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懐かしい匂い

 強烈な悪臭が一坂の鼻を突いた。

 落とされた場所は宿の一室どころか布団すらない、いわゆるゴミ捨て場。

 もはや形容するのも面倒になるガラクタの山が、無駄に広い敷地にたくさんそびえ立っていた。

 当然、分別への意識など皆無。生ごみの類もそこら中に散乱しており、吐き気を催す臭いの原因は間違いなくあれだろう。


「確かにこんなとこならルームサービスどころかモーニングだって御免被る……って、うわっ!?」


 何気なくゴミを蹴ったつもりが白骨化した死体の頭だった。


「ひょえ~仏さんだ……」


 これではホテルどころかお化け屋敷だ。

 どうやらこのネコ型宇宙人は丸くなった体勢のまま、アトラクションの一部となる道を辿ったらしい。


「悪かったな。成仏しろよ。南無三」


 一坂は頭蓋骨を元の位置に戻し、手を合わせる。

 普通なら触れることすら気味悪がるものだろうが、記憶を取り戻した一坂はそれを平然とやった。


(とはいえ、やっぱ完全に昔に戻るのは無理だな……)


 今の一坂の人格は、秋山一坂がメインで昔の記憶はサブという感覚だった。

 取り戻した記憶はちゃんとそこにあるはずなのに、どこに手を伸ばしてそのビデオテープを掴んだらいいかわからないというか、なんというか。


 正直、ホッとした点でもある。

 過去の自分の記憶が今の自分を上書きすること。

 それは怖いし、嫌だった。

 一坂にとって詩織に拾われてからの年月も掛け替えのない大切なもの。

 もし昔の自分に戻ってしまったら、それは秋山一坂の消滅を意味する。


 だから、これでいい。

〝彼女〟のことを思い出せたなら、他のことなどおまけに過ぎない。


 そして何より、嬉しかった。

 彼女と共に過ごした、ほんのわずかな時間。

 その中で宿った、新たな命。


(よかった……本当に、よかった………っ)


 もはや疑いようがない。

 それは一坂にとって、この世界に残った幸福な事実。


(ミカンは間違いなく彼女と………俺の子だっ!)


 こんなに嬉しいことはない。

 心が躍り、涙が出そうになる。


 蘇った記憶は純然たる事実として一坂がずっと心に抱いていた〝懸念〟を綺麗さっぱり払拭してくれた。


 ミカンはいろんな奇跡的な偶然が重なって、たまたま自分から生まれただけ。

 この宇宙のどこかに本当の両親がいるかもしれない。


 そんな疑念と、彼なりの思いやりが、この世界で特別な存在にのみ許されたミカンへの感情の持ち方と、それを表す行為をさせないでいた。


 詩織に拾われ、自分を家族として迎え入れてくれた人たちが現れた。

 そこで培い、学び見てきた〝親と子の繋がり〟は一坂にとって特別すぎるものだった。


 だからミカンにその可能性がある以上、自分はそこに割り込んではいけないと。

 本当の両親を差し置いて、おこがましく自分が親を名乗ることなど、一坂にとってしてはいけないことだった。


 だけどそれはもう違う。

 でも、なんてものはない。

 ああ、早く伝えたい。

 ずっと言えなかったあの言葉を。

 そして抱きしめて、心置きなくあの子を全身で感じたい。


「っしゃあっ!」


 一坂は頬を叩いて気合を入れる。あ、口ん中切れた。


「んじゃま、どうすっかねぇ」


 わざわざへりくだって、ミカンがこの船にいる情報を仕入れられたのは朗報だ。

 あとはどうやって探すかだが。


 一坂は周囲を見回す。

 ここまで歩いてわかったが、このゴミ溜め場は出口の類はない。

 天井の穴はゴミが投下される時以外は塞がれ、ダクト内には複数の隔壁があったのを落下中に確認している。

 なので、たとえうまく潜り込めてもそこで行き止まりだ。


 しかし、手がないわけではない。だがそれには人手がいる。

 一人でやってたら白骨化はしないまでも、空腹とこの汚染された環境のせいで動けなくなってしまうだろう。


「………………ん?」


 一坂の鼻が周囲の悪臭とは違う、懐かしい匂いを嗅ぎ取った。


(これって……てことはもしかして………)


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