ここは慎重にいこう
ハイランチ古墳群――
新旧様々な形体の古墳が密集する地域である。
その中の、もっとも古い形式とみられる古墳の中に、コウセイとオビトがいる。
円形の盛り土と方形の盛り土を結合させた形式の、ハイランチ古墳群の中でももっとも大きい古墳の中にいる。
なにゆえこの古墳に潜入しているかといえば、昨日フジワラ京の巨鬼と対峙したコウセイが、その正体が、古く、血なまぐさい王族の霊ではないかと言うためだ。
この古墳は、最近、盗掘にあって主を失ったとみられる。このことも、この古墳を探索する理由の一つである。フジワラ京の巨鬼は、最近になって世間を騒がすようになったのである。このため、その正体は、直近で盗掘された古墳の主ではないかとみられるのである。
亡霊兵が現れた。
古墳の奥に向かって進んでいくと、時々、回廊の両側に設置されている円筒形埴輪の中から古墳を守る妖怪が飛び出してくる。
コウセイ
「蒼き竜騎士『空飛ぶイルカ』!」
コウセイが、オビトよりも素早く守護霊を召喚する。
亡霊兵は、それなりの戦闘力がある。それでもコウセイの『空飛ぶイルカ』は、手にした槍の一突きで、これを斃した。古墳・ウィステリアで祀られていた御魂に憑かれているので、守護霊の霊力が桁違いに高まっているのである。
だが、副作用もある。
オビト
「兄さん、あまり無理をされない方が……」
コウセイ
「どうも、そのようだね。 何もしなければ正気を保てるが、いざ守護霊を解放すると、奴はすぐに私の魂を取り込もうとする」
大王の霊気を祀る古墳では、これが荒魂となって外に出て来ることがないよう、様々な仕掛けを施している。このため、コウセイの精神に悪影響を与えている古墳・ウィステリアの御魂の霊気が押さえられ、コウセイが正気を保っているのである。だが、守護霊を召喚するとは、要するに術者が自分自身の霊気を守護霊に与えて活性化させるということなのである。このため、コウセイが守護霊を召喚すれば、それまで古墳の仕掛け押さえつけられた古墳・ウィステリアの御魂も活性化してしまうのである。
これが、術者であるコウセイの精神の負担となっているのだ。
オビト
「この程度の亡霊兵であれば、僕の守護霊の霊刀でも戦えます。 兄さんは、ここぞという時まで、守護霊を召喚せずにいた方が良いのではないでしょうか」
コウセイ
「それも、そうだね……」
少し休んで、呼吸を整える。そしてさらに進む。
行く手を阻む大きな石扉が現れた。その先が、かつてこの古墳の主が眠っていたであろう玄室のようだ。
オビトとコウセイが、石扉に手をあてて、霊気の有無を確認する。中に、巨大な霊力のたまりがあるようには思えない。
オビトが押すと、石扉が動いた。人力だけで動かせるようだ。
オビト
「入って、みましょうか」
コウセイ
「いや、ここは慎重にいこう。 私は、この石扉が閉まっていたというのが気になる」
オビト
「なぜですか?」
コウセイ「この場の霊圧の緩さからして、この古墳が既に盗掘されていることは間違いない。 だから、気になるのだ。 古墳を盗掘するには、この石扉を開けなければならない。 それなのに、この石扉は閉まっていた。 それは、なぜだろうか?」
オビト
「盗掘者が、石扉を閉めたのでしょうか?」
コウセイ
「そのように考えて間違いないだろう。 だが、なぜだ? 盗掘を終えて、目的を達した盗掘者ならば、出て行くときにわざわざ石扉を閉める必要があるのだろうか。 石扉を閉めるのは、中のものを封印する必要があったからだ。 だが、盗掘した後に何を封印するというのだろう?」
オビト
「この先で、まだ、何か得体の知れない御魂が眠っているということでしょうか?」
コウセイ
「分からない。 その気配もしない。 だが、用心するにこしたことはない」
オビト
「分かりました。そういうことでしたら、まず僕が、守護霊を召喚して入ってみます。 兄さんは、しばらく、この石扉の外側で、休んでいてください」
そう言って、オビトは漆黒の剣士『王の愛者』を召喚し、玄室の中に入っていった。
円形の盛り土と方形の盛り土を結合させた形式というのは、要するに前方後円墳ですね。
ハイランチ古墳群のモデルは、上牧久渡古墳群です。このうちの前方後円墳が、奈良最古級のものらしいです。




