自分はここで殺されるのだ
本章 登場人物紹介
オビト皇子
本作の主人公。モデルは聖武天皇。14歳。本作は西暦711年頃の設定なので、史実どおりならば10歳なのですが、10歳ではさすがに冒険は難しいので14歳としました。
ウゴウ=ウィスタプラン
モデルは藤原宇合。オビトの養父であるフヒト=ウィスタプラン(藤原不比等)の3男。後に乱を起こす藤原広嗣の父親だけれども、そのことと本編はあまり関係ありません。
貴族の世界は陰謀であふれている。
我らが主人公、皇子でもある少年オビトは、その陰謀にまきこまれ、義兄のウゴウ=ウィスタプランに殺されようとしている。
大臣フヒト=ウィスタプランの邸宅にて――
フヒトの三男であり、オビトが「お義兄様」と呼ぶウゴウが、自分の部屋に来るようにと、彼を呼び出した。
オビト
「お、お義兄様、お、お呼びでしょうか?」
緊張の態度。
こう見えてもオビトは先帝の子である。本来であれば、臣下のウゴウの方がオビトに跪かなければならない立場だ。
だが、跪いたのは、オビトの方だった。
オビトは、先帝の子と言っても、位の低い嬪の子である。皇室では庶子扱いだ。かたやウゴウは位人臣を極めたフヒト=ウィスタプランの実子である。
オビトは、母親がウィスタプラン家所縁の者だったので、フヒトの邸宅で養育されていた。
フヒトは、オビトに、自分の子らのことを「義兄」と呼ばせていた。
ウゴウ
「見たまえ、この刀を。 今日この日のために、オレが親父から預かったものだ」
ウゴウが、腰に佩いた刀を、鞘ごと手にとり、オビトに見せつけた。
黒作懸佩刀である。
後に、正倉院の宝物として国家珍宝帳に記載されることになる、天下の名刀だ。
オビトから見れば、それはもともと父が持っていたものだ。自分に伝来されるべき刀だ。
ウゴウはそれを「父上から預かった」と言いきった。
刀が、鞘から抜かれる。
黒く光る刀身。
ウゴウ
「見よ。 幽玄な刃紋だろう?」
オビト
「はい。 美しく思います」
自分が持つべき名刀を、臣下のウゴウが、皇子のオビトに見せびらかしている。
オビトは、このような無礼にも、慣れきっていた。
きらびやかな宝刀を見ても何も感じず、ただウゴウのために話を合わせるのみである。
堕ちたものだな。
無礼を前に一片の威厳も見せられない卑屈な皇子の態度に、ウゴウは憐に思った。
この日、フヒトは、三男のウゴウに、オビトを殺すよう命じていた。黒作懸佩刀を託し、これでオビトを殺すように命じていた。
ウゴウ
「すまんな、オビト君。 オレは君に恨みはないが、親父から言いつけられたのだ」
オビト
「?」
ウゴウは、抜いた刀を振り上げた。
ウゴウ
「覚悟は良いかぁ!」
ウゴウが大声で問う。
覚悟? 何の? どういうこと?
ウゴウ
「もう一度問う! 覚悟は良いかぁ!」
振り上げた刀を持つ両手がガタガタと震えている。
ウゴウは正気の眼をしていない。
これでオビトは悟った。自分はここで、殺されるのだ。
今ここで、ウゴウが手にする黒作懸佩刀が振り下ろされれば、オビトの脳天は割り砕け散るだろう。
ウゴウはこれまで、人を斬ったことがなかった。
ウゴウが、その両腕に力を入れて、刀を持って震えるその手に「止めよ」と念じる。
オビトは、ウゴウが持つその刀が振り降ろされるのを見た。
強く目をつぶった。
逃げなければ! でも遅い! どうしようもない! 殺される!
まだか? 自分の頸は、まだつながっているのか?
恐る恐る、目を開ける。
目の前に、そこに居る筈のない、一人の紳士が居る。白色シャツに黒マントを羽織った、漆黒ロングのストレートヘアの男。その黒装束の紳士が、刀を握るウゴウの腕を、造作もないと言わぬばかりに片手で押さえ、防いでいる。
守護霊だ。
守護霊とは、術者の強い意志で呼び出される半実体の霊体である。
死を覚悟する極限の恐怖で呼び出された、オビトの守護霊が、そこに居た。