました。 それをたまたま今日、同じ本を見つけたので、こうして読んでいるのです」

老人

「ははは、それはなかなか殊勝なことじゃ」


 このやり取りから、ヒロミはこの老人がただ者ではないと直感した。知識に富み、聞けば何でも答えてくれるように思えた。


 それでヒロミは、試みにこう聞いてみた。


ヒロミ

「貧しくてもへつらわず、富んでも奢らないというのが理想だと思いますが、どうでしょうか」

老人

「それも良いでしょう。 しかし、貧しくても人生を楽しみ、富んでも礼儀正しくあろうとする方が良いでしょう」

ヒロミ

「詩経に切磋琢磨という言葉がありますが、それはこのことを言うのでしょうか?」

老人

「それでこそ、詩経をともに語りあうことができるというもの。 君は、事を教えればその先まで見通してしまうのだね」


 このやり取りをして、ヒロミはフフと微笑んだ。これは偉大の師匠に出会ったのかもしれないと喜んだのである。


 同時に、ひとつの不安を覚えた。


 私は――このやり取りを知っている。


 この下り、ついさっき、読んだところである。


 論語学而第一15に、これと同じやり取りがある。


 そこでヒロミは、おそるおそるこの老人に聞いてみた。


ヒロミ

「先生、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」

老人

「ワシの名か? ワシは、孔丘、(あざな)を仲尼というのじゃ。 今後とも、よろしくな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ