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 今のやり取りから察するに、だ。もちろん、もしかして、だが。

 彼女は召喚された瞬間に、自分の置かれた状況を読み取った、のだろうか。

 陣を理解し、そこから出ないことで、自分が今まで置かれていた世界とのつながりを切らさないことを選択し、文字通りに足先だけでつながっていた異世界から、魔術師たちの使う力ある言葉、ことわりを詠唱し、どうやら血縁者というか家族を自分のいた世界から喚び出した、ように、思える。

 だが、どうやって、あの一瞬で陣を読み取ったというのだろう。大げさな言い方でもなくこの陣は我が国の最大級の機密に当たる。陣の存在を知る者は、他国はおろか魔法省の上部のうち二、三人を除き、あとは各軍の将軍たちと国王、宰相ぐらいのものだろう。その、理解していると言える内容にしたって、専門的説明をとなれば陣を作成した本人しかできないと断言できる。


 言い方は悪いが、今回の召喚、半分は人体実験と同様なのだ。


 それを、どうみても私より年下の、しかも女性が…いや、女性としてはありえないことに髪が短いが、体つきから見てどうみても女性にしか見えない…が、一瞥で読み取ったというのだろうか。…いいや、この陣はそう簡単にはできていない。

 そもそも、魔術自体が論理と数学的なことわり、更に厳密とさえ言えるまでの言語へのこだわりをもってして初めて発動するもの、なのだ。魔術の縮短ができるのなら二級魔術師まで位が上がる、そんなややこしいシロモノをこの女性が会得していたとして。

 …どうやったら、描かれている紋様から初見で魔術の構成を瞬間にして理解、さらに自身の言葉を使って陣へと魔術を上書きし、ついでに呆れたことに、今まで私たちでは発想もできなかった他者の力を組み込んで別の人物を召喚、などという事態に至ったのか。

 …事実から組み立てた実に簡潔この推論だが、そして多分、間違ってないだろうが……我ながら受け入れがたく思う。

 …うん、無理だろう。普通なら。


 呆気にとられてる面々を無視して、本来なら加害者である我々を傍観者に仕立てて、彼女の場面が続く。

「ゆき」

 答えてやれ、とばかりに一番目の名前を呼んだ彼女から視線を移し、姉娘が考え考え三番目に答えた。

「…そうだね。ママ、かな」

「はな」

「………………じゃぁ、はなも、ママ、で」

「よろしい」

 あからさまに渋々といった態で出された三番目の選択に、いつの間にかしていた腕組みをほどいて彼女が大きくうなずいた。すぅと深く息を吸い、落ち着いた声で宣言した。

「では、仮召喚を続ける。四番目、御園、あきら」

 同時に肩口まで陣の下に手を入れ、何かを探すように体を揺らす。手ごたえは今までと同様にすぐに見つかったらしいが、そこからは違った。

 苦しそうに眉根を寄せる。彼女から出たとはとっさに判断できないようなか細い声で懇願するようにもう一度さっきの名前を呼び、引き上げる仕草をした。

 見る間に彼女の息が荒くなる。

「足りないなら…」

 がつっと音がしたのはその時だった。彼女はどうやら陣の下から片足を引き抜いたらしい。それで…えーと、陣の淵に、足を、かけた、んだろうか。

 …陣の下と上がどうなってるのか、初めて興味がわいた一瞬だった。魔術の構築になんぞ今まで欠片も気を回したことがなかったが。この現象の意味が知りたい。

 …彼女の、あらわになった太腿が目が離せなかったとか、そういうわけじゃなく。

 ……色白の素肌に度肝を抜かれたとか、そういうものとも違う…つもりだ。

「この世界の陰の気でも足りんのなら、魔王の魔力でも持って来い!あきら!私を1人にする気かキサマ!!」

 今までとは違う態度に驚き、言葉の内容に驚いた私だが、その宣言からすぐに抵抗を少なくして持ち上がってきた人物にはさらに驚かされた。

 成人男性、だろう。彼女たちの世界でどういう体格が標準なのかは知らないが、今までに呼び出された子供たちを比べても、また、彼女自身と比べても頭半分ほど大きく、体つきも太い。あえて例えるなら城に出入りする商人のような男だ。

 太めの腹回り、愛想よくできるのかすぐには判断できないような口元、堅そうな短髪は彼女のものよりも黒く短い。…いいや、それよりも。


 ……耳の上で、くるりと丸まっているものは、なんだろうか。


 私の間違いでなければそれは、角、と呼ばれるものだが。人間には、生えないはずの。


 ふーん、とすぐに呼吸を落ち着かせた平坦な声が彼女の口から洩れた。ちらりと目をやると、顎をやや上げ気味にして警戒と不機嫌を全面に顔を張り付けている。誰に告げるでもない先ほどの声の大きさからすると、彼女も驚いたのだろうか……何に?

 最後に呼び出された男性は、呼び出された彼女の最初のときとまったく同じように、一度ぐるりを見回して、すぅっと目を眇める。元から糸のように細い目をしているのでわかりにくいが…不審、だろうか。

 男性の視線をたどって彼女に目を戻した私は、もう何を見ても驚かないと心のどこかで決めていたにもかかわらず小さくうめく羽目になった。なんと、今まで男のように短かった彼女の髪の毛が陣の外にあふれんばかりにまで伸びていたからだ。いったい、いつこうなったのか。足元なんぞをはるかに超える長さまで一気に伸びたとすれば、さすがに目を引くはずなのだが。

 漆黒だと思っていた髪の一部が部屋に入ってきていた日に当たり、黒に限りない近さのこげ茶色だとぼんやり知覚した。

 身にまとっている下着らしい黒い布地に比べれば確かに、少しだけ茶色がかっている、といった程度だが。


 …ああ、現実逃避をしている、と、実感した一瞬だった。


「…状況の、説明が欲しい」

 彼が、初めて口を開いた。外見から想像されるよりはやや高めの、通りにくい声音であるようだ。

 召喚された直後からずっと彼女しか目に映さないあたり、状況判断力も正しすぎるように思える。彼女がここにいることに驚いている様子もないし、自分の状況に叫ぶでもない。 

 私からすれば、いいや、一般庶民からすれば絶叫モノの異常事態のはずだが。

 彼女にしろ、脅しともいえる圧力を彼女からかけられていただろう子供たちにしても彼にしても。

 やけに落ち着いているように、むしろ落ち着きすぎているように、見える。

 まるで、こんな事態には慣れっこだとでも、言わんばかりだ。

 背筋を伝う冷や汗は先ほどからずっと玉の大きさのままだ。ちらりちらりと二度、彼女と一番目の子から視線をもらった。が、この状況で王より先に口を開けるほど私の度胸は据わっていない。

 きごちなく彼女たちから目を外し、彼の方に、視線と思考を戻した。

 彼は初言を発したあと黙ったままでいる。立ち姿でさえびくりとも動かないが、彼女のもとからの知り合い…なんだろうな。これまでの経緯からすると。

 ややくもぐった声は落ち着いていて、とげとげしさは一切ない。…今のところは。

「ふむ。無理だな。私か世界か、たった今、どっちかを選べ」

 そういう彼女も、とげとげしい感じもなく口角を釣り上げたまま、あの甘い声で彼に答えを迫る。男のような言葉づかいは彼女の外見にも声質に合っていないようでこの上なく似合い、にんまりとたわめられている瞳とあいまって奥底の方でちりちりと燃え上っている激情を私に悟らせた。

「………子供は?」

 対して彼の方は、その抑揚のない喋り方や変わらない表情から、冷静沈着に見える。

 彼が現れたことでパッと顔を輝かせ立ち上がりかけた子供たちを、掌を向けることだけでけん制したあたり、彼女とよく似た雰囲気だ。

「あの子たちはすでに私を選んだ」

「そう。なら俺が選ぶ余地はないね」

「ないな。確認だから」

「じゃ、それで」

 …ぽんぽんと進んでいく会話に追いつけないのは、どうやら子供たちもらしい。浮かべていた笑顔を消し、がっくりと顔と肩を落として「わかんねぇ」と三人がそれぞれにつぶやく。それに視線もやらないままに、彼女が天を仰いだ。


「ではここで、彼らの召喚を仮のものから本召喚に切り替える。私たちの全存在をここへ定着させたい。この世界への移住を、世界に、こいねがう。名は告げた。力も示した。媒介が足りないならば伸びた分のこの邪魔くさい髪でも取っていけ。異論があるならば、五秒だけやる。ただちに私に告げろ」


 悲鳴を飲み込んだような不思議な音が私の横からいくつか聞こえた。魔法省零位が「なんとまぁ…」と絶句する。

 ふむ。わりと長い付き合いになるが、初めて絶句するところを見たな。

「こりゃまた、正しく傲岸不遜てところかぁ。っつか、ありとあらゆる意味で、すげぇ」

「ディー。止められんのか、あれは」

 王が、聞いたこともないようなかすれ声で魔法省零位に話しかけた。すがりつくように宰相と私にも視線を投げてよこすが…いいえ、私には無理です。

「無理でしょうね。五秒とやらがどれだけの長さか知りませんが…召喚は仮から本物に、すでに変化しました」

「物理的な攻撃も届かないように万能型の結界も厳重に張られてるようですし、どうやら私にも歯が立ちません」

「…陛下。結論から言うと、召喚者による更なる召喚を止めることは、我らにはできませんでした」

 魔法省零位と私が交互に答える。王に固定していた視界の端で爆発的に光が乱舞し、すぐに収まった。いったい何がどうなったのか全くわからな…いや、ディーの言葉を借りるなら、あの光をもって召喚が終了したということなのだろう。

 押し殺せなかった悲鳴を上げて、残っていた最後の何人かがこの場から脱落する。いっそ自分も意識を失えた方が楽なんじゃないかと頭の片隅を卑怯な考えがよぎったが、無理やり沈めておいた。というか、意識がしっかりしてるのはすでに、先ほどから一言も発さない宰相を含め、珍しくこの事態に硬直している私の副将、ジャッドと私たちの五人だけだ。

 元々、戦闘要員を配置してないので、不測の事態になった現在としてはこんなものだろう。

 つまり、これからの厄介極まりない交渉事は、私たちが背負うということになる。召喚がなされた場合の話し合い前からわかっていたが。覚悟もしていたが。

 強すぎる発光はうっすらと煙まで発した挙句に急速に散っていった。不自然なあり方はまるで誰かが演出を施したようだ。

 いや、したのかもしれない。誰かが。彼女たちの意思を強調させるために。

 なにしろ彼女の言葉を借りるなら、たった今をもって、彼らが世界に定着したのだ。



 そう、彼らの全存在が、この世界に。




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