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おまけ 私からの話を、聞いてください

 


 はい、こんにちは。異世界から母に召喚されて一日と半分。状況把握に一日かけた挙句にお昼ご飯を食べてる間にこれからのことが決まったらしい御園ゆきです。

 いやぁ、そうはいってもあれから一月くらいが過ぎてるんですけどね。ちなみに無事、家族全員が落ち着いた暮らしを…そろそろ迎えられるかな?という感じで楽しんでます。

 っていうかびっくりですよ。あの時、食堂に来たお母さんは、私たちがお姉さんに丁寧にメニューを説明してもらったかもらわないかのうちに来たんですよ?そのほんの短い時間に、王様たちと、これから私達が住む予定だってところの場所から私たちの学校についての詳細まで決めてきたっていうんですからね。なにその決断力。お父さんもお母さんも怖いです。

 まぁ、大人の、物事を決めるスピードって大体そんなものかもしれませんけど。


 だからこうやって今、私たちに、と貸してくださってる田舎の村のリビングでくつろいでる私たちは、ナニゴトもなく、平和に暮らしてます。

 あ、ええと、学校についてはまだ決めてる最中です。どうにも微妙な顔をしてお母さんが「少し長めの春休みだと思ってなさい」って笑ってたので…、私達の学力がとても低いか、それとも他の理由か何かに問題がありそうです。なので一旦、放置。

 住んでるところについても、田舎って言ってましたけど私たちがもともと住んでいた地域と同じような人口の村ですので、違和感もないです。ご丁寧なことに田舎レベルをお母さん達が合わせて探してきたらしく、生活レベルも落とさずに快適ですよ。

 現在、住まわせてもらってるのは森というか、林を抜けた先の一軒家って感じで…ああそうだ、あかずきんちゃんのおばぁちゃんちとか、白雪姫の小人の家がすごく大きくなったような、そんな家です。…あっちはログハウスでこっちは石造りですけど。

 しかもね、どうしてだか全然、寒くも隙間風もないんですよ。石で作ってるのに、どうして隙間風がないんだろう。

 森の中なのに虫も蛇とかのイヤーな感じの生物も見かけませんし、周辺住民にしてもですよ、森の入り口にまで行かないとお隣さんもないなんて、むしろある意味ラッキーな環境でして、実のところ王様に感謝してます。

 うちの家族はほんとに好き勝手に動くんで、へたにお隣さんがいると面倒なことになりかねないんですよね。半裸なのに野外で洗濯物干すとか大声で歌うとか、んもぅまさに好き放題しますから。

 ですがこの手の奇行も、距離があるからかお隣さん、気がついてなくって。いい人たちで、私たち兄妹が前を通ったりしたときにはニコニコしながら挨拶してくれるんですよ。ふふ、この間なんて飴ちゃんまでもらいましたから!お母さんには内緒ですけど!


 ええと、こんなこんなでようやく一日三回のご飯のリズムがつかめかけてきた今日この頃から話を今に戻すと、夕ご飯が終わった後でお父さんはさっきお仕事に呼ばれて行ってしまいました。ときどき『緊急事態』になるそうで、部下の人に呼び出されます。そのたびに「面倒だなぁ、もう、なかったことにしちゃいたいなぁ」ってお父さんは言ってますけど。なんのことだろう。


 それで今夜は珍しく、お母さんと二人になりました。月はこっちに来てからハマった彫刻作りのためにまだ作業部屋にこもってて、はなは先に寝てしまって。こういう風に眠りに取り残される時って滅多にないんですけど、寝付けなかった私にって、うっっっすーーーーーくて甘いホットワインをもらいます。

 お母さんは子どもの飲酒をものすごく嫌がりますけどね。…んーでも、ぶっちゃけ、お酒っておいしい、よ?

 気分は、ふわふわ、ですよ?


 お行儀悪く音を立てて熱めのホットワインをすすってると、お母さんがついっと唇だけを引き上げる笑い方をしました。…ううう、なんでしょうか。

「そうだ、ゆきちゃん。ジャッドさんが明日、明後日あたりに合流するから」

「…合流?」

 マグカップから口を離して聞き返します。ジャッドさん…あのケモノ耳だよね?こっち、ええとややこしいな、この家に引っ越してきてから二日とあけずになにやら手紙をくれ続けてるおじさんだよね?

 あの時の、たったの一日半のつきあいなのに……いいえ、正直になりましょう。出会ってからの時間より、それ以降の時間より、顔を合わせていた時間の方が短いあのケモノ耳ですが…忘れられません。

 なにかと問題発言が多かったせいでしょうか、それとも純粋にケモノ耳が珍しかったからでしょうか。…うーん。

「いやぁ、ママが心配するより先に彼氏ができるわけですか。ゆきちゃんに」

「…う、……うん…」

 あれ?どうしてこんなに不安なのでしょう。いや、こちらの世界に来てからは不安に思うほうが当たり前の展開だらけですけど、それにしても、なんというか。


 もやもやします。


「いやいや良かったじゃないか。あの人たちって伴侶は本能が決めるみたいだし?チェンジはないらしいし?アンタがどれだけやらかしても、他を向いても、ジャッドさんの心はアンタのものなんだろ?」

「……」

 もやもやは、まるで夏の雲があっという間にその面積を広げていくように、私の心に影を落としていきます。お母さんが言ってるのは、もちろん、ジャッドさんが言ってたツガイとやらのことでしょう。

 あれからほんの少しだけお母さんが説明してくれました。

 簡単に言えば、『彼にとって』、私は彼の運命の相手で、それは今まで読んだことのある小説やマンガみたいに何かのたとえじゃなく、ガッチリとした言葉本来の意味の『運命』らしくて。

 一言で言えばつまり、一生離れられない結婚済みの彼氏みたいなものだそうです。

 …なんじゃそりゃ。

 っていうのが私の気持ちだったわけですが。

 あのね、結局のところ、私はあのケモノ耳と一度だって話したこともなかったわけですよ?目は一度だけ合いましたけど、それだけですよ?

 それでどうしてそこまで言われちゃうのか、ははは、子供には時々、想像もつかないことがこの世では起こるようです。

 …まぁ、いいです。あくまで『彼にとっては』ってお父さんが強調してましたから。

 それで、そういうふうにさらりと説明を受けた後は全く触れられなかったこの話題ですが、ジャッドさんが明日辺りにもこの家で合流するっていうなら…。うん、お父さんの転移魔法でお別れするときに「すぐにまた、会えますから」って言ってたの、本当だったんだ。

 あの時はむしろジャッドさんの方が泣きそうで私が焦りましたよ。シェパードそっくりなのに感情が表面に出るとか、器用ですよね。あと気になるのが、あの手でどうやってこんなにマメに手紙を書くんだってことでしょうか。

 ちなみに手紙の内容は、『念のために先に読ませてくれる?』と開封したお母さんがきれいな笑顔で、「うふふ、まだもうちょっとお母さんに預からせてね?」って言ったので読めてません。

 何が書いてあったのか気になりますが、手紙自体が処分されてるわけでもなし、お願いすれば見せてもらえそうなので今はまだこだわることなく保留中。


 いや、それはともかくとして


 お母さんがこんな意地悪い言い方をしてるときは考えた方がいい時です。多分、ヒントをくれてるんでしょうけど…。

 …ジャッドさんが合流することと、この言い方と、何の関係があるんでしょうか…?

 困った顔の私を見て、お母さんも乱暴に自分の前髪をかき上げます。

「っあー、この年頃の子供にはまだ、理解なんてできなくてイイのか。…そっか。あのね、ゆきちゃん。ママが言ってるのはね、君が不正入試みたいにズルして一生モノの恋人を手に入れたことに対して、どう思うかってことだから」

「…ママ?」

 不意に真面目な顔をして、お母さんが私の正面から顔を覗き込んできました。私にはぼんやりとして理解できない『不正入試』の言葉に眉をしかめると、自分のときとは反対に、丁寧にくしゃりと私の前髪を持ち上げて、笑いなんて欠片もなく諭されます。

「…今はまだ、わからないかもしれない。けど、覚えておきなさい。ジャッドさんに言われてる恋心について理不尽だと思うときが来たら、私か、あきらさんに言うこと」

「…理不尽」

「そう」

 こつんと、お母さんと私のおでこがぶつかります。心持ちの痛みに押されるように言葉が零れ落ちました。

「そんなの、もう、ものすごく思う」

「理不尽って?」

「り、理解できない、よ」

 …まとまってないままの心の中を言葉にするのって、どうしてこんなに不安になるんでしょうか。さっきから感じていたもやもやが涙の形になってポロポロとこぼれます。


 こんなふうに泣くなんて、我ながらびっくりです。


 驚きでこぼれる涙を拭く余裕がないため、そっとお母さんがぬぐってくれました。けれど涙は新しくどんどんこぼれていって止まりません。

 ……ずっと、気になっていたことを、心のずっと奥のほうにしまっておいた疑問を、口に出しました。

「わ、私じゃなくてもいいくせに、私じゃないとダメっていうのは、おかしい」

「うん」

 間髪入れずの答えに、きちんと伝わってるかお母さんの目に聞いてみます。

「私は、まだ、子供でいい?」

「ゆきちゃんはいつまでもママの子供だよ。…うん、だけど、それでも確かにまだ、アンタはまだ幼すぎる。手を放すわけにはいかない」

「……いやって、言いたい」

「言っていい」

 断言されてようやく、ジャッドさんについてお母さんと話せる時が来たんだって思えました。まだしつこく流れる涙はもうお母さんに任せて、つい握りこんでしまっていたこぶしを苦労しながら開きます。

 優しい力でそれを手伝ってくれながら、お母さんが笑いかけてきます。

「あの男は、アンタじゃないとダメだって言う」

「…うん」

「そのくせ、アンタがどういう性格なのかは気にしてないんだ。アンタに好きな子がいるかとか、好きなタイプは何かとか、そんなことも聞いてこない」

「っっ!!うんっ!」

 ああ、やっぱりお母さんはわかってくれてました。私の感じていたもやもやがするりと形になっていきます。

「きっとアンタの年も気にしてない。アンタに傍にいて欲しいって言いながら実際には話しかけてもこないし、……だったらそれは、あの男が言ってる『好き』なんじゃなくて、もしかしたら口先だけのことかもしれないし……、そもそもそれ、恋じゃなくて執着だろう」

「っあ、そ、そう!それ!!」

 ぶんぶんと手を振り回す私に言葉を与えるように、お母さんは苦笑しました。

「執着なら、確かにアンタじゃなくても良かったわけだよ。アンタの過去も個性なんてものも必要とされてないなら、なら、どうしてアンタだったのか、って、まぁ、そんなとこかな」

 すごいすごいすごい!お母さんったら、どうしてここまで私の言いたいことがわかるんですか?!やっぱりお母さんだからですか?

 ようやく止まった涙のせいで少しだけ腫れぼったい瞼をぐりぐりとこすります。間髪入れずに止められましたけど。

「ゆきちゃんはママと似てるから。だからわかっただけだよ。…うーん、でも、ゆきちゃんは来年から中学校だったのにねぇ。こんな話のどこまでが伝わるのかなぁ」

 やっぱり厄介だし、ジャッドさん自体を無かったことにしちゃうかなぁ。

 変わらないテンションで伝えられた言葉に目を瞬いて聞き返します。

 は?今なんて?

「聞くけど、たかくん以外でのママの把握してない範囲での初恋は…まだ、だよね?」

「っっど、どどどーしてそれをっっ!」

「ひ・み・つ」

 ばちんと音がしそうなウィンクと唇の前に添えられた人差し指を叩き落したい衝動は、きっと全世界の女の子がお母さんに覚えるものだと思います。


 た、たかくんのことなんて、ひとっことも家では言ってないのに!!いつ知ったの?!


「………に、にっき、とか?」

「おかぁさんは、人様の日記を隠れ読むなんて、そんなこと、しません」

 真顔で断言されました。う、うん、そりゃそうだよね。お母さんは本当にそんなことはしない人だ。だって、

「そんな面倒なことしなくても、情報なんて勝手に入ってくるでしょう?」

 ……うん。そんな感じのことを言うとは思ってましたよ。思ってましたけど。


 お母さん。世の中のお母さんは、みんな、黙ってても秘密を見抜いちゃうヒト達なの?


 何とも言えない顔で黙り込むと、お母さんはぶつぶつと「アルコールの力で聞き出してもジャッドさんに対してのマイナスはこのくらいかぁ。うーん、マジで腹を括るかなぁ」なんて聞こえるかどうかギリギリの大きさで呟いてます。発言内容については、ちょっと考えたところであきらめました。よく意味が分かりません。

 それより、ジャッドさんの話ですよ。お母さんが言うところの『それ自体をなかったこと』って、どうにも嫌な語感ですけど。


「……ジャッドさんを無かったことにするのは、イヤ、かも」

「じゃあ止めとくか。一応言っとくけど、それが一番楽だよ?」

 考えた末の結論をお母さんは楽々と混ぜっ返してきます。

「楽、と、簡単、と、取るべき道、は、違うって」

「…うーん。確かに前にそう言ったけどね」

「もう少し、ジャッドさんと、話したい」

「っえぇーーー!!…はなしぃ?」

 ものすごく嫌そうな顔でお母さんがのけぞりました。うん?そのレベルでやめておいた方がいいことなの?

「っあー、ゆきちゃん。悪いことは言わないから、付き合うか付き合わないか決めてから、ジャッドさんとお話ししなさい。アンタが思うより事情は込み入ってるみたいだし。世の中には話をしたところで分かり合えない事柄っていうのがあってね」

 ぽんぽんと背中をたたかれ、いつのまにか飲みあげていたマグカップを取り上げられて、そのまま渡されました。なんなんですか。

「それをシンクに下げて、今夜はもう寝てしまいなさい。明日にでもジャッドさんに会って、あれが暴走せずにきちんと対応できるか、ゆきちゃんもあの人に会えてうれしいかどうか、その辺りからママも考えてみるから」

「う、うん」

 …なんだか、ジャッドさんへの対応がとっても厳重なような気もします。お母さんの言葉の裏って「勝手に私が判断するな、ママたちに黙ってジャッドさんと接触するな」っていう意味だよね?

 ………ジャッドさん、私のいない間にお母さんとどういう話をしてたんだろう。



「おやすみなさい」

 放っておくとほっぺたにキスが落ちてきそうなので、避けながら立ち上がりました。すっごく落ち込んでる時ならともかく、普通の時なら恥ずかしいですよ。十二歳ですよ?!

 持たされてた、とっくに空になってるマグカップを持って振ります。もう一杯?のサインは目が笑ってない笑顔で叩き落とされました。ちぇ、けちー。

「おやすみなさい、ゆきちゃん。いい夢を」

 お母さんの柔らかい声に、自然と私も笑顔になりながらシンクにマグを置き、寝室に上がります。

 静かな寝息を立てている妹を少しだけ向こうに追いやって、できた隙間にもぐり込みながら。


 ジャッドさんの金色の目を、思い出しました。







 この後、明日とか明後日だとかの言葉より早く、実に翌日の早朝にチャイムが鳴り、私と会ったことによって興奮しきったジャッドさんのせいで引きつったお母さんが「やっぱりムリだ…」って言いながらジャッドさんを蹴り倒しちゃったりだとか、この件がきっかけで私の学校への編入が早まったこととか、結局はほだされて、この十年後に結婚しちゃったこことか。

 言いたいことはまだありますけど、うん、これは別の話です。




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[気になる点] ジャッドさんの容姿。序盤の描写では人間ベースで犬耳犬尻尾なのかと思いきや、最終話では「あの手でどうやってこんなにマメに手紙を書くんだってことでしょうか」って言われてる。え?ニクキューな…
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