時効
大輔は和室で寝転がって考えた。
この『あきちゃん』は口ぶり、いや書きっぷりは女子高生らしいが、なんだかあいつに似ている気がする。どうして俺の周りにいるのはこう気の強い女ばかりなんだ。しばらく一人で休養するつもりだったのにどうしてこうなったんだ。
上月さんは客商売をやっているだけあってきちっと礼儀をわきまえた大人だった。高校の時はあの子も『あきちゃん』みたいだったんだろうか。『あきちゃん』は親友と言っていたが、本人は迷惑そうだったな。確かに結婚直前になって彼の10年前に亡くなった元彼女の幽霊が現れるなんて悪夢。
まあ『あきちゃん』もかわいそうなんだよね。高2でひき逃げで殺されて、気がついたら彼氏は親友に取られちゃってるし。まあ死んだ後だから元彼も親友も非難される謂れは無いんだが、本人は納得いかないだろう。字が滲んでるのは泣いてるって事なのかな。でも『轢かれなかったら私にも瑠璃ちゃんみたいな未来があった』って、要するに死ななければ彼と結婚するのは自分だったって事か?それはどうかと思う。
でも全然関係ないのに、たまたま引っ越した先がここだったってだけで巻き込まれた俺の事もちょっとは同情して欲しいと思う。
犯人が逮捕されたら『あきちゃん』は成仏するのだろうか?まさかいつまでも取り憑いたままなんて事はないだろうな。犯人探しより霊能者を探して『あきちゃん』を祓った方が良いんじゃないかな?
でも霊能者を探そうとしたら『あきちゃん』が騒ぎ始めるだろうな。明らかにポルターガイストだしな。それに一応約束したしね。約束破ったら牡丹灯篭みたいに取り殺されたりして。お札を貼って篭るとか。でももう部屋の中にいるし、そもそもここは元々『あきちゃん』の家じゃないか。
『あきちゃん』は押入れの扉が開けたり色々出来そうだけど、取りあえず騒ぎ出しさえしなければ、んなに問題ないんだよね。ノートを閉じてしまえば……。
そうだ。このノートの白紙が無くなったらコミュニケーションの取り様が無くなるかもしれないな。
意図しないタイミングでコミュニケーション不能にならないよう、使いすぎに注意しよう。
大輔がそんな事を考えていると、玄関から来客を告げるチャイムが鳴った。出てみると宅配業者で、集合住宅用光回線の接続用機材を届けに来たのだった。接続業者には引っ越し前に手続きしておいたので、機材の設置と設定を行えば直ぐに使える。
「これは光回線用の機材だよ。このアパートは集合住宅向け光回線が着てるし、手続きは事前にしておいたから、繋いで設定すれば直ぐつながるはず。事故の事をネットで調べるにはパソコンの大きな画面の方が良いからね。」と幽霊に聞かせようと大輔は説明した。
一時間ほどでパソコンと光回線用機材の設置、設定が終った。インターネットで「平宮 晶子」で検索してみると新聞社のサイトの2年半前の記事があっさり出てきた。
「女子高生死亡ひき逃げ事件 あす『時効』成立」と言う見出しの記事だ。
記事によると、道路交通法違反(ひき逃げ)は2年半前既に時効が成立しており、自動車運転処罰法違反(過失致死)の時効が今年の8月に時効になるようだ。
「200X年8月13日午前0時半頃発生。G県I市国道○○○号線のS駅前交差点付近で路上に 平宮晶子さん(当時17歳)が倒れているのを通りかかった乗用車の運転手が発見。平宮晶子さんの状態から車に轢かれたものと思われた。平宮晶子さんは頭を打っており、病院に搬送後死亡した。
事故現場には損壊した平宮晶子の自転車があり、自転車に乗るあるいは自転車を押して国道を横断中に事故にあったものと思われる。現場にはブレーキ痕が無く、事故車の遺留品はほとんど無かった。衝突時の速度は推定時速40キロと比較的遅かったと推定されている。」
大輔は速度が遅かったという点が気に掛かった。あそこは確か制限速度50キロのはず。深夜だったらもっと速度を出すはず。
大輔はこの記事にある情報から更に検索したが、犯人が逮捕されたと言う情報は見つからなかった。
大輔はノートを開いた。
「ネットで調べた限り犯人はまだ捕まってないみたいだな」
『やっぱり許せないよ』
「で、事故の時の事で何かお前の覚えてる事は無いか?」
『8月12日は天文部で校舎の屋上でペルセウス座流星群を観察していたよ。本当は明け方に近いほうが良いんだけど、流石に部活で日付が変わるまでは駄目だって。12時ちょっと前に学校を出て自転車で帰ってきて、自転車降りて国道を渡ってる時に吹っ飛ばされたよ。車だと思うけど見てない』
「音とかヘッドライトで気づくだろ」
『気づかなかったよ。その後救急車のサイレンがして、持ち上げられて。サイレンがまた鳴り出したところまでしか覚えてない』
「交差点のどの辺でぶつかったか分かるか?」
『この辺だと思う』
T字路の絵が出てきた。ぶつかったのは北西側のようだ。
「西側の横断歩道の北側か。逆走してなきゃ西から東に向う車だな。」
『学校はここから2キロぐらい西で、国道の北側。国道の北側の歩道をずっと来て、南側に渡ろうとしてたんだよ』
「つまり轢いた車は帰ってきた方から来たって事か」
大輔はいやな感じがしてきた。轢いた車は普通よりゆっくり晶子が来た方から来たと言う事になる。まさか晶子を追いかけてきたわけじゃないだろうな。
「時間が時間だし、ブレーキ痕が無いのは居眠りしてたのかもしれないな。横断歩道を横断中の歩行者はねたのも居眠りしてたのならありうる。だが速度が遅いのが気になるな。いねむりのせいで遅くなったんだろうか?」
『そんなの分からないよ』
「いやこれは独り言だから。今夜事故があった時間に現場に行ってみる。それまでは……俺はとりあえずこれから夕食作る。」
大輔はそう言うとノートを閉じた。
夕食後大輔は荷物の整理の続きをした。大輔は古書を集めるのが趣味で、中には結構な値段の本もある。と言っても大輔の懐ぐあいではオークションに掛かるような稀覯本は買えない。それらの古書を本棚に並べるながら、大輔はちょっとした幸せを感じた。田舎に引っ越してきてしまったので、古書店めぐりはしばらく出来そうになかった。いつか本物の稀覯本を手に入れるのが大輔の夢だ。
2DKのうちの洋間の方はまるまる本棚と読書用のスペースだけで閉めている。生活の他の部分を節約しても、ここだけは譲れない。
そうこうしているうちに真夜中近くになった。事故は12時半だからそろそろ出かけた方が良い。ノートとLEDライトをショルダーバッグに入れて大輔は事故現場に向った。
大輔は現場に到着すると交差点を北側に渡って西から来る車を眺めた。12時過ぎともなると通過する車は少ないが、遅いのでも70キロ近くは出てそうだ。通行するのはトラックが多いが、乗用車もある。
そう言えば、晶子を轢いたのはどんな車なんだろう?記事には出てなかったし、本人は車自体見てないらしい。警察では何か掴んでるのか?などと大輔は考えた。
この辺は街灯なんてものは無い。向かいのスーパーが閉店した時間帯だと、あたりはかなり暗くなる。車のヘッドライトと信号だけが光ってる
ふと気がつくと、西側からパトカーらしいのが速度を落としながら近づいてきて停まった。制服警官が一人降りてきて大輔の方に向ってきた。職質だ。
「こんばんは。こんな時間に何してるんですか?」
「散歩してたんですよ」
「免許証か何か身分証明を見せてもらえます?」
「免許証です。」
「住所S県になってますけど。」
「引っ越したところなので、まだ住所変更してないんですよ。」
「じゃあ引っ越し先の住所を教えてください。」
「I市S町○○ー○○、Xアパートの△△号室です。」
警官は氏名、免許証番号と住所を控えた。
「鞄の中身を見せてもらえます?」
「どうぞ」
警官はノートを見て怪訝な顔をしたが、何も言わず鞄を返した。その後無線で連絡して特に何もなかったのか、職質はこれで終わりのようだ。警官はパトカーに戻って、しばらくしてパトカーは立ち去った。
事故の時間帯の様子が大体分かったので大輔もアパートに戻ることにした