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その後
その後
源氏義経命令の捜索により、勾玉と鏡は見つかったものの草薙剣は発見できず、
そのため以後、草薙剣は清涼殿昼御座の剣で代用することになる。
なお、草薙剣の本体はそもそも熱田神宮にあり、安徳天皇が帯同していたのはその分霊で、
同様に鏡の本体は伊勢神宮にあった。
皇居に本体があったのは勾玉だけで、京都が首都であった時にはこの3つの神器の所在地がほぼ正三角形を構成していた。
我が国の平和、皇統は多くの人々の至誠の心により、皇統を守るべく生き抜かれた代々の必死のご尽力の賜物があったればこそである。




