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弱きものにも強きものにも
熊野の僧徒は鹿春山の要路を塞いで頼朝に加勢の知らせがあった。
「何の熊野の坊主風情に…。」
平家の首領の男達は激高したが、
時の流れと一族の逆境は逆らえるものでは無かった。
「為盛を呼べ為盛じゃ。」
頼みとする我が陣営の歴戦のつわもの達の、
何と不甲斐無いもので有るか。
一族の油断と驕りが招いた現実に恐れを抱く者は
少なくは無かったであろう。
十月十六日、
平家は平為盛を以って熊野の僧徒征伐に向かわせた。
「わぁ〜わぁ~。」
街道も道無き道も武装した兵どもが雪崩を打って
進んだ。
寿永元年、都は飢饉、疫病に包まれ、盗人、放火、
百姓は塗炭の苦しみに喘いだ。
いつの時代も弱きものにも強きものにも試練が続く。
加茂の河原も死骸が溢れ反った。
為政者の徳行が現れるたので有ろうか。
四月十四日、法皇延暦寺に行幸なされる。
二十四日を二十ニ社に奉られ飢饉、疫病を払う。
その日、都には暗雲が垂れ込み俄かに車軸のような豪雨となった。
河川は溢れ反りあちこちの骸が流れ去った。




