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運命の時
「おいおい、見ろや。」
「なんじゃい、えらい仰山やなあ。」
野良に精出していた百姓共が
血相かえて高台に登って行った。
見渡す限り、
遥々と、
地の果てまで
人の浪であった。
生まれてこのかた、
この世にあんな沢山の
人が居るのは見た事が無かった。
子供等の中には恐怖で泣きだす者もいた。
「怖がらんで良い。儂等には関わりの無い事じゃ。」
運命の時がやって来た。
二月十五日、
平重衡、平維盛は一万三千余騎を糾合。
院宣を取り付けて東国の覇者に成りつつある
源頼朝討伐に動き出したのである。
細い街道を万を越える軍の紅い幟が続いた。
紅い幟の流れは紅色の大河となって続いた。
異様な光景に都人はおろか先々の土地の百姓達の肝を冷やした。
平家に非ずば、人に非ず。
この驕り高ぶる一族の栄華もこれまでとなった。
都の外れには見送る人々の夥しい群れが見られた。
送り出す女房達の面に希望の輝きはもはや見えなかった。